表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある日、TS金髪サキュバス系美少女になった俺はVRMMO世界を《捕食》スキルで無双する  作者: その他大勢の中で耳だけが大きくなった兎
始まりの街レアルタ編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/106

静寂と決着

 その光景は、あまりに不自然な静寂に包まれていた。 まるで、入念に仕組まれた一場面を見せられているかのようだ。


 演劇みたいだった。


 観客などどこにもいないはずなのに、そこには確かな意思が介在しているように思える。冷徹な台本に従って、一人の少女の運命が切り刻まれていく。


 舞台。


 瓦礫の山と泥にまみれたその場所は、彼女に用意された最期の舞台だった。逃げ場のない絶望だけが、その空間を重苦しく支配している。


 スポットライト。


 隙間から差し込む月光が、彼女の憔悴した顔を白く冷たく浮かび上がらせる。それは悲劇の幕引きを彩る、残酷なスポットライトそのものだった。


 悲劇。


 演じられるのは、誰も救われることのない凄惨な物語だ。筋書き通りに進むその不条理を、俺はただ黙って見つめることしかできなかった。


 誰かが悪役で。


 力を持つ者が、持たざる者の尊厳を容易く踏みにじっていく。慈悲など欠片も存在しない世界において、強者こそが常に絶対的な悪役だった。


 誰かが正義で。


 自らの行いを一点の曇りもなく正しいと信じ、剣を振るう者がいる。相手の流す血など見えていないかのように、彼らは自称正義の盾を掲げていた。


 誰かが泣いて。


 抗う術を持たない弱者は、ただその場に伏して涙を流すことしか許されない。その悲鳴さえも、冷酷な世界の喧騒にかき消されていく。


 誰かが拍手をする。


 その不条理な結末を、安全な場所から眺めて喝采を送る存在がいる。命のやり取りさえも、彼らにとっては一時の娯楽に過ぎないのだ。


 そんな、“物語として整理された光景”。

 けれどもーー見せられた記憶は、そんな綺麗なものじゃなかった。


「勇者様……あなた達は、なぜ無意に私達の地を汚すのですか?」


 エルーサ、オークの特異点。

 オークとしてはあまりにも華奢で人間と酷似する姿を持ち、オークの聖女と呼ばれたその少女は、あまりにも小さく、今にも消えてしまいそうだった。それでも彼女の瞳には、揺るぎない信念の火が灯っていた。


 少女は両手を縛られていた。


 自由を奪われた細い手首には、無慈悲な縄が深く食い込んでいる。抗うことさえ封じられたその姿は、あまりにも痛々しく、見るに忍びなかった。


 泥に膝をついて。


 冷たく湿った大地に、彼女は誇りを捨てることなく静かに跪いていた。泥汚れが彼女の肌を汚しても、その気高さが失われることはなかった。


 ぼろぼろの修道服。


 かつては白く清らかだったはずの布地が、見る影もなく引き裂かれている。鋭い刃や石礫に晒されたその跡が、彼女の苦難を無言で物語っていた。


 頬には乾いた鮮血がこびりつき、生々しい痛みを象徴している。彼女の流した滴は、理不尽な暴力に対する唯一の抗議のようだった。


 黒い灰とすすが混じり、彼女の純潔な姿を濃い泥濘の色に汚している。燃え盛る故郷の匂いを纏い、彼女はただ一人、最期の瞬間に立ち向かっていた。


 その小さな身体を震わせながら、それでも必死に、誰かへ問いかけていた。


 周囲には、人間たち。


 彼女を包囲するのは、同情など一切持ち合わせていない冷徹な兵士の群れだった。彼らの目に映っているのは、倒すべき「敵」という記号に過ぎない。


 鎧。


 使い込まれた無骨な金属が、焚き火の光を鈍く跳ね返している。血飛沫を浴びて変色したその防具は、どれだけの魔物を屠ってきたかの証明だった。


 槍。


 研ぎ澄まされた鋭い穂先が、彼女の喉元へ向けて一斉に突きつけられている。わずかな身動きさえも許さないその威圧感に、逃げ場はどこにもなかった。


 剣。


 鞘から抜かれた抜身の刀身が、冷たい殺気を放ちながらギラリと輝く。振り下ろされるその時を待つように、弾劾の刃となって彼女を見下ろしていた。


 さらには、冷たい視線。


 そこにあるのは、理解し合おうとする意志など微塵もない、剥き出しの軽蔑だった。言葉を交わす価値さえないと断じるその瞳が、彼女の心を深く抉っていく。

「それは、お前たち魔物が先に人間を手にかけたからだ」


 返ってくる声は硬かった。

 迷いがない正義の声色。


「魔物……! ひとくくりにするなんて、横暴です!」


 エルーサが叫ぶ。

 必死だった、怒っていた。

 悲しんでいた。

 しかし、その先に返ってきたのは。先ほどの声。


「では言えるのか?」


 低く、硬質で、感情のない。

 その響きは地を這うように重苦しく、逆らうことさえ躊躇われるほどだった。言葉の裏には、取り返しのつかない憎悪が深く澱のように溜まっている。

 一帯の温度が急激に下がったかのような錯覚に陥り、背筋に寒いものが走った。誰もが息を呑み、次に放たれる宣告を固唾を呑んで見守っている。


「ゴブリンに破壊された村がどうなったか」


 空気が冷える。


「オークに攫われた人間がどうなったかを」

「っ……!」


 エルーサの瞳が揺れる。


「それは……!」

「言えないだろう」


 返答は、容赦がなかった。


「お前の姿こそが、魔物……オークたちの蹂躙の証明なのだから」


 その瞬間、エルーサの顔から、何かが崩れた。


「私は……」


 震える声。

 か細い吐息とともに漏れたその言葉は、絶望の淵で今にも消え入りそうだった。積み上げてきた理想が、一瞬にして音を立てて崩れ去っていく。


「私は、だからこそ戦いを止めようと……」

「詭弁だな」


 相手の言葉を最後まで聞くことさえせず、冷酷な否定が空間を切り裂いた。彼女の懸命な訴えは、ゴミのように無造作に投げ捨てられたのだ。


 切り捨てるみたいに。


 感情を一切挟まないその口調は、まるで不要な枝を払う作業のようだった。目の前にいるのが一人の少女であることなど、彼らには関係のないことなのだ。


「もういい、興味がない」

「話を聞いてくだっ――!?」


 カシュッーー!


 嫌な音だった、舌の先端だけを切り裂かれ、喉の奥にくるりと筋肉が弛緩する生々しい感触が、記憶を通じて俺の脳内を揺さぶった。


 口の中で弾ける赤が、平和への望みを完全に絶ち切る。

 熱い鉄の味が口の中いっぱいに染め、溢れ出す鮮血が石畳を汚していく。言葉を紡ぐべきその口内は、いまや凄惨な痛みの中心地へと変貌していた。


 抜き放たれた銀色の刃が、対話ーーと言う彼女の尊厳を物理的に削ぎ落とした。

 冷たい金属の感触だけが、彼女に残された最後の現実として刻みつけられる。


「あ……え……?」


 ない、音を紡ぐべき、平和を語るべきその器官がなくなってる。


「ぁ、が……っっ……」

 

 熱い塊が喉をせき止め、呼吸をするたびに不快な喘ぎが漏れ出す。溢れ続ける鮮血は止まることを知らず、彼女の足元に深い水たまりを作っていた。

 

 激しくむせ込むたびに、さらなる痛みが彼女の全身を稲妻のように駆け抜ける。口に溜まった血が噴き出し、彼女の小さな命を内側から蝕んでいた。

 

 瞳から溢れ出した雫が、頬の血汚れを拭い去ることなく伝い落ちる。それは言葉を奪われた彼女が、世界に向けて放つことのできる唯一の悲鳴だった。


「……ゲホッ……ゴホッ……ッッーー! ッッーー!」

「語ることはないと言ったはずだ、豚。家畜小屋にでも入れとけ。もの好き共が使うだろう」


 死なない程度、最低限の治療を施され、怒号を浴びせられ、その遠くではベルナデッタの処刑が行われていた。

 涙が止まらない、世界に対してなのか運命に対してなのか。

 そこで、記憶が途切れた。


「…………」


 俺は、しばらく動けなかった。

 見えた、俺にだけ、見せられた。


 他の誰とも共有できない、あまりに凄惨な魂の記録がそこにはあった。捕食という行為を通じて、俺は彼女の地獄を直接追体験させられたのだ。


 電子データ。


 本来ならば、単なる数値と文字列で構成された記号の集まりに過ぎないはずだ。けれども、その情報の底には、確かに一人の人間としての苦悩が息づいていた。


 ゲーム。


 娯楽のために用意された虚構の世界。しかし、そこにある感情だけは、現実のどんな出来事よりも重く俺の心に圧し掛かっている。


 NPC。


 決められた役割を演じるだけの、意志を持たない人形。そう割り切ることができれば、どれほど楽だっただろうか。


 そのはずなのに。


 そう自分に言い聞かせるほど、胸の奥から湧き上がる衝動は激しさを増していく。論理的な思考では説明のつかない何かが、俺の理性を内側から突き崩していた。


 ーーなんで、


 たかが仮想現実の出来事に対して、どうしてこれほどまでに心が乱されるのか。自分でも説明のつかない不条理な感情が、思考の迷宮を作り出していた。


 ーーこんなに、


 これほどまで深く、他人の痛みに共鳴してしまったことはかつてなかった。網膜に焼き付いた赤色が、いつまでも消えることなく視界を支配し続けている。


 ーー胸が痛いんだ。


 物理的な重圧を感じるほど、心臓の鼓動が激しく波打ち、締め付けられる。掠奪した記憶の重みが、俺という器をじわじわと内側から壊そうとしていた。

 捕食を終えた身体の深部から、未知のエネルギーがじわりと溢れ出してきた。それは一人の少女の人生を喰らい、自らの糧にしたという残酷な証明だった。

 今度は、ベルナデッタの時とは違う。

 静かな熱だった。

 爆発的な衝撃ではなく、真綿で首を絞めるような、どこか穏やかで冷たい熱。身体の隅々にまで染み渡るその感触は、静かな海のように俺の意識を浸食していった。


 優しい、それでも世界を憎んではいなかった。


 その感覚は、陽だまりのようにどこまでも穏やかで慈愛に満ちている。けれども、その裏側には救いを求めた者の絶望が、深く静かに刻まれていた。


 どこか悲しい……誰かを助けようとして。

 全部を救おうとして、結局、誰にも届かなかった祈り。


 その空虚な願いが、形を変えて俺の魂へと同化していく。救われなかった者の最後の手向けを、俺は強制的に背負わされたのだ。


 その残滓が、俺の中へ流れ込んでくる。


「……っ」


 腹の奥が、じわりと熱い。怒りだった。

 喉の奥からせり上がってくるのは、抑えようのない激しい怒りだった。理由さえも定かではない熱い情動が、俺の理性を内側から焼き焦がしていく。

 誰へ向ければいいのかわからない怒り。


 人間へ?


 身勝手な正義を振りかざし、彼女の言葉を奪った者たちへ向けるべきなのか。彼らの目に宿っていた冷徹な傲慢さを思い出すたび、拳が自然と固く握られた。


 魔物へ?


 本能のままに蹂躙を繰り返し、彼女の立場を危うくした同胞に向けるべきなのか。彼らの理性のない暴挙が、結果として彼女を絶望の淵へと追いやったのだ。


 世界へ? ゲームへ?


 こんな悲痛な物語を、単なる娯楽の一部として組み込んだ作り手へ問うべきか。数値とフラグで管理された彼女の苦しみに、果たしてどれほどの意味があるというのだ。


 答えは、きっとそのどれもが正解なのだろう。俺の胸を焼くこの衝動は、この場にある全てのものへ向けられていた。


「リエラ様……?」


 涼やかな響きが耳に届き、俺を漆黒の記憶の底から強引に引き戻した。現実の感触が指先に戻り、俺はようやく自分の足が立っている場所を再認識する。


 現実へ引き戻される、ミーナだった。


 心配そうな顔。

 彼女の大きな瞳が、俺の表情を不安げに覗き込んでいる。その暖かな体温を感じて、俺はようやく自分が自分であることを取り戻し始めた。


 炎の光に照らされた瞳が、真っ直ぐこちらを覗き込んでいる。


「あ……」


 頬が濡れている。

 手のひらで頬をなぞると、温かい雫が指先にまとわりついた。感情が溢れ出したことに、自分自身が一番戸惑いを隠せずにいる。


「ううん」


 俺は慌てて目元を拭い、笑う。

 無理やり顔の筋肉を動かし、いつものように快活な笑みを浮かべて見せた。内心の動揺を覆い隠すように、俺は精一杯の強がりを演じてみせる。

 いつものリエラみたいに。


「なんでもないわ、ミーナ」


 けれども、喉の奥が、少し震えた。


 平静を装おうとしても、声の端々には隠しきれない震えが混じってしまう。こみ上げてくる感情を必死に飲み込み、俺は言葉を絞り出した。


「なんでもないけど……」


 胸の奥で、ぐつぐつ何かが煮えている。


「……なんだか無性に腹が立つわ」


 俺は、小さく息を吐いた。

 誰が悪いのかなんて、たぶん簡単には決められない。

 ゴブリンに襲われた村もきっと本当にあったんだろう。

 オークに攫われた人間も、たぶんいたんだろう。


 だからってーー

 “魔物だから”あいつの声が耳にこびりつく。


「……嫌ね」


 俺はぽつりと呟く。

 そして、自分でも少し驚くくらい静かな声で、続けた。


「勇者……私は大嫌いよ」


 それは、静かに断崖の牙へ響いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ