表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/60

やりすぎた?やりすぎたか……

 白い光がほどけた瞬間、さっきまでの重たい空気が嘘みたいに消えた。


 ――ギルドだ。


 木の匂い。人のざわめき。紙とインクの乾いた香り。さっきまで鼻の奥にまとわりついていた血のような湿った匂いは、もうない。代わりに、現実寄りの、安心感のある雑多な匂いが肺に入ってくる。


 けれど、その空気は妙に熱を帯びていた。


 さっきまでの喧騒は一段低くなっている、正確には音はあるのに、意識がそこに向かない。熱めの視線が一点に集まっているからだ。


 ――俺に。


 勘違いでもなんでもない、俺が何をするか皆が息を呑み見守っている。

 さっきの闘技場での乱れっぷりを思い出して、今すぐログアウトしたい気持ちになる。けど、まだもう少しだけやらなければならないことがある。


 ギルドの中央付近。

 俺はゆっくりと視線を向けた。

 そこにいたのは――パンツ一丁の男が三人。


「……」「…………」「………………」


 その情けない姿に言葉が出なかった。


(ギャグかな?)


 思わず内心でツッコミが漏れる。

 さっきまでレベル70超えで、余裕ぶっこいてた3人組。


 片手剣、槍、杖。


 装備もそれなりに整っていた。

 それが今は――パンツ一丁。


 しかも、ゲーム内とはいえ妙にリアル寄りの体型だから余計にいたたまれない。筋肉質な男が三人、無言で立っている。さっきまでの威圧感はどこへやら、完全にしぼんでいる。


 HPは回復しているはずだが、精神は回復していないらしい。


 ひとりの顔は青い。杖くん?

 ひとりの目は泳いでいる。槍くん?

 ひとりの目線は……俺の姿を確認した瞬間恍惚とし始めた。リアクションこわっ、片手剣くん?


 さっきまでの「回収してやるよ」みたいな余裕は、欠片も残っていない。


(うわぁ……)


 さすがに、ちょっとだけ同情する。

 ほんのちょっとだけ。


 いやでも、あれだけ煽ってきたしなぁ……いやいや、でもパンツ一丁はきついだろ……いやでも自業自得だし……うーん……。


 脳内で倫理と現実が軽く喧嘩する。ここは、最後まで責任持ってロールプレイしてあげよう、それが勝者としてできる最大限のおもてなしだ。


 カツ、カツ、と靴音を鳴らして三人の前まで歩く。


 シスター服のチェーンがしゃらりと揺れる。

 ツインテールがふわりと背中で弾む。


 尻尾も、さっきの戦闘の余韻か、満足げにゆらゆら揺れている。


「……あら」


 俺はわざとらしく首を傾げた。


「さっきまでの威勢はどうしたのかしら?」


 三人は何も言わない。

 いや、言えないのかもしれない。


 ひとりが、わずかに口を開いたが、すぐに閉じた。喉がひくりと動く。何か言い返したいのだろうが、言葉が出てこない。


(まあ、そりゃそうだよな)


 レベル差も人数差もあって、余裕で勝てると思っていた相手に、あの負け方をしたのだ。


 しかも、観客の前で。

 しかも、装備と所持金まで持っていかれて。

 しかも、パンツ一丁。


(いやほんと、仮にリエラが負けてたらレーティングアウトだろ、パンツ一丁は精神ダメージでかいな……)


 俺は少しだけ視線を逸らした。

 いや、見てるこっちも気まずいんだって。

 でも、やることはやる。最後まで徹底的に。


 俺はくるりと踵を返し、ギルドカウンターへ向かった。


 背後から、三人の視線が刺さるのが分かる。

 受付NPCが、俺を見る。


 その目は相変わらず落ち着いているが、ほんのわずかに、評価が変わった気がした。


「……決闘の結果、確認しました」

「そう」


 俺は軽く頷く。

 そして、インベントリを開く。

 そこには――さっきドロップした装備品が並んでいた。


 煌びやかな片手剣。

 無骨ながら使い込まれた槍。

 何かしらのバフっぽい何かが乗った杖。


 それぞれに、防具一式。


 どれもそこそこいい性能をしている。装飾も凝っているし、カスタマイズもされているのが分かる。たぶん、彼らなりに時間をかけて整えた装備だ。


「……」


 少しだけ、指が止まる。


(これ、普通に使えば強いよな)


 STRが低い俺には、武器の選択肢はまだ限られている。だが、この中には補正付きのものもある。装備すれば、確実に戦力は上がる。


 でも。


「……うーん」


 眉をひそめる。


 なんだろう、この微妙な嫌悪感。

 あいつらの装備を身につける自分を想像してみる。


 ――なんか、やだ。


 すごくやだ。


「それらの装備はリエラさんの物です、ギルドで保管しますか?」


 NPCが淡々と尋ねてくる。

 俺は小さく息を吐いた。


「いいえ、全部お金に換えて」


 背後で、三人のうちの一人がわずかに動いた。


「っ……!」


 小さな声。

 ほんの一瞬だけ、抵抗の気配が見えた。

 だが、それだけだった。


 反論する元気も、怒鳴る力も残っていない。

 俺は振り返らない。

 そのまま、装備をひとつずつ指定していく。


 売却。売却。売却。


 ウィンドウに表示される金額。


「……安っ」


 思わず声が出た。


(いや、これ絶対もっと価値あるだろ!?)


 カスタマイズ装備だぞ?

 見た感じ、普通にいい素材使ってるぞ?

 それが、この値段?


「カスタマイズされた装備は使い手を選ぶため、売却時の価格が低く設定されています」


 淡々とした説明。

 なるほど。

 プレイヤー同士の取引を前提にしているのか。


「……いいわ。これで」


 俺はあっさり頷いた。

 少し勿体ない気持ちはある。

 けど、あいつらの装備を使うのも嫌だし、ミーナに渡すのはもっと嫌だ。


(そんなの、絶対に嫌だ)


 なんかこう、変な縁がつきそうだし……。

 だったら、いっそ換金してしまった方がいい。


 NPCが処理を終える。


 ウィンドウに、合計金額が表示される。


 ……やっぱり安い。


 俺はくるりと振り返った。

 三人の前に立つ。そして、インベントリからその金額を取り出す。


「はい、これ」


 ゲーム内の通貨が、軽く光を放つ。にっこりと笑う。


「返してあげる♡」


 ぽい、と軽く差し出す。

 三人が、固まる。

 受け取るべきか、拒むべきか、分からない顔。


「……」

「……なんで……」

「ありがとうございますッッありがとうございます……」


 3人から小さな声が漏れた。俺は肩をすくめる。


「頑張って、ね♡」


 俺はロールプレイに則ってウィンクをする、リアクションは大袈裟だが、頑張って欲しいのは本音だ。変に見下さず、NPCにも優しい心を育んで欲しい。なんたる道徳か……。

 

「クランがどう、とか言ってたわよね」


 俺は軽く首を傾げる。反応はない。


「まあ、好きにしなさい」


 肩をすくめる。


「ただし、私以外に……例えばそうね、魔導士の子とかに迷惑をかけたら……どんなにレベル差があったって1人ずつ、徹頭徹尾、叩き潰すわ」


 今後、何か仕掛けてくるかもしれない。ミーナが危ない目にあったら絶対に許さない。

 釘は刺した。俺はそれ以上何も言わず、くるりと背を向けた。


 観客だったプレイヤーたちも、ギルドの他の冒険者たちも、みんなこちらを見ている。


 さっきまでの「ちょっと目立つ美少女プレイヤー」みたいな視線とは、明らかに違う。


 ――何か熱狂した目。


(うわぁ……)


 内心でため息をつく。


(やりすぎたか……?)


 やりすぎたよなぁ、間違いなく。でも、あの場ではあれが最適解だったと思う。


 恐らく、間違いなく、たぶん、きっと……。


 うん、なるべく早くこの場を立ち去ろう。

 俺はギルドの扉を押す。キィと軽い音を立てた後、夜の空気が流れ込んできた。


 外は静かだ。

 

 街灯の光が石畳を照らし、遠くで誰かの笑い声が聞こえる。現実の時間に連動しているこの世界は、すっかり夜の顔をしていた。


 ふわり、と夜風が頬を撫でる。

 少しだけ、現実に引き戻される感覚。


「……ふあ」


 あくびが出た。口を押さえる。急に、疲れがどっと押し寄せてきた。朝10時からぶっ続けだったし、戦闘の緊張あったし。


 なにより、あの多幸感。


 足が少し重いし、頭もぼんやりする。


「……疲れた」


 ぽつりと呟く。


 今日は、いろいろありすぎた。俺は苦笑しながら、メニューを開いた。

 ログアウトボタンが、静かに光っている。


「……今日は、ここまでね」


 俺はボタンを押した。視界が、ゆっくりと暗くなる。


 街の光が遠ざかる。夜風の感触が消えていく。最後に、尻尾が一度だけ、名残惜しそうに揺れた気がした。


 ――ログアウト。

本日はあと1話、もしくは2話更新します。

ストックが無くなってハラハラしてきました。みんなこんな気持ちなのですね……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ