やりすぎた?やりすぎたか……
白い光がほどけた瞬間、さっきまでの重たい空気が嘘みたいに消えた。
――ギルドだ。
木の匂い。人のざわめき。紙とインクの乾いた香り。さっきまで鼻の奥にまとわりついていた血のような湿った匂いは、もうない。代わりに、現実寄りの、安心感のある雑多な匂いが肺に入ってくる。
けれど、その空気は妙に熱を帯びていた。
さっきまでの喧騒は一段低くなっている、正確には音はあるのに、意識がそこに向かない。熱めの視線が一点に集まっているからだ。
――俺に。
勘違いでもなんでもない、俺が何をするか皆が息を呑み見守っている。
さっきの闘技場での乱れっぷりを思い出して、今すぐログアウトしたい気持ちになる。けど、まだもう少しだけやらなければならないことがある。
ギルドの中央付近。
俺はゆっくりと視線を向けた。
そこにいたのは――パンツ一丁の男が三人。
「……」「…………」「………………」
その情けない姿に言葉が出なかった。
(ギャグかな?)
思わず内心でツッコミが漏れる。
さっきまでレベル70超えで、余裕ぶっこいてた3人組。
片手剣、槍、杖。
装備もそれなりに整っていた。
それが今は――パンツ一丁。
しかも、ゲーム内とはいえ妙にリアル寄りの体型だから余計にいたたまれない。筋肉質な男が三人、無言で立っている。さっきまでの威圧感はどこへやら、完全にしぼんでいる。
HPは回復しているはずだが、精神は回復していないらしい。
ひとりの顔は青い。杖くん?
ひとりの目は泳いでいる。槍くん?
ひとりの目線は……俺の姿を確認した瞬間恍惚とし始めた。リアクションこわっ、片手剣くん?
さっきまでの「回収してやるよ」みたいな余裕は、欠片も残っていない。
(うわぁ……)
さすがに、ちょっとだけ同情する。
ほんのちょっとだけ。
いやでも、あれだけ煽ってきたしなぁ……いやいや、でもパンツ一丁はきついだろ……いやでも自業自得だし……うーん……。
脳内で倫理と現実が軽く喧嘩する。ここは、最後まで責任持ってロールプレイしてあげよう、それが勝者としてできる最大限のおもてなしだ。
カツ、カツ、と靴音を鳴らして三人の前まで歩く。
シスター服のチェーンがしゃらりと揺れる。
ツインテールがふわりと背中で弾む。
尻尾も、さっきの戦闘の余韻か、満足げにゆらゆら揺れている。
「……あら」
俺はわざとらしく首を傾げた。
「さっきまでの威勢はどうしたのかしら?」
三人は何も言わない。
いや、言えないのかもしれない。
ひとりが、わずかに口を開いたが、すぐに閉じた。喉がひくりと動く。何か言い返したいのだろうが、言葉が出てこない。
(まあ、そりゃそうだよな)
レベル差も人数差もあって、余裕で勝てると思っていた相手に、あの負け方をしたのだ。
しかも、観客の前で。
しかも、装備と所持金まで持っていかれて。
しかも、パンツ一丁。
(いやほんと、仮にリエラが負けてたらレーティングアウトだろ、パンツ一丁は精神ダメージでかいな……)
俺は少しだけ視線を逸らした。
いや、見てるこっちも気まずいんだって。
でも、やることはやる。最後まで徹底的に。
俺はくるりと踵を返し、ギルドカウンターへ向かった。
背後から、三人の視線が刺さるのが分かる。
受付NPCが、俺を見る。
その目は相変わらず落ち着いているが、ほんのわずかに、評価が変わった気がした。
「……決闘の結果、確認しました」
「そう」
俺は軽く頷く。
そして、インベントリを開く。
そこには――さっきドロップした装備品が並んでいた。
煌びやかな片手剣。
無骨ながら使い込まれた槍。
何かしらのバフっぽい何かが乗った杖。
それぞれに、防具一式。
どれもそこそこいい性能をしている。装飾も凝っているし、カスタマイズもされているのが分かる。たぶん、彼らなりに時間をかけて整えた装備だ。
「……」
少しだけ、指が止まる。
(これ、普通に使えば強いよな)
STRが低い俺には、武器の選択肢はまだ限られている。だが、この中には補正付きのものもある。装備すれば、確実に戦力は上がる。
でも。
「……うーん」
眉をひそめる。
なんだろう、この微妙な嫌悪感。
あいつらの装備を身につける自分を想像してみる。
――なんか、やだ。
すごくやだ。
「それらの装備はリエラさんの物です、ギルドで保管しますか?」
NPCが淡々と尋ねてくる。
俺は小さく息を吐いた。
「いいえ、全部お金に換えて」
背後で、三人のうちの一人がわずかに動いた。
「っ……!」
小さな声。
ほんの一瞬だけ、抵抗の気配が見えた。
だが、それだけだった。
反論する元気も、怒鳴る力も残っていない。
俺は振り返らない。
そのまま、装備をひとつずつ指定していく。
売却。売却。売却。
ウィンドウに表示される金額。
「……安っ」
思わず声が出た。
(いや、これ絶対もっと価値あるだろ!?)
カスタマイズ装備だぞ?
見た感じ、普通にいい素材使ってるぞ?
それが、この値段?
「カスタマイズされた装備は使い手を選ぶため、売却時の価格が低く設定されています」
淡々とした説明。
なるほど。
プレイヤー同士の取引を前提にしているのか。
「……いいわ。これで」
俺はあっさり頷いた。
少し勿体ない気持ちはある。
けど、あいつらの装備を使うのも嫌だし、ミーナに渡すのはもっと嫌だ。
(そんなの、絶対に嫌だ)
なんかこう、変な縁がつきそうだし……。
だったら、いっそ換金してしまった方がいい。
NPCが処理を終える。
ウィンドウに、合計金額が表示される。
……やっぱり安い。
俺はくるりと振り返った。
三人の前に立つ。そして、インベントリからその金額を取り出す。
「はい、これ」
ゲーム内の通貨が、軽く光を放つ。にっこりと笑う。
「返してあげる♡」
ぽい、と軽く差し出す。
三人が、固まる。
受け取るべきか、拒むべきか、分からない顔。
「……」
「……なんで……」
「ありがとうございますッッありがとうございます……」
3人から小さな声が漏れた。俺は肩をすくめる。
「頑張って、ね♡」
俺はロールプレイに則ってウィンクをする、リアクションは大袈裟だが、頑張って欲しいのは本音だ。変に見下さず、NPCにも優しい心を育んで欲しい。なんたる道徳か……。
「クランがどう、とか言ってたわよね」
俺は軽く首を傾げる。反応はない。
「まあ、好きにしなさい」
肩をすくめる。
「ただし、私以外に……例えばそうね、魔導士の子とかに迷惑をかけたら……どんなにレベル差があったって1人ずつ、徹頭徹尾、叩き潰すわ」
今後、何か仕掛けてくるかもしれない。ミーナが危ない目にあったら絶対に許さない。
釘は刺した。俺はそれ以上何も言わず、くるりと背を向けた。
観客だったプレイヤーたちも、ギルドの他の冒険者たちも、みんなこちらを見ている。
さっきまでの「ちょっと目立つ美少女プレイヤー」みたいな視線とは、明らかに違う。
――何か熱狂した目。
(うわぁ……)
内心でため息をつく。
(やりすぎたか……?)
やりすぎたよなぁ、間違いなく。でも、あの場ではあれが最適解だったと思う。
恐らく、間違いなく、たぶん、きっと……。
うん、なるべく早くこの場を立ち去ろう。
俺はギルドの扉を押す。キィと軽い音を立てた後、夜の空気が流れ込んできた。
外は静かだ。
街灯の光が石畳を照らし、遠くで誰かの笑い声が聞こえる。現実の時間に連動しているこの世界は、すっかり夜の顔をしていた。
ふわり、と夜風が頬を撫でる。
少しだけ、現実に引き戻される感覚。
「……ふあ」
あくびが出た。口を押さえる。急に、疲れがどっと押し寄せてきた。朝10時からぶっ続けだったし、戦闘の緊張あったし。
なにより、あの多幸感。
足が少し重いし、頭もぼんやりする。
「……疲れた」
ぽつりと呟く。
今日は、いろいろありすぎた。俺は苦笑しながら、メニューを開いた。
ログアウトボタンが、静かに光っている。
「……今日は、ここまでね」
俺はボタンを押した。視界が、ゆっくりと暗くなる。
街の光が遠ざかる。夜風の感触が消えていく。最後に、尻尾が一度だけ、名残惜しそうに揺れた気がした。
――ログアウト。
本日はあと1話、もしくは2話更新します。
ストックが無くなってハラハラしてきました。みんなこんな気持ちなのですね……。




