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かんぱーい! わくわくスキル振りタイム

「かんぱーい!」


 グラスが軽く触れ合って、ちん、と澄んだ音を立てた。

 例のバーは、昼に来てもやっぱり雰囲気がよかった。夜のランタンに照らされたしっとりした空気も良かったが、昼の柔らかい光が差し込む今の店内も悪くない。木目のテーブルは磨き込まれていて、窓から入る光を淡く反射している。カウンターの奥ではNPCの店員が静かにグラスを拭いていて、厨房の方からは焼いたパンと香草の匂いが流れてきていた。


 俺はオレンジジュースを一口飲んで、思わず目を細める。

 うまい。

 やっぱりうまい。

 口の中に広がる爽やかな酸味と、あとから追いかけてくる甘さ。喉を通る冷たさが、さっきまでのダンジョンの熱と焦げ臭さを綺麗に洗い流してくれる。ホブゴブリンの焼肉味も、シャーマンの焦げた薬草味も、これで上書きだ。ありがとうオレンジ。人類は柑橘に足を向けて眠れない。


「リエラさん、本当に幸せそうに飲みますね」


 向かいの席で、ミーナがくすくす笑う。


「当然よ。これは戦闘後の回復薬みたいなものなんだから」

「HPじゃなくて心の回復ですか?」

「そう。あと味覚の回復」


 真顔で答えると、ミーナは少しだけ困ったように笑った。

 思いのほか早くゴブリンの洞窟を攻略できてしまった俺たちは、レアルタへ戻ってすぐ、自然な流れでこのバーに来ていた。お楽しみランチタイム、兼、スキル振り会議である。こう言うとなんだか優雅だが、実際は「次どう育てる?」「これ振っていい?」「火力もっと出せる?」という、パーティとしてはかなり実務寄りの作戦会議だ。

 エタファンはレベルアップとは別にスキルツリーを採用したゲームで、レベルアップ時に3ポイント、レベル10毎にボーナスで10ポイントのスキルポイントが入ってくる。今のミーナは、20なので、80ポイントほど。初級ほどスキルポイントが軽く取得でき、中級上級だと消費が重めになる。初級が軽いからって調子に乗って手広くスキルポイントを振ってしまうと、ポイントリセットのためあとで教会とかでかなり高いリアルマネーアイテムを買う必要があり、少し慎重になるほうがいい。


 テーブルの上には、オレンジジュースのグラスが二つ。軽食のプレートが一つずつ。焼いたパン、薄切り肉、葉野菜、チーズ。ゲーム内のフレーバーとはいえ、匂いも食感もかなり本格的で侮れない。

 俺はパンをちぎって口に入れながら、目の前のミーナを見た。


「ミーナには、とにかく火魔法ね」

「やっぱりですか」

「もちろん、あなたが他の魔法をやりたいなら止めないわ。でも……」


 俺はそこで一度言葉を切った。

 脳裏によみがえる、ホブゴブリンの焼肉味。

 いや、違う。思い出すべきはそこじゃない。火力だ。火力。ミーナの炎魔法は、俺たちの戦術の中核になる。俺が集めて、止めて、ミーナが焼く。これが強い。

 ただ、俺個人としてはもう一つ重要な問題があった。

 モンスターの味問題。

 火を通すと、味が変わる。これは、実に革命だった。いままでのは生食だったのかとか思うワケだけど……。


「……あの火力を知ってしまった以上、あなたには炎を極めてもらいたいわね」

「今、少し間がありましたけど」

「気のせいよ」

「絶対、味のこと考えてましたよね?」


 ミーナの目が疑わしげに細くなる。鋭い。昨日助けたばかりなのに、もう俺の扱いが分かってきている。レベルアップといい成長の速度が早い。


 俺は軽く咳払いして、自分のステータスウィンドウを開いた。スキルツリーを確認する。

 まず目に入るのは、エクストラスキル。


 体液吸収。


 これはすでにスキルレベル10まで上げてある。最優先だったし、実際これがなければ今のリエラは成立しない。

 だが、その先が問題だ。

 表示されているのは、無慈悲な文字。


 《解放条件を満たしていません》


「……やっぱり、まだ開かないわね」

「体液吸収の先ですか?」

「そう」


 俺は指先でウィンドウを軽くなぞる。

 条件は明記されていない。おそらく、吸収したモンスターの種類か数か例えばボスクラスの敵とか。スライム、ゴブリン、ウルフ、バット。このあたりを吸ってきたが、それでも足りないらしい。


 こればかりは、のんびりやるしかない。

 焦っても仕方ない。

 ……いや、正直めちゃくちゃ気になるけど。

 

「今は体術か棍棒術ね」


 俺は別のツリーを表示させた。

 棍棒術初級。

 体術初級。

 どちらも、ボス撃破で得たばかりの貴重な近接枠だ。思えば長かった。チュートリアルで剣も槍も棍棒も体術も失敗し続けた俺が、ようやくまともな身体操作系スキルを手に入れたのだ。感動しても許される。

 スキルポイントは余っている。

 俺自身のスキルポイントは、余りまくっている。

 

「うーん……」


 俺はグラスを持ったまま、ウィンドウとにらめっこした。

 棍棒術。

 魅力はある。初めて得た武器系近接スキルだ。シスター服で棍棒を振る悪魔っ子美少女という絵面は、まあ、だいぶ治安が悪いが、それも個性と言えなくはない。


 だが、俺のSTRは低い。

 棍棒術でスキル補助が入っても、火力がどこまで出るか怪しい。


 一方、体術。

 こちらは身体そのものを使う。俺の柔らかスライムボディと、異常なVIT、そこそこ上がったAGIを活かせる可能性がある。

 

「……体術かしらね」


 ぼそりと呟く。

 向かいでミーナが身を乗り出した。

 

「どうしますか?」


 なぜか息巻いている。

 他人のスキル振りなのに、妙に楽しそうだ。分かる。ビルド相談って楽しいよな。俺も人のスキルツリーを見るのは好きだ。

 だが、まずはミーナだ。

 

「ミーナ、一旦、今見えてる炎魔法は全部10にしてしまえ!」

「えっ」

「火力だ火力!」


 俺は力強く言った。

 ミーナの目が丸くなる。


「全部ですか?」

「全部よ。ファイアーボール、ファイアーアロー、ファイアーウォール、フレイムバーン。あなたの強みはそこなんだから、まずは強みを伸ばす。中途半端に他の属性の魔導書買ったりするより、私が前にいる間に焼き切る方向でいいわ」


 言いながら、自分でも納得していく。

 俺たちのパーティは、普通の前衛後衛とは少し違う。俺は火力を出す前衛ではない。敵を止める、集める、耐える。そしてミーナが焼く。

 なら、ミーナの火力を伸ばすのは最優先だ。

 

「それにある程度振ったら、派生スキルもでるでしょう。炎魔法中級とか」

「なるほど……」


 ミーナは真剣な顔で自分のウィンドウを操作し始めた。

 指先が光に触れるたび、スキルレベルが上がっていく。

 ファイアーボール。

 ファイアーアロー。

 ファイアーウォール。

 フレイムバーン。

 ひとつずつ数字が上がる。そのたびにミーナの表情が少しずつ変わる。期待と緊張と、ちょっとした高揚。

「出ました!」


 ミーナがぱっと顔を上げた。


「魔学初級と、炎魔法中級です!」

 うんうん、と俺は満足げに頷く。

「中級は?」

「まだ必要ポイントが重いです。それに、燃費も少し悪そうです」

「なら今は魔学初級に全振りね」

「え、炎魔法中級はいいんですか?」

「中級の燃費を上げる準備をした方がいいわ。どうせ今後もスキルポイントは入るし、中級魔法を取ったあとクールタイムが多すぎる、MPが足りなくて撃てません、は一番もったいないもの」

 ミーナは少し考えてから、こくりと頷いた。


「分かりました。魔学初級に振ります」


 よし。ミーナの方針は決まった。

 あとは俺だ。俺は改めて体術初級のツリーを見る。

 最初に目に入ったのは、《体捌き》。

 説明を読む。

 VIT、AGIにスキルレベル%補正。レベル10でボーナスが入り、最終補正は15%になる。


「って……これしかないわよね~……」


 即決だった。俺に必要なのは、これだ。

 火力より、今は生存力と機動力。とくに、ホブゴブリン戦で痛感した。ダメージは0でも、吹き飛ばされる。位置がずれる。前衛としては、それが一番困る。

 体捌きでAGIとVITに補正が入るなら、耐えるだけでなく、受け流す動きも良くなるかもしれない。

 俺は体捌きへポイントを振っていく。


 1、2、3。

 数字が上がるにつれて、身体の奥に薄く感覚が染み込んでくるような気がした。まだ座っているだけなのに、肩や腰の使い方に補助線が引かれるような、奇妙な感覚。

 レベル10。ボーナス発生。VIT、AGI補正15%。

 

「……おお」


 思わず声が漏れる。

 数値が変わった。

 VITとAGIが、明らかに底上げされている。

 こういう補正、好きだ。

 派手さはない。だが確実に効く。地味だけど強い。俺のビルドにぴったりだ。

 その先に、新しいスキルが表示される。


 《サブミッション》


 説明。関節技。


「……説明、簡素すぎない?」


 思わず突っ込む。

 関節技。以上。

 いや、もう少しあるだろ。対象を拘束するとか、行動を阻害するとか、何か書いてくれ。こっちはポイントを振るんだぞ。


 でも、この説明不足感、むしろ気になる。

 ホブゴブリンの棍棒術より、俺の身体にはこっちの方が合いそうだ。柔らかい身体、耐久、相手に張り付いても平気な防御力。そこに関節技。これは、もしかするとかなり噛み合う。

 

「サブミッション……10にするわ」

「早いですね!?」

 ミーナが驚く。

「説明が関節技だけなのに!?」

「だからこそよ」

「どういう理屈ですか?」

「関節技系美少女悪魔っ子、面白そう」

「リエラさん……ちなみにリエラさんは何やっても面白いですよ、絵面が……」

「……褒め言葉として受け取っておくわ」


 俺は迷わずポイントを振った。

 サブミッション、レベル10。

 身体の感覚が、さらに少し変わる。

 指先、手首、肘、肩。相手の力の向きに対して、どこを押さえれば動きが止まるのか。そんなイメージが、ぼんやりと頭の中に流れ込んでくる。

 これは、当たりかもしれない。


「……試したいわね」

「絶対、目が悪い顔になってます」

「気のせいよ」


 ミーナの視線がじっと刺さる。

 俺はオレンジジュースを飲んでごまかした。

 体術初級の体捌きとサブミッションに振ったあと、まだポイントは残っている。だが、ここから先は保留だ。棍棒術に振るか、投擲を伸ばすか、体術をさらに広げるか。判断材料が足りない。


「リエラの余りポイントは保留ね」

「保留、いいと思います」


 ミーナが頷く。

 彼女の方は、炎魔法を一通り10にして、魔学初級に全振り。中級魔法は見えているが、今はまだ燃費改善と基礎固めを優先する形だ。


「よし、方針決定」

 俺はグラスを掲げた。


「ミーナは火力と燃費。私は体捌きと拘束。次からは、焼く前に捕まえるも試せるわ」

「捕まえてから焼くって、言い方が怖いです」

「基本的には私ごと焼いちゃっていいから」

「もう、私の身になってください、HP減らないってわかってても結構心臓に悪いんですよ」


 ミーナが真面目な顔でツッコむので、俺は思わず笑ってしまった。

 バーの中は穏やかだ。

 外の街のざわめきは、プライベートエリア設定のおかげで薄く遠い。テーブルの上には食べかけのランチと、氷が少し溶け始めたオレンジジュース。ダンジョンの血と火と焦げ臭さから一転して、ここには木の香りと、焼きたてのパンの匂いと、ミーナの明るい声がある。


「……いいわね」

「何がですか?」

「こういう時間」


 言ってから、少し照れた。

 だがミーナは笑わなかった。

 ただ、柔らかく頷いた。


「はい。私も、好きです」


 その返事に、胸の奥が少しだけ温かくなる。

 ゲームなのに。

 いや、ゲームだからこそかもしれない。

 ひとりでスライムを千匹吸っていたときには、こんな時間が来るとは思っていなかった。ゴブリンを吸って、焼肉味に感動して、バーでスキル振りを相談する相手ができるなんて、人生は本当に分からない。


 ……いや、人生というか、VRMMO生活か。


 現実の女体化問題は相変わらず何も解決していないが、少なくともこの世界では、少しずつやれることが増えている。

 俺はもう一度グラスを掲げた。


「改めて、これからもよろしくね、ミーナ」


 ミーナもグラスを持ち上げる。


「はい、リエラさん」


 ちん、とグラスが触れ合う。

 オレンジの香りが、ふわりと立ち上った。


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