爆乳系シスター悪魔っ娘リエラ。属性の足し算。
バーを出たあと、夜のレアルタをひとりで歩いていると、やっぱり妙な気分になった。
街はまだ起きている。というより、この世界は完全には眠らない。
エターナルファンタジアオンライン――略してエタファンは、昼夜の設定がリージョンごとの時差にかなり寄せられている。つまり、現実が夜ならこっちも夜だ。
空の色も、街の空気も、店先の明かりの付き方も、それに合わせてちゃんと変わる。最初にそれを知ったときは「凝ってるなあ」くらいにしか思わなかったけれど、こうして実際に深夜寄りの時間に街を歩いていると、そのありがたみがじわじわ分かってくる。
というのも、主要施設が普通に開いているのだ。
冒険者ギルドも、道具屋も、そして――武器屋も。
リアルで夜勤がある人や、不規則な時間にしか遊べない人向けの配慮なんだろう。現実が夜なのに、ゲームに入ったら全部閉まっていて「また明日〜」みたいなことをされたら、そりゃあ暴動が起きる。少なくとも俺は泣く。そういう意味で、二十四時間営業という仕様は心からありがたい。
もっとも、顔ぶれは時間帯で変わるらしい。
昼と夜でNPCが交代する。考えてみれば、それもそうだ。いつ来ても同じ人が同じ笑顔で働いていたら、それはそれでちょっと怖い。いや、NPCだから実際には何も問題ないんだろうけど、妙なリアリティラインがあるのだ、このゲームには。
石畳の上を歩くたび、靴裏から軽い音が返ってくる。夜風は少し冷たく、肌を撫でるたびに、バーの中に残っていた酒と果汁の香りを薄く剥がしていく。かわりに通りの匂いが戻ってくる。焼いた肉、灯油っぽいランタンの匂い、洗いたての布の匂い、遠くの水場から流れてくる湿った空気。
俺はインベントリの中身を頭の中でざっと確認した。
ゴブリン素材、ウルフ素材、魔石、それから諸々を売り払った結果、かなりまとまった金額になっている。最初にポイズンニードルを買ったときの「全財産が3000Gちょっとです」みたいなギリギリ感は、今となっては少し懐かしい。いや、だいぶギリギリだったけど。あのときの俺、初心者装備に毒針一本でよくここまで来たな。冷静に考えるとだいぶおかしい。
「……まあ、それを言ったら今まで街を探索せず初心者装備でここまでやってる、俺の方がおかしいか」
ぽつりと呟く。
夜の通りには、俺の声を拾ってくれる相手はいない。いや、人はいるんだけど。みんなそれぞれ自分の用事で動いている。だから、この独り言も街の空気に吸われて終わる。
それが少しだけ心地よかった。
いまの俺の目的は、明確だ。
装備、とくに防具を整えること。
性能面で絶対に必要かと言われると、正直微妙である。だって、俺、今のところ殴られてもぽよんぽよよんして終わるし。裸でもいいとまでは言わないけど、防御力の数字だけ見れば優先順位はそこまで高くない。
だが――見た目は重要だ。
特にリエラにとっては、ものすごく重要だ。
ギルドであの視線を浴びたあとでは、なおさらそう思う。初心者用初期装備冒険者アカデミー制服の美少女がネームド倒したとか、そりゃ騒がれるに決まってる。しかも、あのあとミーナに功績を押しつけ……じゃない、分け与えたからまだよかったようなものの、あのまま全部自分に集まっていたら、明日には変な噂が街を一周していてもおかしくない。
だから、今回のテーマはシンプルだ。
――いかに初心者に見えないか。
それだけでいい。
最低限、「ああ、まあこのくらいの装備ならネームド倒してても不思議じゃないかも」と思われるくらいには整えたい。性能? もちろん大事だけど、それ以上に“納得感”が欲しい。俺の見た目に説得力をくれ。
そんなことを考えているうちに、武器屋の前へ着いた。
夜の武器屋は、昼間よりも少し静かだった。看板の下に吊るされたランタンが橙色の光を落としていて、扉の金具がその光を受けて鈍く光っている。扉を押し開けると、昼間と同じように鉄と油と木の匂いが鼻をくすぐった。ただ、人の声は少なく、店内の空気は落ち着いている。
「いらっしゃいませ」
柔らかな声が飛んでくる。
……あれ、夜もこの人いるのか?
思わず顔を上げると、そこにいたのは昼間にポイズンニードルを勧めてくれた、あの綺麗なコンシェルジュのお姉さんだった。
栗色の髪をきちんとまとめたまま、相変わらず整った笑顔でこちらを見ている。夜だからシフト交代しているのかと思っていたのに、まぁあれから日が経ってはいるから日勤とか夜勤とか入れ替えているだけかもしれない。とは言えこの接客力が高すぎる美人NPCなら安心だ。
「こんばんは、また来ちゃいました、覚えてますか?」
「こんばんは、もちろん覚えてますよ、リエラさん」
名前を覚えられていた。
いやまあ、そりゃそうか。あれだけ武器を試して失態を見せつつ、あの不思議な蜂のお尻みたいな武器を買っていったら忘れないか。忘れた方が逆に怖い。
俺はひとまず軽く会釈してから、店内をうろうろし始めた。目的は防具だ。棚やハンガーに掛けられた装備をひとつずつ見ていく。
革の胸当て。軽鎧。ローブ。神官服っぽいやつ。旅人風の上下。
どれも悪くはない。悪くはないんだけど――
「むぅ……合う服がないなぁ」
ぽろっと本音が漏れた。
いや、服はある。大量にある。問題は俺の体型だ。
俺はてっきり、ゲームの装備というものはもう少しこう、魔法の力でシュッと身体にフィットしてくれるものだと思っていた。
しかし、エタファンはそういうところをわりと現実寄りにしているらしい。
ゲームなんだし現実よりちょっと便利でいいじゃないか。サイズ違いなんて概念、なくてもよくない?
もちろん全く融通が利かないわけではない。多少のサイズ調整は入る。入るんだけど――“多少”なのだ。爆乳美少女体型に標準装備を当てはめるには、多少では足りない。全然足りない。
胸当て系はそもそも前が閉まらない。
ローブ系は胸で布が持ち上がって、下が不自然に短くなる。
軽装系は一見いけそうに見えて、動くとどこかが引っ張られる。
「……世の中の装備デザイナー、もうちょっと頑張って」
誰に向けたのか分からない愚痴をこぼしていると、背後からすっと気配が近づいた。
「お困りですか?」
振り返ると、いつの間にかコンシェルジュのお姉さんが後ろに立っていた。
足音がしない。プロだ。いやNPCだけど。いや、だからこそか?
「ええ、まあ……ちょっと」
俺は棚のあたりを手で示す。
「見た目を整えたいのだけれど、なかなか合うものがなくて」
お姉さんは一瞬だけ俺の身体を見て、すぐに視線を戻した。その“見た”がすごく自然で、嫌らしさが一切ないのがさすがだと思う。普通の店なら変な気まずさが発生しそうなものなのに、彼女がやると完全にプロの採寸目線になる。
「そうですね……リエラさんの場合、一般的な軽装ですと胸部の規格が合いにくいかもしれません」
「ですよね〜……」
事実だけど、改めて言われるとちょっと面白いなそれ。
規格外なのか俺は。いやまあ、うん、そうだろうけど。
いくつか候補を見せてもらったが、やはりどれもしっくり来なかった。性能だけ見れば使えなくはないものもある。でも、鏡に映した瞬間に「これじゃない」が発生する。胸元がきつそうだったり、逆に妙にスカスカだったり、全体のシルエットが野暮ったかったり。
そんな中で――
「……あ」
目に留まったものがあった。
店の端、試着用の区画の近くに掛けられていた一着。
黒と白を基調にした服だ。パッと見た瞬間、「シスター服だ」と分かる。分かるのだが、同時に“普通のシスター服ではない”こともすぐ分かる。
頭部には、前面に金色のミニクロスが配された黒いヘッドドレス。横に広がりすぎない形で、ツインテールを邪魔しないよう工夫されているのが見て取れる。これ、かなり重要だ。ツインテールと頭飾りが喧嘩しないデザインなんて、意外と少ない。
メインの上着は、黒い長袖ジャケット。
……なのだが、前面がアンダーバストの辺りまで大胆にカットアウトされている。
「おお……」
思わず低く声が漏れる。
すごい。潔い。発想がすごい。
要するに、「胸が大きいなら、もうそこを布で無理に閉じようとしなければいいのでは?」という力技である。窮屈さという問題に対して、“隠さない”という解答を叩きつけている。
だが投げやりかと言えば、そうでもない。
その露出部分をスポッと抜いたら、白い法衣調の生地で調整しつつ包み込めるようになっていて、見た目としてはちゃんと“衣装”になっている。黒と白の対比も綺麗だ。アンダーバストの部分は黒い生地でコルセットみたいに引き締められていて、シルエットもかなり整う。しかも、境界線やジャケットの各所に小さな金色のクロスチャームがいくつも付いていて、聖職者風の厳格さと、妙に妖艶な雰囲気が同居している。
さらに腰から斜めに下がる多層チェーンベルト。小さなクロスチャームが連なっていて、動くたびに揺れるのが目に浮かぶ。
下は黒いプリーツミニスカート。
ガーターベルト。白地に銀の刺繍が入ったニーソックス。
「え、これ……完璧では?」
口から出た感想がそれだった。
いや、本当にかなり完成度が高い。
コンセプトが明確で、体型への対応力もある。しかも、初心者装備からの脱却という意味でも十分にインパクトがある。“強そう”かと言われるとちょっと怪しいが、“初心者には見えない”という目的にはかなり合致している。
「これなら、着られそう」
それが一番大きかった。
今まで見てきた装備の中で、初めて「自分の体型に無理なく乗る」イメージが持てたのだ。
俺は即座に振り返った。
「試着させてください!」
食い気味だった。
コンシェルジュのお姉さんが、ほんの少しだけ固まる。
「……こちらを、ですか?」
「ええ、これを」
迷いはない。というか、他のやつが入らなさそうだし。
試着室に持ち込んで、着る。まずヘッドドレス。
鏡の中で、黒地に金のクロスがツインテールの上にぴたりと収まる。違和感がない。すごい。
次にジャケット。
袖を通し、前を合わせる。白い法衣調の生地で胸元を整える。コルセット部を締める。
「あっ……」
思わず声が漏れた。
入る、綺麗に入った。
というか、それだけじゃない。ちゃんと“きれいに見える”。
胸元が窮屈じゃない。動いても変な突っ張り方をしない。なのに全体のラインは締まっている。ウエストが細く見えるし、アンダーバストの位置も綺麗にまとまる。チェーンベルトが揺れるたびに、全体の華やかさが増す。
ミニスカートとニーソの組み合わせも、思ったよりしっくりくる。ガーターのラインが太ももの境界を強調して、そこに黒と白のコントラストが入ることで、全体の情報量がちょうどいい。
鏡の前で、俺はしばらく黙った。
……強い。めっちゃ強そう、強者オーラがある。
ただただ、ビジュアルが、強い。
聖職者っぽいのにだいぶ怪しい。厳かなのに露出は高い。清楚と妖艶が手を組んで殴ってくる感じだ。どういう設計思想なんだこれ。天才か。
「これにします!」
試着室から飛び出す勢いで言った。
コンシェルジュのお姉さんは、俺の姿を見た瞬間、見るからに顔が赤くなった。
「あっ……そ、それは、本当にそれでいいんですか?」
「え?」
何か問題でもあるのかと首を傾げると、お姉さんはますます視線を泳がせる。
「その、私が言うのもなんですが……それは……娼館が“シスタープレイ”なるもので作った代物でして……」
「あっ」
そういう、思わず素が出た。だからなんだよそのリアリティライン!
「戦闘向きの用途は、少ないみたいなのですが……」
NPCだけが行ける施設でもあるのか!?
なるほど。なるほどね?いや、だいぶなるほどだった。
だからこう、全体のデザインに妙な説得力があるのか。聖職者風なのにやたら扇情的な理由が、いま全部繋がった。そういう経緯の服かよ。デザイナー、欲望に正直すぎるだろ。
俺はもう一度、自分の姿を鏡で見た。
……うん。まぁ事情は分かった。けど、改めて見ると、この強者感。
それにそういうネタ装備って多分使うやつは少ない、と言うことは他と被りにくい。
ここまでフィットするデザインも得難い。
なにより、初心者装備よりはマシな防御力がちゃんと表示されている。戦闘向きでは少ない、と言われても“ゼロ”ではない。見た目に全振りかと思ったら、最低限の性能はあるらしい。
俺は鏡から視線を外して、お姉さんの方へ向き直った。
「オーダーメイドという手もなくはないのですが、それはその……」
「お高いんでしょ……?」
「ええ……」
「……私、他に着れるのないし……」
その瞬間だった。
コンシェルジュのお姉さんの目が、わずかに伏せられた。
しまった、と思った。
いや、別に責めるつもりで言ったわけじゃない。ただの事実だ。事実なんだけど、言い方によってはだいぶ切ない。規格外爆乳美少女の服がなくて困っている、というだいぶ限られた事情に、なんかこう、変な哀愁が乗ってしまった。
お姉さんは少しだけ黙って、それから、やわらかく笑った。
「……そうですね」
声が、少しだけ優しくなる。
「そんなに喜んでもらえるなんて、思ってもみませんでしたので……こちら、お代は結構ですよ」
「えっ!?」
今度は本気で驚いた。
「いや、そんな」
「職人がデザインの参考用に店頭に置いといたものですし……女性職員からも賛否の分かれるデザインでして、その……」
「それはそう」
反射的に納得してしまった。
いや、でもタダはまずいだろ。こんな凝った服を。しかもかなりフィットしている。戦闘向きでは少ないって言っても、布地も装飾も安っぽくない。
だが、お姉さんはすでに“渡す側”の顔になっていた。
「ぜひ、お使いください」
その笑顔に押し切られた。
いや、強いなこの人。接客の技術で人に服を無料で持たせるな。危険すぎる。
「……ありがとうございます」
結局、素直に頭を下げる。
お姉さんは、少し恥ずかしそうに、それでも嬉しそうに頷いた。
俺は改めて鏡を見る。
プラチナブロンドのツインテール。
金のクロスを配した黒いヘッドドレス。
胸元を大胆に処理した黒と白の法衣ジャケット。
チェーンベルト。ミニスカート。ガーターニーソ。
……うん。
初心者には見えない。たぶん、かなり見えない。
魔族系ネームドのNPCって言われた方がマシな感じだ。
方向性が正しいかどうかは別として、少なくとも“毒針一本でネームド倒しました”と言われても、前よりはちょっと納得されそうだ。いや、されるか? どうだろう。まあ、初心者装備よりは確実にマシだ。
「よし」
小さく息を吐く。装備も決まった。見た目も整った。
今日やるべきことの一つは、ちゃんと片付いた。
バーを出たときは、まだもう少しこの世界に浸っていたいと思っていた。けれど、こうして一通りの用事を済ませると、不思議と現実へ戻る準備もできてくる。
「……そろそろ、ログアウトするか」
ぽつりと呟く。
武器屋の扉を出ると、夜風が新しい服の裾を揺らした。チェーンベルトがかすかに鳴る。石畳の向こうには、夜のレアルタの灯りがまだ残っている。
その景色を少しだけ眺めてから、俺はログアウトメニューを開いた。
現実に戻ったら、あの身体が待っている。
プラチナブロンドのロングヘアに、でかい胸。いまだに慣れきらない、“現実側のリエラみたいな何か”。
……まあ、そっちの問題はまたそっちで考えよう。
いまは、とりあえず。
このシスター服を手に入れた満足感を抱えたまま、一度眠るくらいは許されるだろう。




