第14話 人と人とを繋ぐ縁〜ポイント還元中(-70%)〜⑤
ソレイユ区で無事逮捕されたルオ…
クル・ノワ留置場。
湿った石壁と錆びた鉄格子の中で、ルオ・ラザールは毛布にくるまって寝ていた。
外では、犬の獣人ガスが新聞を広げている。
「ふん……“縁天詐欺 『肌で感じる通貨』首謀者逮捕 大規模鼠講も主導か”……」
ルオが枕に顔を埋めたまま、うめく。
「その見出し、こっち向けないでくれない? 精神衛生に悪い」
ガスはにやりと笑って、わざと鉄格子に新聞をペシッと貼った。
「現実から目ぇ逸らすな」
「表が犯罪、裏がお姉さん……どっちも刺激が強いんだよ」
「そりゃお前の人生がバランス悪いからだ」
ガスは新聞を折りたたみ、長い尻尾を揺らした。
「また派手にやらかしたなぁ。ネズミも泣いてるぜ」
ルオは枕の中から声を漏らす。
「……泣いてねぇよ。あいつら、儲けてんだ。弟たち、ちゃんと稼いでる」
「その稼ぎの親玉がここにいるのが皮肉だな」
そこへ看守が足音を響かせてくる。
「ルオ・ラザール。――保釈が決まった。迎えが来てる」
ルオがびくりと顔を上げた。
「……え、誰が?」
ガスが笑う。
「俺も最初は耳を疑ったよ。……“チュロ”だとさ」
「チュロ……!? あの文無しのチュロが!? 俺のスキームで!?」
「そう。お前の“スキーム”で稼いだ金で、保釈金を払うらしい。
世の中、回るなぁ……経済ってやつは」
ルオは毛布を放り出して立ち上がった。
髪はぐしゃぐしゃ、服はしわくちゃ。それでも笑顔だけはやけに眩しい。
「やっぱりな……“信頼”は生きてた! 風はまだ吹いてる!!」
ガスは鍵を回しながら、ため息をついた。
「いいか、今回は“風”じゃなくて“恩”だ。勘違いすんなよ」
「恩もまた、回る経済の一部だよ!」
「そういうセリフが1番詐欺師っぽいんだ」
鉄格子が開き、ルオが廊下に出る。
その向こうで、小柄なネズミの獣人が待っていた。
毛並みはつやつや、おでこには金縁サングラス、そして懐はパンパン。
「ルオぉーーっ!!」
チュロが駆け寄り、両手を広げる。
「ルオのおかげで、弟たちもちゃんと飯食えてるんだ! だから今度はボクの番!!」
ルオは目を細めて――笑った。
「……チュロ。お前、また一段と金の匂いがするな」
「えへへ、成功者って感じでしょ?」
チュロは小さな胸を張る。
「言ってたじゃん! ルオ、“経済は回すもの”って!」
ルオが笑う。
「そうだ。金も信用も恩も――全部、回すんだ」
ガスが肩をすくめた。
「また“回る”とか言い出した。……次こそ首が回らなくなるぜ…」
「安心しろ。俺はもう“肌で感じる通貨”は作らない」
「ほう、反省したか」
ルオはにっこり笑った。
「次は――“心で響く債券”だ」
「やめろ!!!」
ガスの怒号が留置場に響いた。
ルオは笑って肩をすくめる。
「ま、ソレイユで飯でも食って帰るか!」
ーーー
ソレイユの夕暮れ。
魔導灯の下に並ぶ屋台街は、香辛料と湯気の匂いで満ちていた。
金属の鍋が鳴り、行き交う人々の笑い声が絶えない。
屋台はどれもカラフルで、まるで魔導キッチンカーの見本市のようだった。
チュロが焼き串を片手に笑う。
「やっぱソレイユのご飯は美味しいね!弟たちにも食べさせてあげたいよ!」
「だろ? 留置場の飯は味が薄いんだよ。自由の味が一番濃い」
その瞬間――背後から冷たい声。
「……どうして、昨日私が逮捕した人間が串を食べてるんですか」
ルオの咀嚼が止まる。
振り向けば、エレーヌ・クロード警部補。
屋台の明かりに照らされたその顔は、怒りと呆れの絶妙なブレンドだった。
ルオはあっさり答える。
「なんでって、釈放されたからだけど?」
エレーヌの眉がピクリと動く。
「“釈放された”……!? 一体どこの法がそれを許したんです!?」
「いやぁ、送還されたんだよ。俺、クル・ノワ籍だからさ」
「……し、知ってますよ! 送還制度ぐらい!」
彼女はこめかみを押さえ、深呼吸をひとつ。
「バルメリアは区ごとに司法が独立している。
犯罪者は“籍”のある区へ送還、そこから再審理――そこまでは分かります。
……問題は、“なぜ今ここで串を食べてるか”です!!!」
ルオは串をひょいと振りながら笑う。
「まぁまぁ、クル・ノワの司法はちょっと柔軟でね。
“社会復帰を促す”っていうか、“経済活動を優先する”っていうか」
チュロが笑顔で補足する。
「いっぱいお金払ったよ!」
エレーヌの眉が跳ねた。
「金!? 本当に金で!? あなたたち、司法を何だと思ってるんですか!?」
ルオは悪びれもせず言う。
「まぁ、“現実的”って言葉が一番似合うな」
「現実的じゃなくて腐敗してるんです!!」
「いやいや、“柔軟性”って呼んでくれ」
「違います!! それはザルというのです!!!」
チュロがもごもごと口を動かす。
「……ザルだよねぇ」
ルオもうなずく。
「ザルだなぁ……」
「認めるなぁ!!!」
エレーヌが叫び、屋台の串がビクッと揺れた。
息を荒げたまま、彼女は額を押さえる。
「……バルメリアの司法は独立区制度。知ってはいましたけど……
まさか、こんな見事なまでのザルっぷりだとは……!」
ルオは笑いながらビールを掲げた。
「まぁまぁ、結果オーライ! 経済は回る、信頼も回る! 人生はフローだ!」
「フローじゃなくて流されてるだけです!!」
チュロが爆笑しながらグラスを掲げる。
「ルオ、乾杯っ!!」
エレーヌの肩がピクピクと震える。
「ルオ・ラザール!!!!」
屋台街に、笑い声とエレーヌの怒号が夜風に溶けていった。
クルノワ裁き【くるのわさばき】
名詞
① クル・ノワ地区特有の即時・即決・即金処理型の司法慣行。
判決よりも現金、法理よりも顔見知りを重んじ、
裏金か笑顔で全てが解決する。
例:「あの件? クルノワ裁きでチャラになったよ」
② (転)明文化された不正のこと。
“適応力”や“人情味”の名で呼ばれるが、
実際は秩序の裏返しにある現実主義。
例:「クルノワ裁きにかかれば、罪も領収書になる」
③ (比喩)
矛盾を赦すための社会的方便。
罪と罰の間に値札を貼ることで、
人は“救済”と“取引”を混同するようになる。
例:「クルノワ裁きとは、許しを外注する技術である」
――『新冥界国語辞典』より




