第13話 人と人とを繋ぐ縁〜ポイント還元中(-70%)〜④
"縁天"理論に穴はない!
ソレイユ地区・中央広場。
黄金の幕が風に揺れ、魔導拡声石が人々の歓声を増幅していた。
《未来の通貨・縁天》
――“信用”を、資産に変える。
壇上に立つのは、白いスーツの男――ルオ・ラザール
背後には「マドゥペイ1ポイント=2縁天!」の文字が輝いている。
「この通貨は革命だ!
魔導でも、中央でもない――“人の信頼”が価値を決めるんだ!」
群衆の拍手と歓声が渦巻く。
その中で、静かに一人の声が割り込んだ。
「ルオ・ラザール」
群衆がざわめく。
白いコートの裾をなびかせて歩くのは、リシュア。
冷たい風が髪を揺らし、その瞳は怒りではなく――純粋な“疑問”を宿していた。
「お前は……今、何をしている?」
ルオは一瞬だけ硬直し、すぐに笑顔を作った。
「おお、リシュアくん。説明しよう! これは未来の通貨だ。
“信用”を元にした、誰も損をしない仕組みさ!」
リシュアは首をかしげる。
「信用を……お金に?」
「そうだ! 人が信じれば信じるほど、価値が上がるんだ!」
「では、信じる者がいなくなれば……価値は下がるのか?」
「……いや、まぁ理屈の上では……下がるけど……そんなの気持ちの問題だ!」
「気持ち?」
「そう、“信じたい”って思う気持ちがある限り価値は下がらない!」
「なるほど。その“信じたい気持ち”を管理しているのは?」
「……僕、かな」
「お前一人か?」
「いやいや、そういうことじゃなくて……こう、全体的な“雰囲気”で見守ってる感じ?」
「お前がいなくなれば?」
「……雰囲気、変わるかもな」
「変わる?」
「いや、変わらないように努力するけど……理論上は、まぁ……止まることも……」
「理論上、止まるのか?」
「……いや、止まらないよ! 感覚的には!」
「感覚的には?」
「そう! ほら、“信頼”って感覚的なもんだろ!? 感じるんだよ、肌で!」
リシュアが小首をかしげる。
「……肌で感じる通貨、なのか?」
「そう! あったかいんだよ! 人と人との縁を――こう、手のひらで感じる感じ!」
沈黙。
リシュアはしばらく考え込み、静かに言った。
「……理解した。お前は“雰囲気で経済をやっている”のだな。」
群衆の間からクスクスと笑い声が漏れる。
ルオは焦り、マイクを握り直した。
「ち、違う! これは希望の循環で――!」
「循環とは?」
「信じることで増えて、増えると信じられるっていう……ほら、信頼のスパイラル理論的信用連動型感情通貨ってやつで!」
「……今なんと?」
「つまりだ! サプライのエモーションをキャピタライズして、マーケットのセンチメントを可視化する! これが“感情主導型マクロ信頼ダイナミクス”だ!!」
沈黙。
リシュアはまばたきもせずに言った。
「お前は……何を言っている?」
ルオはさらに声を張る。
「つまりッ!! 信頼が流動すれば、世界は回る! 経済は感情の風だッ!!!」
シエナが額に手を当て、そっと一歩下がった。
「うわ、やばいっす……今のうちにフェードアウトっすね……」
そしてそーっと、観客の群れに紛れて消えた。
沈黙。
その静けさを切り裂くように、黒いコートの影が現れる。
灰色の瞳――エレーヌ・クロード警部補。
「ルオ・ラザール。
詐欺罪、通貨偽造、無許可金融取引、その他十二件の容疑で――逮捕する。」
「は!? ちょっと待って今の聞いてた!? 俺は“信頼の風”を――!」
「はい、虚偽勧誘。」
「いや、違う、希望を――!」
「未登録金融商品取引。」
「いやいや、“縁”だよ、“縁”を売ってるんだ!」
「集団詐欺。」
エレーヌは淡々と手錠を取り出した。
「“信用”の価格は下落しました。お静かに。」
ルオは叫ぶ。
「待て! 信頼が世界を繋ぐんだ! “縁”の力だぁぁぁああ!!!」
その声の途中で、手錠がカチリと鳴った。
「経済はまわるんだぁー! 信用もまわりつづけるんだぁぁ!!!」
ルオの足元で、転がった縁天がひとつ――
クルクルと回り、やがて止まった。
リシュアは静かにそれを見つめ、呟く。
「……止められなかったか。」
――“信用を、信用するな
縁天事件【えんてんじけん】
名詞
① 信用通貨《縁天》をめぐって発生した大規模詐欺および市場崩壊事件。
発表会で「信頼を資産に変える」と謳われた新通貨は、
実際には虚偽勧誘と不正発行に基づく投機であった。
例:「縁天事件で、多くの“信じたい人”が破産した」
② (転)
“信頼”そのものを売買しようとした社会の破綻を示す出来事。
人々は信頼を担保に夢を買い、夢を担保に信頼を売った。
残ったのは、どちらの残高もない通帳だけだった。
例:「縁天事件とは、“信用経済”が信仰経済に溶けた日である」
③ (比喩)
理念が制度に変わり、理想が罪名へと堕ちる過程。
法廷で「希望」は“虚偽勧誘”に、
「縁」は“集団詐欺”に置き換えられた。
そして、その判決文の余白に、
ただ一行――「信用を信用するな」――と記されていたという。
〔補説〕
事件の終幕、群衆のざわめきが消えたとき、
一枚の縁天が転がり、静かに止まった。
それは**“信頼の通貨”が最後に息を引き取る音**であり、
この国が二度と「信頼」という言葉を軽く使わなくなった瞬間でもあった。
――『新冥界国語辞典』より




