第12話 人と人とを繋ぐ縁〜ポイント還元中(-70%)〜③
ソレイユ地区。
青空の下、街の中心広場には香水と金属の匂いが混じり合い、
その真ん中に――黄金の幕を掲げた舞台が組まれていた。
《未来の通貨・縁天》
――信用を、資産に変える。
壇上には白いスーツの男、ルオ。
その背後で、シエナが魔導端末を掲げて叫ぶ。
「みなさーん! いま話題の“信用通貨”《縁天》の販売開始っすー!!
今なら、マドゥペイ1ポイントで《2縁天》に交換できるっす!!」
群衆がざわめいた。
「えっ、2倍!?」「そんなことが可能なのか!?」
ルオが片手を掲げ、ゆっくり語り始めた。
「それは――“信頼”が通貨の裏付けだからだ」
魔導拡声石が声を増幅し、ソレイユの白壁が共鳴する。
響き渡るその声は、まるで福音のようだった。
「マドゥペイは、魔導装置と中央の管理に依存している。
だが魔導は壊れる。制度は腐る。
……だが“信頼”は、人の中にある。
それは壊れない。信じる限り、価値は上がり続ける。」
群衆の息が止まる。
「じゃあ……どうして値が上がるんだ?」
ルオは笑い、銀貨を掲げる。
「“供給”が限られているからだよ。」
銀貨の面に淡く刻まれた魔導刻印が、光を放つ。
「縁天は、この銀貨を一枚打つごとに一枚だけ生まれる。
発行総数、わずか十万枚。
限りあるものを、無限に信じる――それが価値を生む。」
老商人が首をひねる。
「……それでも、保証はどこにある?」
ルオの瞳が光る。
「保証? そんなものは要らない。
“上がる”と信じる者が増えれば、上がるんだ。
価値とは、人の心そのものだ。」
群衆がざわめく。
「縁天は“縁”の通貨だ。
人と人のつながりが、価値を巡らせる。
縁が広がれば、世界が回る。
だから《縁天》――“天の理に届く縁”!」
会場が静まり返る。
その一瞬の沈黙のあと、拍手が爆発した。
「すげぇ……」「まるで奇跡だ!」
「信頼が価値になるってことか!」
シエナが興奮気味に叫ぶ。
「初回特典! 未来投資キャンペーン開催中っすー!!
今マドゥペイで支払えば、あなたの“縁”が“天”に届くっすー!!」
魔導端末が次々に光を放ち、
広場の空に数え切れない取引エフェクトが舞い上がる。
縁天流通量:5000……7000……12,000……!
ルオは両手を広げ、恍惚の笑みを浮かべた。
「見ろ……これが“経済の鼓動”だ。
信頼が街を動かし、縁が世界を包む……!」
⸻
少し離れたカフェ。
ミモザがカップを回しながら、窓越しにその熱狂を見つめていた。
「……また、ルオちゃんが“夢”を金に換えてるわねぇ」
♪ポイポイ〜ポイポポイポイ〜♪
“魔導ペイで未来を買おう!”
ミモザは小さく笑い、
カップを置いて呟いた。
そして舞台の上では、ルオが両腕を広げ、叫んでいた。
「買うんじゃない――信じるんだ!
“縁”こそが通貨、“信頼”こそが資本!
これが、新しい時代の《縁天》だ!!」
縁天【えんてん】〔En-ten/縁天通貨〕
名詞
① 「信頼を資産に変える」を理念とした信用連動型通貨。
発行総数十万枚。銀貨に刻まれた魔導刻印によって識別され、
人と人との“縁”を価値の源泉とする。
例:「縁天があれば、信頼そのものが資本になる」
② (転)
通貨制度を超えると称しながら、
実際には**“信じること”を投機に転化した信仰経済の一種。**
「信じれば上がる」という構造が共感を呼び、
信頼が増えるほど熱狂が高騰していく。
例:「縁天の価格は、人々の希望そのものだ」
③ (比喩)
人間関係を可視化し、**“絆を数値化する”**社会の象徴。
友情も信用も愛も、利率のついた感情へと変換される。
例:「縁天とは、心で支払う貨幣である」
〔補説〕
「金の切れ目が縁の切れ目」であるなら、
縁が繋がる限り、この通貨は途切れない。
その信念こそが縁天の基盤であり、同時に最大の脆さでもある。
人は“信頼”を担保に夢を見るが、
夢を担保に信頼を売るようになった時、すべてが崩れる。
――『新冥界国語辞典』より




