【第9話:任された、だけじゃ終わらせない】
堅香子のミーティングは、いつも少し静かだ。
元々は社長レナが立ち上げた店。
彼女がいた頃は、売上アベレージは170万を超えていた。
けれど今、その数字は過去のものになりつつある。
「100切ってる月がある。正直、危機感あるよ。」
静かな口調でそう言ったレナに、ナナは目を逸らした。
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ナナは、今の堅香子の店長。
だけど、そのポジションは“実績や素質で選ばれた”わけじゃなかった。
たまたま他に任せられる人がいなかった。
だから引き継いだ。
本人も、それをわかっている。
レナとしても、そこは責められない。
でも今、明確に言えることがあった。
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「私、この店が大好きなんだよ。」
一瞬、ナナの表情が動いた。
「ここって、うちの原点みたいな場所で。
良い子も多くて、可能性もある。
だからこそ──私が戻らずに、任せられる店にしたいの。」
沈黙。
「任された、だけじゃ終わらせたくないって思わない?」
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レナはナナが提出した目標メモを広げた。
“もう少し責任感を持ちたい”
“数字に強くなりたい”
“迷惑をかけないようにしたい”
控えめで、どこか“自信のなさ”がにじむ内容だった。
「これ、たぶん“やりたいこと”じゃなくて、“言われたくないこと”だよね?」
ナナはうつむいたまま、小さく頷いた。
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「じゃあ、逆に聞くね。
“堅香子をどんなお店にしたい?”」
しばらく沈黙があったあと、ナナがぽつりと言った。
「……レナさんがいた頃より、ちゃんとした店にしたい。」
レナは一瞬、驚いた顔をしてから、ふっと笑った。
「最高じゃん、それ。」
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「正直、今は“数字の立て直し”が急務。
でも、まずはナナ自身が“店を背負ってる”って自覚を持つこと。
それが始まり。」
「小さなことでいい。
朝のLINE、1日1回の振り返り、SNSの言葉選び。
“店長としての行動”を始めていこう。」
ナナはゆっくりと顔を上げて、レナの目を見た。
「……やります。」
その声は小さかったけど、どこか真っ直ぐだった。
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レナが退いたこの店が、
“誰かの居場所”じゃなく、“ナナの店”になる日が、
ようやく始まろうとしていた。