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42.つぎ


 音を聴いた。


 大切なモノが踏み潰される音を聴いた。

 大切なヒトが踏み潰される音を聴いた。


 アイツらにとってはゴミ同然で、食い殺すしか価値のないモノ。

 

 私の大切に価値なんてなかった。

 私の人生に価値なんてなかった。

 

 私はただの凡人だった。

 

 それに私は気づいていなかった。

 気づいていないフリをしていた。


 自分は物語の主人公だと思ってた。

 歳を重ねれば、何かが始まると思っていた。

 きっかけがあれば、何かが起こると思っていた。

 動かなくても、何かが来てくれるって信じてた。

 きっと何かを成し遂げると勘違いしていた。


 でも、そんなことはない。

 

 特別な力もない。

 特別な才能もない。

 特別な使命もない。

 何かを背負っているわけでもない。

 私には何もなかった。

 

 この歳になるまで目を逸らしていただけ。


 それに気づかされた瞬間に私の人生は終わる。

 目の前の脅威にただ食い殺されるための人生。


 それが私のこの世に残した全てになる。


 そう思った。

 何もかもを諦めた。

 私に意味なんてなかった。

 

 でも、何も終わらなかった。


 目の前に神様が降りてきた。

 真っ白な髪に赤い目の美しい女神様。

 気づけば目の前はその人の色で染まっている。


「……大丈夫?」


 差し出された左手をとった時に私は思った。

 この人に出会うために私の人生があったんだ。

 この人に全てを捧げたい。


 何もない私にはそれしか残ってなかった。


 その人は雲の上の存在だった。

 全てを失った私は王都へ連れて行かれた。

 私の小さな大切は全て奪われていたから。

 辛いと言っていられる暇もなかった。

 弱音を吐ける相手すら失ってしまったから。

 

 その立場と境遇を理由に必死になって取り入った。

 傷ついた心を隠して、笑顔を作った。


 それでようやく、彼女の周りに居られるようになった。


 目を見てくれるだけで嬉しかった。

 言葉をくれた時は夜に頭の中でその言葉を繰り返した。

 気に入られるために必死になって尻尾を振った。


 でも私に、いや私達に彼女は興味を持ってくれない。

 周りを囲う人達は彼女の記憶には一切残っていない。


「ごめんね。覚えてないや」


 それが彼女の口癖。

 例に漏れず、私もその他大勢の1人でしかなかった。

 私も、いや誰も名前すら聞かれていない。

 

「姫様」

 

 そう呼ばれる彼女を誰も本当の名前で呼ぶことはない。

 本当の名前で呼ぶことを許されていない。

 何も知らない私は、彼女にとってはただのその他。


 私は諦められなかった。

 彼女の、主人公の物語に少しでも残りたい。

 踏み出すために勇気を出さなきゃならない。

 今の私はただのその他大勢だから。

 そうじゃないってことを証明しなきゃならない。


 だから私は伝えた。


「あなたの隣に居させてくれませんか?」


 目を見て彼女に、姫に必死に伝えた。

 沈黙は永遠に感じた。

 心が折れかけていた。

 だから、


「名前は?」


「……え?」


「名前はなんていうの?」


 その言葉は救いだった。

 これまでが報われたような気がしたから。


「――です!」


 だから大きな声で、記憶に残るように名前を伝えた。

 でも、


「……そ、う」


 私は絶望した。

 彼女の顔が恐怖で染まっていた。

 

 理由はわからない。

 私の大切なヒトから貰ったモノが彼女を傷つけるていることは明らかだった。

 

 私という存在を示すたった2文字は、姫にとっては不快な文字の羅列でしかない。

 これから先も永遠に、私の大切が彼女にとっては不快な存在であるという事実は変わらない。


 私はやっぱりただのその他大勢だった。

 運命で決められていた。

 私が動いたところで何も成せない。

 そう思って諦めようとしていたから、彼女から発せられた次の言葉は意外なものだった。


「……私の側にいるためなら全部を捨てられる?」


「はい!」


 ここで迷ってはいけない。

 すぐに反応してそう答えた。


「私のためならなんでもできる?」


「はい!」


「私の言うことはちゃんと守れる?」


「はい!」


「あなたは私を大切にしてくれる?」


「はい!」


「………………あなたは私をおいていかない?」


「絶対に姫様をおいて先にはいきません」


 私は全ての問いに迷わず答えた。

 ここで迷ってはダメだと心が告げている。


「フユ」


「……え?」


「あなたの新しい名前」


「ぇ……え?」


「前の名前は捨てて。なんでも捨てられるんでしょ?」


「は、はい!」


 突然の出来事に頭が回らない。

 それでもなんとか考える。


「私のことはちゃんとハルって呼んで」


「はい!ハル様!」


「様はいらない。ハル。そう呼んで」


「ハ、ル……」


 慣れない恥ずかしさで俯く。

 多分、私の顔は真っ赤だと思う。


「なに? フユ」


 そう笑いかけてくれる。

 今まで見たことない優しい笑顔。

 現実感はなくてフワフワとする。

 でもこれだけはわかる。

 

 私は嬉しいんだ。

 

 この気持ちは前の大切を薄れさせていく。

 それを失っていく恐怖すら心地よかった。


「現実とは思えなくて……」


「少しずつ慣れていこう」


「……はい!」


「その敬語も一緒に直していこうね」


 私はフユになり、ハルと暮らし始めた。

 今までやってきた仕事もする必要がなくなった。

 家にいて呼ばれた時はくっついてまわる。

 ただひたすらにハルの帰りを待つ。


 本当にそれだけ。

 でも満足だった。


 部屋も別々だけど、私と一緒にいてくれる。


 この新しい名前とハルとの時間が私を満たしてくれる。

 私の神様がくれたモノだから。

 だから、聞いておきたいと思った。

 私の大切をもっと特別にするため。

 

「ハル?」

 

「なに?」

 

「私をフユにした意味って、聞いたら教えてくれる?」

 

 私は理由を聞きたかった。

 意味があるって思いたかった。

 特別な人の特別になれたとそう思いたかった。


「そうだね」


 ハルは少し悩んでいたけどちゃんと教えてくれた。


「……次って、そういう意味だよ」


 ハルは寂しそうに笑ってた。

心機一転でタイトルを変えました。よろしくお願いします。

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