[帰還]父親。
館の馬車回しに待っていた馬車が停ったのを執務室の窓から覗き見て。
ふ、と。
アルベルトは安堵の息を漏らす。
貴族院の卒業式は来賓として出席し、その後のパーティーには参加しなかった彼は、その事件の顛末をフリードの従者からの報告で知った。
そのまま早馬を手配しフリードの後を追わせると、ローエングリン伯爵家にも連絡を送る。
あちらはあちらでエルザが家の馬車をそのまま放置し行方不明になった事で、ひどく慌てていたようだった。
次女の話でフリードが追いかけて行った事はわかっていたものの、その後の消息が掴めず。
アルベルトからの連絡を受けたエルザの父グラームスは血相を変えバルバロス侯爵邸の門を叩いた。
「良かったよ。無事に戻って来れて」
「ああ、しかし、エルザが自殺を図ったというのは本当なのか」
「うちの息子が誤解から彼女を傷つけてしまったようだ。本当にすまなかった」
一瞬の沈黙。
侯爵家に駆け付けてから一睡もせずこのアルベルトの執務室のソファーにどっかりと腰を下ろしてエルザの消息に対する連絡だけを待っていた彼、グラームス。
二人の間には以前のような交流はなく、今回も今までろくに会話もせず、ただただエルザの帰還を待っていた。
空白を破るように吐き出す息。
「無事で、良かった……」
そう掠れた息で口にするグラームスの呟きは、きっと本心からのものだったのだろう。
それでも。
「お前が謝る事では無いよ、エルザはお前の娘なのだから」
間髪入れずそう棘のある声で吐き捨てるグラームス。
「いい加減にしろグラームス、それこそ誤解だと何度も言ったろう?」
「は! 誤解か。お前が十歳の娘をくれと言った時、やはりそうかと確信したのだがな。フリードと結婚させれば晴れて彼女はお前の娘として手元におけると。そういう事なのだろうとな」
「まさか! そんなわけないだろう!?」
「ではなぜエルザを嫁にと望んだ!? 彼女はフローラの血を引くローエングリン伯爵家の嫡女だ。お前は伯爵家を途絶えさせたいのか!?」
「今はお前が伯爵家当主だろ? なんなら次女にローエングリンの血を引く親戚筋から婿に迎えればいいじゃないか」
「ふ、本音が出たか。そうだな、私はそのためにお前に伯爵様にして頂いたあて馬だものな」
そう揶揄するような声を出して、かぶりをふるグラームス。
「馬鹿にするなよ! シルビアにはそんな政略結婚みたいな真似をするつもりは一切ない。あの子には貴族だのなんだの関係がないただの普通の恋愛結婚をしてもらいたいと思っている。そもそも私が死んだら伯爵家をどうするかなんて事はお前が決めればいいだろう? エルザの子にでも孫にでも、お前の好きなように伯爵位を継がせればいい」
話にならない、とでも言うように黙り込んで首をふるアルベルト。
それでも窓からエルザが無事に降りてくるのを見て、少しだけ苦笑いを浮かべて。
「エルザは無事だぞグラームス。元気そうだ。しかし、お前がそんなふうだからか彼女は伯爵家には戻りたくないそうだ。どうする?」
「エルザの好きにさせてやってくれればいい」
「仕方ないな。うちではもちろんエルザは歓迎する。だが……」
「私はエルザからは嫌われている」
「会って、いかないのか?」
「会っても詮無い。ああそれよりも」
グラームスは持ってきていた袋をドンと目の前のテーブルに載せる。
「お前の家から名無しで送られてきた宝石類だ。ふん、父親と名乗らずのプレゼントなのか、それとも伯爵家が貧乏なのを見兼ねてなのかは知らないが、迷惑だ。顔を見る機会があったら叩き返してやろうととっておいた。ドレスはさすがに取っておいても仕方ないから全て焼却したが。まあいいだろ。エルザはやる。もう私に関わるな!」
そう言い放って席を立つグラームス。
そのままバタンと乱暴に扉を開け出ていくのを、アルベルトはやるせない表情のまま見送るしかできなかった。




