[豪雨]帰り道。
轟々と雨の当たる音が聴こえる。
目の前に座っている彼は、よっぽど疲れていたのかこんな激しい音の中うとうとと寝はじめた。
(わたくしの為に、無理をさせちゃったものね。しょうがないわ)
一晩泊まってから明るくなってから帰ろうと言ってくれたのは、わたくしの為だったというのがよくわかる。
きっと彼は昨夜も眠る事ができなかったのだろう。
ベッドの隣で眠るわたくしの頭を撫でてくれて、それからずっと見守ってくれていたのかもしれない。
昼間に移動することに関しては盗賊避けの意味もあると仰っていたけれど、それでもきっと。
この馬車の中で眠る事になるのを避けてくれたのだと思うと、本当に嬉しくて。
彼のその心遣いには感謝しかない。
ちゃんとベッドで寝る事ができたおかげで頭の中の色々を整理する時間も取れた。
心の整理もできたつもり。
だから。
この目の前でうとうととする寝顔を眺めながら。
その綺麗なお顔をじっと目に焼き付けながら。
わたくしは、いつもの日常に戻っていく決意を固めて。
この優しいフリード様に迷惑をかけちゃいけない。
そう思いながら。
道中に降り出した雨は激しく馬車の窓にその雨粒を打ち付ける。
昼間だというのに薄暗く灰色にしか見えない外を見ていると、心の靄が洗い流されていくような気もして。
やがて。王都に着く頃にはあの激しかった雨もすっかりやみ、空に青さが戻ってきていた。
お日様もそろそろ傾いて、もう少ししたら西の空が橙色に染まってくる頃合いだろう。
暗くなる前に王都に戻れて良かったな。
侯爵様がみえたら挨拶をして、それで今回の事は終わりにしよう。
もうここに至るまでに散々迷惑をかけてしまったのだ。
これ以上、周囲に負担をかけるわけにはいかないから。
♢ ♢ ♢
「気をつけてねエルザ。地面が少し濡れてるから滑るといけない」
そう言いつつスマートにエスコートしてくださるフリード様の手をとって、馬車を降りる。
「はう」思わずそう吐息を漏らして。
幼い頃に伺った事はあったけれど、今改めて見ても本当にすごい豪邸。
まだここは馬車まわしの場所、玄関口はこれからだというのに。
大理石の床はピカピカに輝き、目の前に広がる白亜の柱は至る所に彫刻が刻まれていて、まるでこの玄関口が一つの芸術作品にさえ思える。
中はもっとすごいのよね。やっぱり侯爵様となればお金持ちの桁が違うのだわ。
そんなふうにも思い。
実家の伯爵邸とは違いすぎるその豪華さに圧倒されてしまう。
ころばないように気をつけながらつるつるの大理石の上を歩き玄関ロビーまで辿り着いたところで。
中央の踊り場から階段を降りて脇の廊下に向かって歩く男性の後ろ姿が目に映った。
(お父様??)
父、グラームスの後ろ姿に見えたその男性。
どうして?
お父様が心配をしてここまで来てくれたのだったとしたら。
「どうしたの? 立ち止まって」
わたくしが急に立ち止まったせいか、フリード様が心配をしてそう声をかけてくださって。
「いえ、あそこに曲っていくお父様の後ろ姿を見た気がして……」
はしたないとは思いつつもそう指差して答える。
「ふむ。あちらは裏口に通じる廊下だ。下働きの者や出入りの業者が通る玄関口になる。そんな場所に伯爵が入って行くとは思えないな」
と、そう怪訝な顔をされてしまった。
フリード様がそう仰るのならそうなのだろう。
でも。
もしあれが本当にお父様だったのだとしたら。
嬉しい。
少しだけ、そんな感情が心の奥に湧き上がったのを、とめることはできなかった。




