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残暑が厳しかった夏も終わり、急な冷え込みに木々は急ぎ足で葉を散らしていく。店に訪れる客も上着を羽織るようになり、ホットのメニューがよく出るようになった。
「夫が最近疲れてるみたいなの。仕事が忙しいのか聞いても、仕事の話はするなの一点張りで」
「男のプライドってやつなんですかね。身内には頼ってほしいですよね」
カレンは今日も一人の主婦の悩みを聞いている。
「無口なのに疲れるともっと喋らなくなる人だから家の空気も最悪で。娘も気を遣ってて見てられないんです」
「子供って、大人が思ってる以上に成長早いですよね」
「カレンさん、お子さんいましたっけ?」
「あーえっと、甥っ子が! 会うたびに大きくなっててビックリで」
もう小一時間は話しているが、女とは口はいくら動かしても疲れない生き物だ。
カレンは申し訳ないとは思いながらも話を聞き流して別のことを考えていた。
何十年も前、心から愛した人間の男、そして最愛の息子について。
「あ、もう娘が学校から帰ってきちゃう! カレンさんありがとね」
「あ、これを!」
カレンは手作りのマフィンを手渡した。
「皆さんで召し上がってください」
「いいのもらっちゃって。ありがとうございます。また来るわね」
そそくさと店を出ていく主婦を見送り、カレンはため息をついた。すると足に柔らかいものがあたる感触がした。
「なあなあ、そろそろこたつ出してくれよ」
「こたつ出したらあんた一日中いるじゃない」
拗ねて椅子の上に跳び乗った黒猫の名はノワール。カレンの昔からの友人だ。
今日は気分が優れないため店仕舞いにしようと思った矢先、扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
入ってきたのは背の高い英国風の紳士といった風貌の男で、頭にはハット、皮の手袋、海の水を閉じ込めたような青い瞳をしていた。
「いやぁ、外は寒いですね。温かい紅茶をいただけますか?」
「すぐにお作りしますね」
「おや? あんなところに可愛い店員さんがいるじゃないか」
男に撫でられるノワールが嫌がっていないか心配だったが、猫の扱いにはどうやら慣れているらしく、ノワールはされるがままだった。
席に戻ってきた男に紅茶を差し出すと、男は一口飲んでほっと一息ついた。
「ここのお店に来てみたかったんですよ。噂は聞いていましてね。なんでも魔女がいるんだとか」
「噂ですよ。店の名前のせいですかね」
男は半分ほど紅茶を飲むと、テーブルの上にあった角砂糖を二つ入れてくるくるとかき混ぜながらカレンに尋ねた。
「カルダモンをいただけますか?」
「え、ああ、わかりました」
紅茶にカルダモンを入れたいなどと言う客は初めてで驚いたが、なぜかその飲み方に既視感があった。
「あの、このお店に来るのは初めてですか?」
「ええ、やっと今日見つけたのですから。ちょうどこのお店の香りをさせたマダムとすれ違いましてね。それを辿って」
なに食わぬ顔で紅茶を飲み進める男に不審感が募る。カレンはカマをかけてみることにした。
「そういえば、もうすぐですね」
「もうすぐ?」
「ええ。いつも街中の人が張り切って自分の家を装飾して一番素敵な家を決めるお祭りですよ」
「そういえばそうでしたね。いやぁ、去年はあと一歩のところだったんだけどなぁ。カレンがいた時は優勝を独占してたのに」
「やっぱり」
「はい?」
男は自分が犯したミスに未だに気づいていないようだった。
「どうして私の名前を知ってるんですか?」
「え、あれ、言ってませんでした?」
男は明らかに動揺を隠せておらず視線を泳がせていた。
「それに人間界にそんなお祭りはないよ。お兄ちゃん」
「ギクッ!」
「はぁ!?」
男とノワールの声が同時に店内に響いた。
「いやぁ、バレたら仕方ないね」
そう言うと男は姿を元に戻し、とは言ってもいくらか若返り、少々肉付きがよくなった程度たが見慣れた兄の顔が現れた。
「よくわかったね、これも愛の力か」
「あんたの紅茶の飲み方が引っ掛かったのよ。砂糖二個、カルダモン、必ずそれを半分飲んでから入れる」
「あぁ、そんなにもお兄ちゃんのことを忘れずに心に刻んでくれていたなんて……なんて愛らしい妹なんだ!」
「久々に会ってその感じは気持ち悪いからやめて」
「辛辣! でも愛情の裏返しだとお兄ちゃんは知ってる!」
体をくねらせる兄のもとにノワールが駆け寄ってきた。
「うわ、ホントにルイスの兄貴じゃねえか! 久し振り!」
「ノワール、久し振り。ちゃんとカレンに変な男が寄り付かないか見ててくれたかい?」
ノワールとルイスは昔から仲が良く、ノワールはルイスを兄のように慕い、ルイスはノワールを弟のように可愛がっていた。
「でもどうしたんだよ? 約束まであと三日あるぜ?」
「可愛い妹に早く会いたくて来てしまったんだよ。それに、ノワールはこちらへ来ないと思ったからね」
「まぁ……そうだな」
ノワールが魔法界に行きたがらない事情を知っているルイスは、寂しい表情をしながらノワールの背中を撫でた。
「でも最近うちの村も落ち着いているんだ。ノワールを知る人も少ないし、折角だから来てほしいんだよ。魚料理だって振る舞うさ」
「そ、そんな食べ物なんかにつられるかよ」
そう言いながらもノワールは尻尾を立ててそわそわしている。
「な、二人で来てくれよ。当日は迎えに来るから。それじゃあお兄ちゃんはこの辺で」
立ち去ろうとするルイスをカレンは呼び止めた。先日受け取った手紙に疑問がある。
「この前の手紙、どうしてオウルが持ってきたの?」
「彼には昔、少しばかり世話になったことがあってね。そのよしみだよ」
そう言ってルイスは店を出ていった。
「ルイスの兄貴にこの場所教えてたのかよ?」
ノワールが毛繕いをしながら尋ねた。
「いいえ。でも、彼はすごく鼻が利くから」
「そう言えばそうだったな」
その日は悶々としてよく眠れなかった。そして気分が晴れることなく、約束の日はやってきた。




