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カレンさんは魔女なんです  作者: 陽稲(はると)
3 幼馴染みは女性嫌いなんです
14/19

3-4

『喫茶ドロシー』の店の前に着くと、扉には『open』の札が掛けられている。


カレンが扉を開けて中に入ると、店番を頼んでいた相手はカレンを見て、もともとしわくちゃの顔に更に深い皺を作った。


「おやおや、お帰りなさいませ」


「ただいま。店番ありがとう、ライア」


「いやいや、老いぼれは日々暇をもて余しておりますから。今コーヒーを淹れたんです。腕が鈍ってないと良いのですが」


ライアはカレンにコーヒーのいろはを教えてくれた、元魔法使いだ。彼は人間の女性に心を奪われ、魔法を捨てて、人間としての生活を送っている。


「ん~、美味しい! 私もまだまだね」


「カレンさんも十分成長されましたよ」


ライアの見た目や話し方は、人間で言うと八十代くらいに思えるが、百九十はあろうかという身長と、ピンと伸びた背筋、絹のような白髪から気品が滲み出ている。


「調べものは順調ですか?」


「うーん、まだもう少しかかりそう」


「そうですか。老人が余計なことを言いますが、魔法の使いすぎは注意が必要ですぞ。魔力は魔力を引き寄せます」


「そうね。気をつけるわ」


ライアは嬉しそうに何度か頷き、カップやグラスを磨き始めた。


「おい」


足下から声がしたと思うと、ノワールが膝の上に飛び乗ってきた。


「なんであの爺さんがいるんだよ」


「店番をお願いしたの。私の師匠よ。これ以上の適任はいないわ」


「俺あいつ嫌いなんだよ……」


「おぉ! ノワールさんじゃないですか! 久しぶりですね」


ノワールはビクッと体を震わせて、小さく丸まった。


「うーん、嫌われているのですかね」


「あはは、機嫌が悪いだけだと思うよ」


ライアはしょんぼりして再び仕事に戻った。


「お前は昔のあいつを知らないからそんな風に話せんだよ。俺はあいつの使う魔法が嫌いだ」


「もう魔法は使えないって言ってたわよ。実際これっぽっちも魔力を感じないもの」


「だとしても、当時のあいつを知ってるやつは、あいつの言葉を聞くのが怖いんだよ」


カレンは魔法使いの頃のライアをよく知らないが、聞いた話によると、彼は『言葉』を使う魔法使いだったらしい。彼の言葉を耳にすると、本人も気付かぬうちに彼の魔法にかけられてしまうというもので、ノワールの怯えようからして、相当なやり手だったのかもしれない。


「で、なんかわかったのか?」


「銀河くんが女性嫌いなことはよくわかったわ。子供に対しても少しでも女性を感じると態度があからさまにキツくなってた」


「ふーん。そりゃもうどうしようもないんじゃないか?」


「でもちょっと気になることはあるのよ。だからノワール、あなたの出番よ」


「え?」


ノワールはピクッと耳を動かしてから顔を上げた。


「二人必要だからね」


「うぇ~」


ノワールは耳をペタンコにして嫌そうな顔をしたが、なんだかんだで手伝ってくれるのは知っている。


「よろしくね」


「はいはい」









ノワールを連れてやってきたのは、星羅と銀河が通う都内の大学だ。大学にはあまり入ったことはなかったが、内装や設備には想像以上にお金がかかっていて、学生たちは快適に大学生活を過ごすためにもお金を払っているかのように感じた。


「今日のお前、大分若作りしてるな」


「若作りって言わないで。別に化粧とかで若く見えるんじゃなくて、若く見えるように姿を変えてるんだから」


カレンとノワールは学生に見えるように、普段よりいくらかあどけなさの残る容姿にした。


「で、その二人はどこにいるんだ?」


「二人が受けてる講義を聞いてるからそこに行けば会えるはず。今日のは休めない講義らしくて銀河くんもいるはずよ」


「オッケー。で、俺は何すればいいんだ?」


「出番になったら言うからそれまで大人しくしてて。猫っぽいことしないでよ」


「わかってるよ」


迷いそうなほど広い講義棟を歩き回り、辿り着いた講義室は教壇が下になるように傾斜が着いており、後ろからでも黒板が見えるようになっていた。


既に多くの学生が席についており、カレンとノワールは講義室が見渡せる後ろの方の一番端に座った。


「あ、星羅ちゃんと銀河くんいた」


星羅は講義室のちょうど真ん中辺りの列の、カレンたちとは反対側の端に銀河と横並びで座っていた。銀河は肘をついて手に顎を乗せ、退屈そうにスマートフォンをいじりなが、時折話しかける星羅の言葉に相槌をうっている。


「とりあえず講義が終わるまで待ちましょう。講義は九十分ね」


「ながっ! 寝てるから終わったら起こしてくれ」


横ですやすやと眠るノワールを放っておいて、カレンは二人を講義中観察し続けた。


教授の話をノートを取りながら真剣に聴く星羅とは対照的に、ぼんやりと聴いているだけの銀河は、時折星羅に視線を向けては逸らしていた。


カレンはこっそりと机の下で、星羅にメッセージを送った。星羅はメッセージの着信に気付き、確認すると不思議そうに首を傾げた。


講義が終了すると、学生たちはわらわらと講義室を出ていく。昼休みということもあり、気の緩んだ表情が目立つ。


「ノワール。ノワール起きて!」


「んぁ? 終わった?」


ノワールは大きく伸びをしてから大きなあくびをした。


「早く! 二人を見失っちゃう」


講義室から出ていく星羅と銀河の後を追いかけると、二人は外にあるベンチに並んで腰掛け、星羅は弁当、銀河はコンビニのおにぎりを取り出した。


「仲良いなぁあいら」


「感心してないで出番よ、ノワール」


「え? 何すんの?」


「星羅ちゃんに絡んできて」


「はぁ?」


「いいからっ!」


ノワールは背中を突き飛ばされ、体勢を崩しながらも星羅に近づいていった。そして星羅の空いている方の隣に座った。驚いた様子の星羅は反応に困っているようだった。


「ねぇ、隣の彼、君の彼氏?」


星羅は銀河を一度見てから大きく首を横に振った。


「違います! 友達です」


「そっか。じゃあ、君を口説いても問題ないね」


ノワールの甘い微笑みが星羅に向けられ、星羅は頬を赤らめた。


「いや、その、急に言われても……」


「そりゃあ驚くよね。でも、一目惚れしちゃったから、今話しかけないともう会えないような気がして」


ノワールの追撃に星羅はあたふたし始めた。


「おいお前、急になんだよ。ナンパなら他所でやれよ」


見かねた銀河が口を開き、ノワールに食ってかかった。


「ナンパなんてそんな軽いものと一緒にしないでくれるかな。俺は真剣だよ。君は彼氏ではないんだから、止める権利はないんじゃないかな?」


極めて紳士的に対応するノワールに、銀河は返す言葉を見失っている。


「ねぇ、俺とちょっと話さない? 二人きりで」


そう言って星羅の手を取り、見つめるノワールに、星羅の目は釘付けになっている。カレンはこの後の銀河の出方を伺っていた。


「どう出るのよ、銀河くん」


離れた場所から見守るカレンは、ドラマのワンシーンを見ているかのようにやきもきしていた。


「行こ?」


星羅の手を取りながら立ち上がるノワールにつられて、星羅の腰が浮きかけた時だった。星羅の反対の手を銀河が掴んだ。


「銀河……?」


星羅は驚いた様子で銀河の顔を見た。


「今……飯食ってるから……後でもいいだろ」


銀河はノワールに向かって弱々しく言うと、言い終わった後に目を逸らした。


ノワールは二人を交互に見た後、パッと星羅の手を離した。


「それもそうだね。また後で会いに来るよ」


ノワールは空気を読んでその場から離れていった。残された二人は少し気まずそうに昼食の続きを再開した。


カレンもその場を離れ、次の準備に取りかかった。

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