その3
待たされただけあって、ついにやってきた自分たちの番というのは胸が躍る。
「今日のメニューはスペシャルだけですが、大丈夫でしょうか?」
パティシエのような格好をした男性が狭いスペースの中でクレープ生地を焼きながら訊ねてくる。
看板を見れば、写真入りでその旨のことが書かれている。
異世界クレープ六百五十円。
「はい、それを三つお願いします」
姫川さんは迷わず注文する。
店員は流れ作業のように、薄いクレープ生地を焼く。
丸い焼き器の上に小さなお玉で生地のもとを一掬いして垂らす。
野球の球場で土を均すときに使うとんぼをずっと小さくしたやつで、それを均等に伸ばして焼いていく。
ドロドロの生地が熱を受けて、徐々に香ばしい香りを広げていく。
生地が完成したら、それをすぐに使うのではなく、接客しながら焼き、余熱を飛ばしていた生地の方を使う。
その上に、目印をつけるかのように生クリームを絞っていく。
その隙間にトッピングの果物を飾り付ける様は、まるでアートのようだ。
広げたクレープ生地の一部にしかトッピングが置かれていない。
もしかしてケチっているのか、と思ってしまうぐらい少ない。
なのに、それを折りたたむのではなく、くるくると巻いて花束のようにすれば見た目からしてクリームやフルーツが溢れそうな見栄えのものに変わる。
「今日はこれがサービスなんです」
一輪の花を優しく包むかのようにしたクレープの上に、やたらと白っぽいアイスがのった。
「ヨーグルト味のアイスです」
持ちやすいように紙の袋に突っ込まれたクレープを姫川さんが受け取る。
そうしている間にも、すぐに二つ目、三つ目と作っていく。
「ここは俺が全部払うよ」
「ご馳走になります」
アルのを払う手前、女の子の分は自腹で、なんて格好悪くてさせられない。
こうして実際に目の前にして金を払ってみるとクレープって高いよな。
俺の分はアルに持たせて、その間に支払いを済ませて、他の客の迷惑にならないように店から少し離れると、
「ここって午前中に魔王さんが来てたんですよね?」
後ろに並んでいた女性二人組が店員に訊ねている。
「はい、来てましたよ。もう情報流れてるんですか? 参ったなぁ」
そう言いながらも店員の手は止まらないし、
「くそったれ!」
なぜか敵意を抱く魔王が、この店に来ていたというだけで怒りが最高潮になっている。
俺のクレープを握り潰さないでくれよな。
少し離れた明り取りの天窓のある広場。そこのベンチに移動した俺たち三人。
「では、いただきます」
アイスが溶ける前に、俺たちは素早くクレープを口に運ぶ。
まずは溶け始めているアイスを一口。
酸味を感じさせるヨーグルトのアイスは、どこか懐かしさを感じさせる。
冷たさも知覚過敏を刺激したり、脳を刺激したりするものではない。
「これ、牧場のだからかな」
乳成分が多くて味が濃厚だ。甘い物は苦手だけど、これならいくらでも味わえる。
そしてアイスの下にクレープ生地は、一枚一枚は薄いのに、それが層になることでクレープ特有の柔らかさがある。
生クリームは俺の口には甘すぎるぐらいだが、それを緩和してくれるのがブルーベリーなどの酸味のある果物たち。
アクセントになっているのがチョコチップ。
クレープの見た目は、すぐになにが入っているのかわかる単純なものであるが、それがうまくかみ合うことで、絶妙なハーモニーを醸し出す。
甘味と酸味。
単品で味わえば強すぎるが、それを交互に味わえ、口の中でくどくならないような配置。
そして底の方まではクリームが入っていない。
子供や女性のように食べるのが遅くても、底から零れるまでに猶予を持たせることができるだけでなく、俺のような甘すぎるのが苦手な男にとっては、クリームの届いていないクレープ生地はちょうどいい口直しだ。
「美味いな、クレープ」
賛同を求めるように右の姫川さんを見ればすでに食べ終えているし、左のアルを見れば、そちらもすでに完食していた。
「「足りない」」
二人が声を揃えて言う。
この二人、食欲が旺盛なんだから単価の高い物よりも、安くて量があるものを腹に入れた方が満足するんじゃないだろうか。
「で、アル。今日ここに来た本当の目的はなんだ?」
「そういえば言ってなかったが、そろそろいい時間か……」
広場にある時計を見上げたアルが立ち上がる。
「コンビニ女は別に来なくてもいいんだが、帰りが困るのなら一緒に来てくれ」
そう言って歩き出すアルの背中を、俺と姫川さんは顔を見合って追いかける。
「アル、一体なにがあるっていうんだ?」
「実は異世界ゲートから来るやつを迎えに来たんだ」
「異世界ゲートから……つまりは、異世界人」
アルも異世界人ではあるが、出会いがあれであるし、街中に異世界人がたくさんいてもなにかを思うことはない。
姫川さんの持つ『異世界ウォーカー』の表紙を飾るような人間離れした異世界人は目につくが、彼らはなかなか表には出てこず、人目につきにくいところで働いている。
人間が毛嫌いしたりしているわけではないが、やはり目立ってしまうのが嫌なのだろう。
「まあ、正直なところ……」
珍しく歯切れの悪いアル。
「会いたくはないんだ」
「なら、どうして迎えに来るんだ?」
「来なければ俺が殺されるからだ!」
あれだけ魔王と聞くやぶっ殺すと物騒なことを言ってるのに、自分が殺される側に回ると途端に憶病になるのか。
「誰が来るんだろう」
「ご両親とかじゃないんですかね?」
姫川さんの言う可能性が一番高い。
魔王憎しで、こちらの世界で好き勝手をやっているかと思えば、魔王に迷惑をかけようとして食い逃げに失敗している始末。
ならば、自称勇者らしく魔王を倒すのかといえば、ファミレス『スカイウォーク』にいた二人の仲間とは、最近会っている気配すらない。
こちらの世界にも、異世界人としても、すべて宙ぶらりんなアル。
「怖いんだろうな」
誰が来るのかわからないが、それはアルにとって天敵とも言える誰かなのだろう。




