その1
二階建てのオンボロアパートの一室。
コンビニでもらってきた求人情報誌に目を通していると、玄関の薄いドアが遠慮なく叩かれ、ドアノブがガチャガチャと回される。
「サトー!」
同じアパートの上の階に住んでいる異世界人の自称勇者アルフレッドことアルだ。
俺の名前を馬鹿みたいな大声で呼ぶのはアルしかいない。
「なんだ。勝手に開けようとするな」
「いいじゃないか、俺たちの仲だし」
「どんな仲だ」
異世界人は親しくなった他人の家のドアを勝手に開けていいと言うのだろうか。
田舎の小学生でも許さないぞ、俺は。
「こんにちは」
騒がしいアルの後ろには、春物のワンピースにカーディガンを羽織った女の子がいた。
近所のコンビニでアルバイトをしている、県内の美大に通う姫川桜さん。
「こんにちは。今日はどうして、このアホと」
「サトーまで俺をアホと言うのか」
いつぞやのファミレスで、仲間と思わしき性格のきつそうな女性に言われてたからな、アホと。
「いえ、アルバイトが終わったところで、この食い逃げ犯が一緒に来てくれと」
今日は大学が休みなのかはわからないが、女子大生を一人暮らしの男の部屋にあげていいものか悩む。
「サトー、支度をしろ。出かけるぞ」
「どこにだ?」
「異世界に通じるゲート!」
なんでそんなところに?
そんな疑問しか湧いてこないが、姫川さんは知っていたのか、なにも言わない。
「姫川さんも行くの?」
「はい。今日は予定ないですし、ちょっと行ってみたいと思っていたので」
異世界に通じるゲートなんて、小学校でも中学校でも遠足とか社会科見学で県内の子供は行こうとしなくても、必ずと言っていいほど足を運ぶ場所だ。
その代わり、サイタマ県民はわざわざ家族揃って出向かない場所である。
唯一、サイタマ県民が行くとすればデートだろうか。俺に縁はなかったが。
「まあ、いいか。もう何年も見てないし。ちょっと待っててくれ。用意する」
工場勤務の仕事を辞めてから、平日の昼のテレビを見ることができ、週に一回はゲート周りのグルメ情報を届ける番組をやっている。
それぐらい目まぐるしく入る店舗は変わっていく。
そもそもゲートは国際空港以上の警備が敷かれており、異世界に渡るチケットがないと建物の中に入ることすら許されない。
それこそ無断で立ち入れば、異世界人であろうと問答無用で拘束される。
そのあとはどうなるか知らないが、魔王系列の店で食い逃げをしても一晩留置所で過ごせば許される、なんて軽く済まされないことだけは確かだ。
「お待たせ、行こうか」
外で待ってもらっている間に外行きの格好に着替えて、財布や携帯をポケットに突っ込んで準備完了。
外へと出れば、あれだけ仲の悪かったアルと姫川さんが一冊の雑誌を二人で眺めている。
なんだこいつらデートか。
「これ今週号の『異世界ウォーカー』ですよ」
表紙に見たことのない獣のような人がポーズをつけて写っており、それを囲むように「ラーメン食べ歩き」やら「新作デザート特集」やら「新定番デートコース」やら、情報で溢れている。
「そういうのもあるんだ」
「異世界への人に向けているページもあるんですが、私たちは向こうに行けないので、異世界での民族料理なんかが載っていたりして面白いんですよ」
パラパラとページを捲って見せてもらうと、写真がたっぷりの情報誌だ。
誰か一緒に行く人がいてくれれば、こういう情報誌は見ていて楽しいだろうな。
「異世界タクシーを呼んであるから、もうすぐ来ると思うんだが」
そんな獣が化けたバスの異世界バージョンみたいな乗り物があるのか、とアルの発言を疑っていると、アパートの前に町中を走っているタクシーがやってきた。
「異世界タクシーってなに?」
今日はやたら異世界を推してきてるなぁー、と思うものの、金を持っていないであろうアルに招かれて、俺と姫川さんは後部座席に乗り込んだ。
アルはというと、後ろに三人乗れるにも関わらず助手席に乗り込み、なにかを運転手に提示した。
「サトー知らないのか? これは異世界人が日本に来た際にもらえるパスポートのようなもので、ゲートへの行き来は無料で乗れるんだ。もちろん同乗者も無料だ」
「しっかりしてるんだな、行政は」
異世界人がこちらの世界でアルバイトができたり、今まで知らなかった異世界人の常識に驚かされてばかりだ。
異世界へのゲートがある建物の名称は「異世界ゲート」である。
成田や羽田の空港が、地名と空港という役割を持たせる名前なのだから、異世界が場所でゲートはゲートだ。
「トウキョウにあるから東京タワーみたいなもんだしな……」
大人になって改めて来ると、なんだか釈然としないのはなぜだろうか。
建物は外国の空港のようなものだが、飛行機の離発着があるわけではないので、滑走路のようなものはなく、ゲートと呼ばれる穴を囲うように巨大な建物が作られた。
建物の中は厳重なセキュリティで、テレビクルーだって滅多に入れない。
しかし、ここは観光スポット。
少し離れたところには自然公園があり、その敷地の中には異世界の資料館がある。
それとは逆に日本人が観光のためにやってきたり、デートやショッピングでやってくる目的が併設された巨大なスペースの施設。
「ここは『フレンドパーク』って呼ばれてます。異世界の食事もこちらの食事も楽しめる複合施設です」
いわゆる食のテーマパークだ。
トウキョウではないので断じてホッケーなどはしない。




