仄暗い森にて
「はぁ…はぁ…、」
時刻は夕時。薄暗い森で聞こえるのは二人分の荒い息使い。夕時の森、というのは夜行性の魔物やら猛獣やらが活動しだす時間帯だ。
なので、近寄る者は冒険者や洞窟やツリーハウスを根城とした盗賊達だけだ。だが、この荒い息使いの発声主は二人の男女である。
つまりは、薄暗く人目に付かない森で二人の男女が荒い息使いを上げているのだ。
けれど、この二人は決してヤらしい事をしている訳でもない。二人が荒い息使いをしている理由は…
「ガルァ!」
スンスンと鼻を鳴らしながら辺りを見渡す数匹の狼。そう、この二人はこの狼から逃げている最中だった。
「はぁ…参ったな。こんな森奥の村に行かなきゃならないなんて…」
男女二人組の男の方、整った顔立ちの青年が呟いた。
フード付きのローブを被り、荒い息を整えている。
「はぁ、はぁ…。全くよ…。しかも、腹ペコの魔物に出くわすなんて。」
男女二人組の女の方、美しい顔立ちの女性が返す。
こちらも、フード付きのローブを被り、荒い息を整えていた。
「あと数匹、何とか行けます?」
青年が女性へ問いかける。
「流石にキツいわね…」
女性は答えた。別に、あの魔物を倒せないと言う訳ではない。魔物を倒したとしても、その騒ぎを聞きつけた他の腹を空かせた魔物が寄ってくるのを考えての答えだ。
「ですよねぇ…」
はぁ…と青年はため息を一つ。そして、木の幹から顔をソロりと出し、魔物達を確認する。
「何か増えてるなぁ…」
最初に自分達を追ってきたのは8匹程度、走って逃げつつも女性の方がなるべく音を立てずに3匹を仕留めたので自分達を追ってきていたのは5匹程のはず。
だが、今、隠れている自分達を探しているの魔物は10匹程。
明らかに増えてる。…はぁ、ともう一つため息をつく青年に、
「貴方こそ、コッソリ行って切り刻んで来ればいいんじゃない?」
女性がコチラを見つめて問いかけた。
「いや、無理ですよ。何か増えてますし。」
ちょいちょい、と青年は指で幹の向こう側を指さす。女性は指された方へ覗き込み…直ぐに顔を戻した。
「ホントね、15匹くらいになってるわ。」
15匹。今、15匹と女性は言った。だが、先程青年が見た数は10匹足らず。そこまではいなかったハズだ。
「……、…!」
無言で向こう側を覗き込む青年。こちらへ振り向いた顔は何かを悟った様な表情をしていた。
「ヤバイフエテル。」
自然と片言になった。いや、正確に言えばこの現状はそれ程ヤバくはない。この女性と青年が本気を出せば、この森中の魔物を相手しても平気だろう。
だが、そんなことをしてしまっては、先にある村に着いた時、村人達に一体何者かと警戒される可能性がある。
「あ、いい事思いついたわ。」
うーん、うーん、と悩んでいる少年の隣で女性がポン!と手を叩き言った。
「おぉ、流石ですね!して、その案は?」
「えっとね、まず、君があの群れに突っ込むでしょ?」
「はい、はい。それから?」
「そしたら、私は君にエンチャントを施すから、君はあの群れ相手に獅子奮迅!群れは全壊!」
「なるほど、なるほど。」
「でも、それだと他の魔物達を呼び寄せちゃうから、私は先に村に行くの。」
「…村に。」
「ええ。そして、村のギルドに行って助けを呼んでくるの。だから、君は頑張って耐えててね♡」
「頑張って耐えててね♡…じゃないですよ!それ、完全に俺が囮役じゃん!殺すぞこのクソアマ!」
青年がテヘペロっと下を出す女性に呆れ、再度魔物を確認しようと幹から顔を出そうとした瞬間。
「ワフ!」
覗いていた方とは逆の肩に手を置かれた。否、性格に言うならば、置かれたのは手ではなく前足だ。
「ワフ?」
また、女性がふざけるのかと振り返って見るとそこには一匹の黒い狼が居た。
「え」
「ワフ!ワフ!」
増えた。
「ワンワン!」「グルル…」「ワフー!」「ギュアァ!」
余りのことに青年の思考が一瞬止まる。思考は止まるが魔物が増えるのは止まらない。
止まらないどころか、青年の頭にがぶりつく寸前。勢いはMAXだった。
「焼き尽くせ、焔の槍!」
だが、横から飛んできた炎の槍が魔物の頭を一瞬で塵にした。
「あっつい!?」
青年の髪も少しばかりか塵になっていた。
「くっ…いつの間にか囲まれてますね。どうしましょうか…」
二人の周りには20は超えるだろう数の魔物が集まってきている。
「いつの間にか…!じゃないでしょう?君が大きな声出すからよ。」
はぁ…と今度は女性がため息を一つ。
…このアマぁ…!心から湧く怒りに任せ、青年は腰の剣を抜いた。
「上等だぁ!ぶっ飛ばしてやるぅあ!」
語尾を巻き舌になりながら青年が怒鳴る。剣を構え、女性目掛けて横に薙ぎ払う。
「刻め、刻め、刻め!細かくなって土様の養分になれ!」
言うと、女性の周りに居た魔物達の動きが一斉に止まり、崩れ落ちた。
その亡骸はまさに千切り。細かく刻まれ、辺りに残ったは無数の肉片と血の池だけ。だが、
「全く、最初からこうすれば良かったのよ…。」
女性は全くの無傷であった。目の前には剣を握る青年、その周りにはまだ10匹程度の魔物が残っている。
「散れ、聖火の欠片よ。悪しきを焼き払え。」
魔物達を睨みつけながら呟く。すると、青年の周りに居た魔物達から火が上がり、すぐ様に灰と化した。
「はい、いっちょ上がりね。他の魔物が来る前にさっさと行きましょ?」
女性は青年へと声を掛けると、スタスタと先に行ってしまった。
「…」
だが、青年は何かを探る様な目つきで、周りをグルッと見回し再び剣を構える。
そして、女性の前へ一瞬で移動し、剣を振り上げる。
キィィンッ…と甲高い音。次にはドス、と何かが地面に落ちる音。
「…短剣ね?」
女性へ目掛けて飛んできたのは刃渡り15センチ程の短剣。
「盗賊か何かかしら?どちらにしろ、私達の戦闘を見てから仕掛てくるなんて、とんでもないチャレンジャーね。」
女性はクスクスと笑いながら呟くが、目が笑っていない。
「いや、盗賊ではないな。人様を襲って荒稼ぎするゴミ共だ、喧嘩吹っかける相手位は間違えないさ。」
「じゃあ、誰が…」
「おい、出てこい。出てこないのなら、お前を半殺しにした後、特等席で、お前の村のビフォーアフターを見せつけるぞ?」
「出てきたら?」
女性が青年に問う。
「出てきたら襲った理由を聞き出し、納得したらぶん殴る。」
「納得しなかったら?」
女性が青年に問う。
「半殺し。」
クスクスと女性は笑いだす。満面の笑みだ。
「別に面白い事は言ってないと思いますけど…」
青年が女性に言うと、短剣が飛んできた茂みからガサガサと音が聞こえた。すぐ様そちらへ振り向き剣を構え直す。
そして、現れたのは意外にも一人の男と一人の少女だった。
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