だいしちじゅうししゅ うたまくら くちにするとも つづかずに ひとによまるる このうたもがな
第七十四首
歌枕 口にするとも 続かずに 人に詠まるる 此の歌もがな
古い歌に幾度も読まれた名所へ。
旅はいいものです。
時代による移ろいはあるものの。
それは場所を渡るだけでなく。
遠い時代にまでも、想いを渡らせることができるのですから。
歌枕。
和歌の題材。今では、それに選ばれた各地の名所を指して。
それは単なる観光地ではなく、名と歌によって心に映る景色が重ねられた場所。
例えば、逢坂の関は、恋の宿。
白河の関は、別世界への入り口。
吉野山は晴れやかさと儚さの色を重ねて。
天香久山は天上から降りてきた美しさ。
歌枕から始まる歌は、余りにも多く。
浅学なわたしでは、歌枕に導かれる上の句を口にしても。
手元に資料がなくては、続きがどうにも出てきません。
こんな時に、あの人がいたら。
わたしの歌を引き継いで、完成させてくれるでしょうか。
よく考えるまでもなく、そんなことはありませんね。
わたしたちは、お互いの趣味を理解し合う間もなく、絆の糸が切れてしまったのですから。
今さら言っても詮無いことですが。
お互いの趣味について話を交わせるくらいに。
考え方や仕草のクセを、分かりあって。
ふと、自分達でも気付かないような。
そんな時にさり気なく補えるような。
例えば、きらいな食べ物をごく自然に食べてあげたり、もらってくれたり。
そんな仲でありたかったのですよ。
例えば、あの人が絵を見せてくれたら。
わたしが詩歌を添えるような。
そんなお互いの魅力を引き出し合える仲が、素敵だと思うの。
今さら言っても詮無いことですが。
わたしが口にした歌を、あの人が声で詠まれるのを聞きたいと。
うたまくら くちにするとも つづかずに ひとによまるる このうたもがな




