9、埋め合わせ
休日。しかも明日も休み。こんなにゆっくりとできる日は久しぶりだ。
(せっかくだし映画見に行くか…ただ、見たい映画が夜の8時から上映かぁ…)
いろいろ悩んだ末に俺は夜になり歌舞伎町にあるTOHOシネマズ新宿へ足を運んだ。
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レイトショーの映画が終了した頃には午後11時になろうとしていた。
エレベーターを使って映画館のあるフロアから1階へ降りる。
建物から出てゴジラの頭が見えるポイントに来たところで見覚えのある姿が目に入ってきた。
「あ…」
黒と紫の地雷系らしい服装に厚底ブーツ。そして肩まで伸びた赤いツインテールの髪。咲優だった。
壁に寄りかかってスマホをいじっていた彼女も、俺に気付いて目を丸くする。
「あれ?お兄さんじゃん」
「偶然だな…」
「何?映画見てきたん?」
「うん」
「へぇ〜…」
それだけ言って彼女はまたスマホの画面に視線を移した。
「…咲優、」
「ん?」
再度視線が俺の方へ向く。
「この前…さ、」
「うん」
「助けるって言っておきながら結局俺は何もできなかっただろ…」
咲優はそれに対して何も言わない。
「…。あの時の埋め合わせが…したい…と、思って…」
「埋め合わせ?」
「できることであれば何でも…」
数秒、咲優は俺の顔をじっと見つめてきた。そして顔を見るなり悪戯っぽく笑う。
「じゃあさ、この時間付き合ってよ」
もちろん”恋人同士”などという意味では無いのは百も承知だ。それくらい理解している。
俺は黙って頷く。
「ンじゃ、行こ?」
咲優は軽い足取りで歩き始めた。
歌舞伎町の裏通りを抜け、人通りの少ないエリアへと向かった。
「ここ。」
咲優がフェンス脇のボロボロになったタイヤに腰掛けた。
周囲には10代半ばくらいから20代くらいの若者達が皆思い思いに過ごしていた。
「お、咲優お帰り!」
「今日早いじゃん!」
「咲優、誰この人?新人さん?」
何人かの興味津々な視線が一斉に俺へ向く。
「違う違う!」
咲優は慌てて否定する。
「この前ちょっとトラブって、そん時に助けてもらった人」
「へぇ〜、エグいやん」
「この人なんか普通の人っていうか陰キャって感じ」
「マジメくんみたい!」
そんな感想が聞こえてきた。
「あ、ちょっと待ってて。」
俺は周りをキョロキョロする。
「え?」
「すぐ戻る」
俺は近くにあったコンビニへ入り、温かい肉まん2つと春雨のカップスープ2つを買った。
レジ袋を下げて戻ると咲優は不思議そうな顔をした。
「……これ、」
「…え?」
「埋め合わせ…だから…」
「マジ?」
「この前のお礼も兼ねて…」
咲優はしばらく袋を眺めていた。
「…ありがと」
その一言は、俺が以前会ったときの様子とは少し違っているように思われた。
肉まんを両手で包むように持ち、小さく湯気へ息を吹きかける。
「熱ッ!」
咲優はそう言いながらへへっと笑う。
その笑顔はいつも周りに見せている”営業用”の笑顔でも、仲間達と騒ぐときの笑顔でもないのだろう。と、俺は勝手に想像した。
しかしその笑顔はごく普通の18歳女子というような笑顔だった。
「ふぅ〜。春雨スープとか初めてかも」
「今夜は寒いかなと思って…」
「ふふっ」
二人で黙って食べる。
温かい春雨スープと肉まんが冷えた体に染み渡る。
ほんの数分。それだけなのに、この街の喧騒が何となく和らいだように感じた。
「ねぇ、お兄さんさぁ…」
「ん?」
咲優は肉まんを食べ終えると、スマホをポケットから取り出した。
「連絡先、交換しよ?」
「え?」
「何かあったときとか連絡できたほうが何かと便利じゃん?」
「…まぁ…そうだな…」
俺はスマホを取り出し、お互いのLINEのQRコードを読み取り、登録を済ませる。
画面には新しい名前が一つ追加された。
<物部 咲優>
そして咲優の方には、
<望田 奈雄>
と、追加されると咲優は名前を『奈雄っち』と変更した。
「これでお兄さんはもう他人じゃないね」
咲優はそう言うとスマホをポケットにしまった。
「他人じゃない…か…」
肉まんの包み紙をくるくると丸めながら咲優は小さく笑いながら言った。
「ここってさ、同じタイプの子同士でも1回会ったくらいじゃ名前も全然知らないまま終わるんだよね」
「そうなのか…」
「昨日まで一緒に来てた子が、次の日にはいなくなってたり」
サラッと言ったその言葉に俺は何も返さなかった。
「どこ行ったのも分かんないし、別に探そうとも思わなくなる。ってか、どーせ親が来て連れ戻されたとか、そういうことだと思うけどね」
その言葉は寂しいはずなのに、咲優の口調は慣れきっているという感じだった。
「お兄さんはさ、」
「ん?」
「ヘンなんだよね」
「唐突だな」
「普通の人達なら、ここら辺に来ようなんて思わないもん」
「今回は映画の帰りに偶然会っただけだ。それにいつもは歌舞伎町にあるコンカフェで夜のバイトをしているからな」
「それでもさぁ…」
咲優は小さく肩をすくめる。
「お兄さんとはよく会うとはいっても、わざわざ肉まんとか買ってくれるなんて、そんなヤツそういないよ」
俺は何だか少し照れ臭くなり視線を自販機の方へと向けた。
「…ッ。”埋め合わせ”ということで買っただけだ」
「…そか。」
咲優は小さく微笑み、空になったカップスープと肉まんの包み紙をコンビニのレジ袋の中へ押し込んだ。




