33、別の依頼
『人を探してもらうことってできますか?』
届いた文章を、もう1度読んだ。
人探し。
便利屋のプロフィールには、夜間のちょっとした困り事を引き受ける、としか書いていない。人探しが「ちょっとした」に入るのかは分からなかった。
『内容によります』
送信。既読はすぐに付いた。
『友達を探してます』
『連絡が取れなくなって』
少し考える。
『警察には?』
『まだです』
『事件とかですか』
『分かりません』
分からない。最近、この言葉ばかり聞いている気がする。
『最後に連絡が取れたのはいつですか』
『3日前です』
『最後にいた場所は?』
少し間が空いた。
『歌舞伎町です』
「…………」
また歌舞伎町。まあ、新宿周辺限定と書いている以上、不思議ではない。
『年齢は?』
『19です』
『女性?』
『はい』
『あなたとの関係は?』
『友達です』
ベッドに腰掛ける。
19歳の女。3日前から連絡が取れない。最後に確認された場所は歌舞伎町。
俺がどうにかできる話なのだろうか。
『家族には連絡しましたか』
『家族とはあんまり仲良くない子です』
『学校か仕事は?』
『今はどっちもしてないです』
条件だけ並べると、少し嫌な感じがした。
『俺は探偵じゃないので、本格的な捜索はできません』
『分かってます』
『警察に相談した方がいいと思います』
送る。今度は既読が付いてから返信まで少し時間がかかった。
『警察には行きたくないです』
「…………」
『なんでですか』
『私も色々聞かれるから』
意味が分からない。
『何を?』
『そこは言いたくないです』
画面を見た。
断った方がいい気がする。依頼人も事情を話さない。探す相手についても情報が少ない。何より、人探しなんて俺にできることではない。SNSで名前を検索するくらいなら、依頼人本人でもできる。
『何をしてほしいんですか』
聞いてみる。
『その子がよくいた場所を見てきてほしいです』
『それだけ?』
『はい』
『見つけたら連絡してほしい』
それなら、人探しというより確認だ。
『場所は?』
送られてきたのは歌舞伎町の一角だった。俺も知っている場所だった。大久保公園の周辺。
『写真ありますか』
画像が1枚送られてくる。
若い女だった。黒い髪。顔の横でピースしている。背景には繁華街らしい照明が写り込んでいる。
『名前は?』
『ミク』
『本名?』
『多分違う』
「…………」
名前まで分からない。
『報酬はいくらですか』
今度は最初に確認した。ユイで学習した。
『5,000円』
高い。少なくとも1,000円よりは高い。
『見つからなくても?』
『払います』
『分かりました』
送信。そこで1度止める。
『ただ、今日見に行って、分からなかったらそこで終わりにします』
『大丈夫です』
『危ないこともしません』
『はい』
『見つけても無理に連れて帰したりはできません』
『連絡だけでいいです』
条件は決まった。時刻を見る。23時18分。今からでも行ける。
『今日でもいいですか』
『お願いします』
スマートフォンを置き、部屋の隅を見る。
仮面。
「…………」
人を探すだけなら、必要ない気がする。むしろ目立つ。普通の服で歩いた方が探しやすい。
それでも数秒考えてから、俺は衣装を手に取った。便利屋のアカウントで受けた依頼だ。依頼人には、この姿で活動していると思われている。何より、顔を知られない方がいい。
着替える。
手袋。ブーツ。ベルト。
マスクはバッグに入れた。
0時を過ぎた歌舞伎町は、昼間とは別の場所だった。
明るい。なのに暗く感じる。
店の照明も、巨大な看板も、コンビニも、人もいる。酔って道路脇に座り込んでいる男。数人で固まっている若い女。客引き。キャリーケースを引く人。
人通りの少ないところで仮面を着けた。スマートフォンに送られてきた写真を開く。
ミク。19歳。黒髪。それしか分からない。
「……無理じゃないか、これ」
似たような髪型の人間なんていくらでもいる。
とりあえず、指定された場所へ向かった。大久保公園の周辺まで来る。写真と人の顔を見比べながら歩く。
当然、見つからない。
1周。もう1周。
途中で何度か視線を向けられた。原因は分かっている。
「ねえ」
後ろから声をかけられた。振り返る。若い女が2人立っていた。
「なにそれ仮面ライダーか何か?」
「……い、いえ……」
「何してんの?」
「人探し…です……」
「人探し?」
「はい」
片方が笑う。
「何それ。探偵?」
「便利屋です」
「もっと怪しいじゃん」
それも否定できない。
スマートフォンの写真を見せるか迷った。本人の写真を無関係な人間に見せていいのだろうか。
「人探してるなら、うちら分かるかもよ」
もう1人が言った。
「この辺の人?」
「多分」
「女?」
「はい」
「何歳?」
「19」
「名前は?」
「ミク」
2人の反応が少し変わった。笑っていた方が、隣を見る。
「ミクって、あのミク?」
「分かんない」
「黒髪の?」
「今は知らない」
スマートフォンを見る。
「この人です」
画面を一瞬だけ見せる。
「あ」
片方が言った。
「知ってますか」
「見たことある」
「いつ?」
「最近」
「3日以内?」
「……多分」
もう1人が写真を覗き込む。
「この子、最近ここいなくない?」
「いないね」
「どこ行ったか分かります?」
2人は顔を見合わせた。
「知らない」
「そうですか」
「でも」
片方が言う。
「この子探してる人、他にもいたよ」
顔を上げた。
「他にも?」
「うん」
「誰ですか」
「知らない男」
「いつ?」
「昨日だったかな」
昨日。
「どんな人ですか」
「普通の人」
「普通?」
「スーツ着てた」
「何歳くらい?」
「30くらいじゃない?」
スマートフォンのメモを開いた。
「名前は」
「知らないって」
「そうですよね」
入力する。30歳前後。スーツ。昨日。ミクを探していた。
「その人、何て聞いてました?」
「ミク知らないかって」
「俺と同じですね」
「でもお兄さんより怖かった」
「俺、この格好なのに?」
「そっちの怖いじゃなくて」
女が笑う。もう1人は笑わなかった。
「なんか、絶対見つけたい感じだった」
入力する指を止めた。
「その人に、何か教えました?」
「教えてない」
「なんで?」
「関わりたくないから」
「そうですか。ありがとうございます」
軽く頭を下げた。
「もういいの?」
「はい」
「5,000円分働けた?」
顔を上げる。
「なんで金額知ってるんですか?」
「さっき喋ってたじゃん」
「喋ってないです」
「じゃあ適当〜」
笑われた。
その場を離れた。少し歩いてから、依頼人にメッセージを送る。
『本人は見つかりませんでした』
『ただ、この辺にいた人が最近見たと言っています』
続ける。
『昨日、別の男もミクさんを探していたそうです』
送信。既読が付く。すぐに返信が来た。
『どんな男ですか』
『30歳くらい。スーツ姿だったそうです』
既読。今度は返信が来ない。
1分か2分。
画面が震えた。
『すみません』
『もう探さなくて大丈夫です』
「…………」
立ち止まった。
『見つかってないですけど』
『大丈夫です』
『報酬は払います』
意味が分からない。
『何か分かったんですか』
既読。返信はなかった。代わりに、少しして5,000円の支払いについての連絡だけが来た。
画面を見た。
人を探してほしいと言われた。探した。見つからなかった。別の男も探していると伝えた。すると、もう探さなくていいと言われた。
「…………」
やっぱり、分からないことばかりだった。
スマートフォンをポケットに入れる。帰ろうとしたところで、もう1度震えた。
今度はユイだった。
『お兄さん』
『明日、初出勤になりました』
その文章を見ながら、仮面の奥で目を閉じた。
便利屋を始めてから、夜が少し長くなった気がした。




