28、付き添い②
「じゃあ、今日は説明だけにしよっか」
担当はそう言って、スマートフォンを自分の方へ引き寄せた。
ユイは小さく頷く。
「その方がいいと思います」
俺が言うと、担当がこちらを見た。
「お兄さん、結構口出すね」
「付き添いなので」
「付き添いって、そういうもんなの?」
「初めてなので分かりません」
「初めて?」
「この仕事を始めて2件目です」
「両方ユイ?」
「はい」
担当が笑った。
「いやそれもう専属じゃん!」
「報酬は合計1,000円です」
「ヤバ!」
俺もヤバいと思う。
担当は笑いながら、テーブルの上にスマートフォンを置いた。
「まあ、いいけど。俺も別に無理やり行かせたいわけじゃないから」
「うん」
「ユイが返したいって言うから、紹介してるだけ」
「分かってる」
「俺、前から言ってるじゃん。無理しなくていいって」
ユイがまた頷く。
前回も聞いた。
無理しなくていい。
待っている。
信用している。
この男は、そういう言葉をよく使う。
「それで、どこなの?」
ユイが聞いた。
「候補はいくつかあるよ」
担当が再びスマートフォンを操作する。
「東京でもできるけど、知り合いがいるのは地方かな。寮あるし、短期でも入れるし」
「何の店?」
「夜の店」
「キャバとかデリへル?」
「それ系」
それ系。
随分広い。
「具体的には?」
俺が聞いた。
「お兄さんが働くの?」
「働きません」
「じゃあ別によくない?」
「依頼人が働くので」
担当が俺を見る。
さっきまでより少しだけ長い。
「風俗とか?」
ユイが小さな声で聞いた。
担当はすぐには答えなかった。
「そういうのもある」
「……あるんだ」
「でも店によるよ。ユイが嫌なら別のとこ探せばいいし」
「私、そういうのは」
「だから無理にやれなんて言ってないじゃん」
声は優しいままだった。
ユイが口を閉じる。
「キャバとかラウンジでも稼げる子は稼げるし。ただ、580返すなら時間はかかると思う」
「…………」
「ユイがどうしたいかだよ」
担当はそう言った。
選ぶのはユイ。
決めるのもユイ。
少なくとも、言葉だけを聞けばそうなる。
「月100万っていうのは?」
俺が聞いた。
「何?」
「ユイさんが、月100万くらい稼げると聞いたと言ってました」
「ああ」
「どの仕事で?」
「だから店によるって」
「平均で?」
「頑張れば」
「何時間働いて?」
「それも店による」
「給料の条件は?」
「細かいことは向こうに聞かないと」
「雇用契約は?」
「…………」
担当が俺を見た。
「お兄さんさぁ」
「はい…」
「面接?」
「違います」
「さっきから質問細かくない?」
「金額が大きいので」
俺なら、月100万円稼げると言われた時点で警戒する。
それが普通なのかどうかは分からないが、少なくとも何をすれば100万円になるのかくらいは知りたい。
担当はソファに背中を預けた。
「だから、紹介するだけだって。詳しいことは向こうの人と話して決めればいいの」
「その人は今日来るんですか」
「今日は来ないよ」
「連絡先だけ?」
「そんな感じ」
「紹介料は?」
担当の表情が一瞬止まった。
「何それ」
「紹介したら、あなたに金が入るんですか」
「入んないよ」
「そうですか」
「なんでそんなこと聞くの?」
「気になったので」
担当は笑った。
ただ、さっきまでとは少し違った。
「変わってるね、お兄さん」
「よく言われます」
「ユイもよくこんなの見つけたな」
「SNSで……」
「怪しすぎるでしょ」
それについては反論できない。
担当はテーブルの上のグラスを持ち、少し飲んだ。
「まあいいや。今日は連絡先だけ渡すから、嫌だったら連絡しなきゃいいよ」
「うん」
「それならいいでしょ?」
俺に聞いているらしい。
「俺が決めることじゃないです」
「だよね」
「ユイさんが決めることなので」
「そうそう」
担当が笑う。
俺と意見が一致した。
なのに、なぜか納得できなかった。
担当がスマートフォンを操作する。
ユイの端末が震えた。
「送った」
「……ありがとう」
「その人に俺から聞いたって言えば分かるから」
「名前は?」
「そこに書いてる」
ユイが画面を見る。
俺は覗かなかった。
「今日連絡した方がいい?」
「早い方がいいんじゃない?」
「…………」
「でも、決めるのはユイだから」
「うん」
また同じ言葉だった。
担当が時計を見る。
「せっかく来たんだし、ちょっと飲んでく?」
「今日はいい」
「1杯だけでも」
「お金ないから」
「安いのでいいじゃん」
「でも」
「俺も会いたかったし」
ユイが黙った。
担当が笑う。
「何も入れないで帰る?」
「…………」
「別にいいけど」
ユイの視線がメニューへ落ちた。
俺は隣で見ていた。
「じゃあ……安いやつ」
「ほんと?」
「うん」
「ありがと」
担当の顔が明るくなる。
近くにいた別の男を呼び、何かを頼む。
俺はユイを見る。
「お金、大丈夫なんですか」
「これくらいなら」
「今いくら持ってるんですか」
「……4,000円くらい」
「それで飲むんですか」
「1杯だけだから」
俺はメニューを見る。
値段を確認する。
「足ります?」
「…………」
ユイも見る。
指が止まった。
「足りない」
「ですよね」
担当が会話に入ってくる。
「それくらいなら俺が出すよ」
「え?」
「いいって。今日来てくれたし」
「でも」
「俺が飲んでほしいだけだから」
ユイの表情が少し緩んだ。
「……ありがとう」
「いいよ」
担当が笑う。
俺は2人を見る。
優しい。
少なくとも、今のやり取りだけなら。
金がないユイに無理やり注文させたわけではない。
足りない分は自分が出すと言った。
それなのに。
「1つ聞いていいですか」
俺が言った。
「また?」
「はい」
担当が苦笑する。
「何?」
「今の分も、立替になるんですか」
ユイがこちらを見た。
担当は何も言わなかった。
数秒だけだった。
店内の音楽が、その間を埋める。
「ならないよ」
「そうですか」
「俺が出すって言ったじゃん」
「分かりました」
「疑いすぎじゃない?」
「すみません」
俺は頭を下げた。
本当に、ただ確認したかっただけだった。
担当は少し呆れたように笑い、ユイに何か話しかける。
俺は黙って店内を見る。
客。
酒。
笑顔。
派手な照明。
外から見れば、普通に楽しそうな店だった。
スマートフォンが震えた。
俺のではない。
ユイが画面を見る。
さっき担当から送られてきた連絡先とは別に、新しいメッセージが届いていた。
ユイの表情が変わる。
「どうしました」
「……さっきの人」
「紹介先?」
「はい」
「もう?」
担当を見る。
「俺から連絡しといた」
何でもないことのように言った。
「話早い方がいいでしょ」
ユイは画面を見る。
俺も今度は、本人に見せられて内容を確認した。
『話聞いてます』
『明日時間ありますか?』
『仕事について説明します』
短い文章だった。
その下に、待ち合わせ場所が送られている。
歌舞伎町ではない。
新宿駅から少し離れた場所だった。
「明日……」
ユイが呟く。
「行ける?」
担当が聞く。
「仕事終わりなら」
「じゃあ行ってみなよ」
「…………」
「話聞くだけでいいから」
また、それだった。
話を聞くだけ。
嫌なら断ればいい。
この男の常套文句なのか。
俺はユイのスマートフォンに表示された待ち合わせ場所を見た。
「ユイさん」
「はい」
「明日も1人で行くんですか」
ユイは俺を見る。
それから、俺の仮面を見る。
「……1,000円しか払えません」
「…………」
俺は少し考えた。
このままでは、本当に副業にならない。
「分かりました」
担当が吹き出した。




