20、感謝状
あれから二週間と少しが経った。左の肋骨の痛みはまだ完全には治っていない。深呼吸をすると、違和感がある。右肩も重い物を持つとすぐに疲れる。
その日の午後、見知らぬ番号からスマホに電話がかかってきた。
「警視庁新宿警察署の者です。望田奈雄さんでいらっしゃいますか?」
声は丁寧だった。
「以前の件で、感謝状を贈呈させていただきたいのですが、都合のよい日を教えていただけますか?」
「はい?」
俺は一瞬、リアクションに困った。感謝状……俺に?
「わかりました」
予定を伝え、電話を切った。
数日後。
俺は普段着ることのない白いシャツと黒いスラックスに身を包み、一人、警察署へ向かった。
あの一件から素顔で人前に出るのが妙に緊張した。あの時はマスクを被っていたというのに。
警察署の会見室は予想以上に広かった。
長机の向こうにはカメラが並んでいて、カメラのレンズが時折光る。マスコミの数は10を超えていた。
「本日は、民間の方による勇敢な行動に対し、感謝の意を表します」
署長が感謝状を両手で差し出す。
俺はそれを受け取った。
カメラのシャッター音が一斉に響く。
俺はこの時プライバシー保護のため、サングラスとマスクをしていた。それでもフラッシュが目を刺してきて痛む。
マスクを被って男をボコった俺が、今こうして人前に立っている。奇妙なさまだ。
「新宿区歌舞伎町の地下道殺人事件で、現場に居合わせた一般男性が犯人の男らを制圧し──」
画面に映るのは会見室での俺だった。マスクとサングラス姿で感謝状を持ち、少々俯き加減だ。
「男性は当時、特殊な衣装を着用しており──」
俺のコスチュームのことについてはぼかされているが、それでも視聴者には十分に伝わる表現だ。
俺はスマホを開き、ネットサーフィンしていると、Yahooニュースのトップに先程と同じニュース記事が出ていた。また、Twitterのトレンドには「歌舞伎町 マスク」「感謝状」「一般人の勇気」といったワードが並んでいる。
Twitter上の反応を流し見する。
「この人、英雄じゃん」
「コスプレで人助けとか草」
「逆に怖くない? 一般人が角材なんかでボコすって」
「顔出ししろよ」
賛否が入り混じっている。俺はそれを見て画面を閉じた。
感謝状は棚の上に置いたままにして、俺はため息をついた。
────────
翌日、バイトを終えて店を出たところに咲優から連絡が入った。
『お兄さん、一緒にご飯食べに行こうぜ』
短いメッセージ。続けて店の場所が送られてくる。そこは新宿にある小さな居酒屋だった。
俺は頭をかいて少し迷った後向かうことにした。
店ののれんをくぐると、奥の席に咲優がいた。彼女一人だけではなかった。
彼女の隣と向かい側に見知らぬ男女が4人。全員若い。咲優と同世代くらいの人達だ。見た目も彼女と同じような”地雷系”という感じだ。
咲優が手を挙げる。
「こっちこっち〜」
俺が近づくと、咲優以外の四人は一斉にこちらを見つめ、何かをしばらく話していた。
「マジであの人? ニュースなってたやつ?」
「感謝状の人?」
俺は席に着く。
テーブルの上には既にジョッキが並んでいる。咲優が俺の方へメニュー一枚を置いた。
「好きなの頼めばいいよ。今日は私のおごり…ってわけじゃなくて割り勘なんだけどね」
「そうか」
俺はそう言いながら、メニューに目を落とした。




