18、返り討ち
全力で角材が振り下ろされる。
マスクの複眼に木の肌が急速に拡大する。
鈍い衝撃が頭部に直撃し、視界が揺れる。
「がっ…!」
体がよろめき、膝が沈む。
二本目の別の角材が横から飛んできた。
肩に食い込む感触。ボディスーツの下で肉が潰れるような音がした。
耐えがたい痛みが遅れてやってくる。
「マスク脱いで土下座しろよコラッ!」
「さっさと死ねよオタク野郎!」
三人の男が同時に押し寄せてくる。
赤い照明の中で、一人の男の腕が躍る。
酒とタバコと汗の匂いが混じり、マスクの中へ容赦なく流れ込んでくる。
俺は弱い足取りで後ろへ下がった。
咲優がコートの裾を強く掴み、背中に顔を埋めてプルプル震えている。
「ッ…!」
背後から咲優の小さく掠れた声が聞こえる。
「なぁ…コイツの後ろにいる女、コイツ殺ったら俺達で回さね?」
男の一人がそう提案し、仲間がケラケラ笑った。
その声が頭の奥で何度も反響する。
「マジでさ、さっさと殺っちゃお」
角材が再び振り上げられる。
「咲優さんは後ろの物陰に隠れてて…」
俺は咲優の後ろへ押しやり、自分を前に出す。今度は肋骨のアーマーを正面から狙ってきた。
フルスイングのような形で殴打してきた。
肋骨に衝撃が走り息が止まりかけた。肺から一気に空気抜けて、咳き込みそうになるのを必死で堪える。
「…ハァ…ハァ…」
マスクの内側で自分の荒い呼吸音と鼓動が大きく響く。
視界が狭い。複眼のレンズが呼吸による蒸気で薄く曇っている。
痛すぎる。
逃げたい。
足が後ずさりしようとするのをなんとか抑え込む。
ここで退いたらまたあの時と同じことをするだけだ。
また助けられずに終わるのか…
「…やめろ」
俺の一言に男達は鼻で笑った。
「はぁ?マジ口きけんのかよ」
角材が三本、同時に俺を狙う。
俺の中で何かが切れた。
考えるより先に体が動いた。
俺は踏み込み、一番手前の男の腕に飛びついた。
角材を捨て、左手首を両手で掴む。
俺の爪がグローブ越しに男の皮膚に食い込む。
「テメェ!離せコラッ!」
男が振り払おうとする。
俺はその勢いに乗って、自分の体重を乗せたまま後ろへ倒れ込んだ。
背が床に叩きつけられる。
マットの上から散らばった注射器かガラス片か何かが背中に食い込む。
幸いスーツを貫通していなかった。
しかし背中に痛みが畳み掛け、頭がどうにかなりそうだ。
それでも腕は離さなかった。
男がバランスを崩してのめりになる。
俺は足を振り上げ、男の顔面に強烈な一撃を叩き込んだ。
「がはッ!」
鼻が潰れる感触。生温かい液体がマスクの表面に飛び散り、その液体が顎の方へ落ちていく。
そしてカトン、と角材が床に落下した。
俺は即座にそれを拾い上げ、立ち上がる。
「テメェ、秀斗に何しやがんだコラッ!」
二人同時に襲いかかる。
俺は角材を振り上げ、横から来る一本を受け止めた。
木と木がぶつかる乾いた音が、地下空間全体に響き渡る。
もう一本が背後から俺の腰を打った。
腰椎が揺れ、その痛みを食いしばって抑え込む。
「うぐッ…!」
その脇で、咲優の声が聞こえた。
「……もうやめてってば!!」
男の一人がその声に反応し、彼女の方へ視線を向け、駆け出したのが気配で感じた。
俺は角材を短い弧を描くように振り、男の膝を横から叩き割った。
殴打すると同時に相手の骨の折れる感触が俺の手に伝わる。
男が片足をつき、バランスを崩した。
角材も根元からバキッ、と音を立てて折れた。
俺はさらに一歩踏み込み、折れた角材の鋭く尖った先端部分をその男の喉元に突き刺し、襟を掴んで立たせて蹴り飛ばした。
「ッがハァッ…」
男は後ろに飛び、壁に背中と後頭部を打ちつける。
残る一人で背後から俺の首を締め上げてきた。
男の太い腕が首に食い込み、気道を圧迫される。
酸素をうまく取り込めないせいで視界が狭まり、黒い縁が拡大していく。
俺は後ろに頭を振り、後頭部を男の顔面に叩きつけた。
一度、硬い感触。
二度、骨か何かが折れる音。
三度、腕の力が急に緩む。
俺は角材を捨て、拳を男の頭部に振り下ろした。
拳に皮膚と骨が当たる感触が重く生々しい。
男がよろめき、床に崩れ落ちる。
俺は男の顔の原型が無くなるまで何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も殴り続けた。
三人とももう動かない。
────────
照明の下で俺は呆然としたまま立ち尽くした。
息が上がり肩が上下する。
マスクの中で心臓の鼓動が異常なくらい大きく響く。それに全身が痛い。特に左の肋骨と男を殴った拳。
返り血が複眼のレンズを伝って滴り落ちる。
しばらくして物陰に隠れていた咲優がゆっくりと近づいてきた。
「…お兄さん…だ…大丈夫?」
声が遠く感じた。
俺は咲優の方を見た後、自分の両手を見た。手が震えている。自分の中で、こんなことをしたとは…
突然、上の階から階段を駆け下りる足音が聞こえた。しかも複数の重そうな靴音だ。
「警察だ!そこを動くな」
声が地下空間に反響する。
赤い照明の奥から、懐中電灯の白い光が何本も差し込んできた。
俺はゆっくり顔を上げると、マスク越しに数人の警察官が階段を降りてくるのが見える。
彼らは床に転がる三人の男と、血のついた俺と角材を見た。
一瞬、誰も動かなかった。
警察の一人が小さく息を呑む音がした。
「…なんだ、あれは」
俺は、ただそこに立っていた。




