16、凸撃②
広場で俺達は合流した。
広場のフェンスに腰を下ろしたまま、咲優はスマホを俺の前に差し出した。
「これ」
スマホの画面にはTwitterの投稿欄が開かれている。
投稿されていたのは、夜の歌舞伎町らしきネオン街に建つモザイク加工を施された建物の写真だ。
キャプションは短くこう書かれている。
<4月7日。大〇山ビル地下3階。>
<パスはDMで>
<#来る奴覚悟して来い>
<#性病NG>
<#ハメ撮り〇>
投稿には既に数百のいいねがついている。
「これか…」
俺が咄嗟に呟くと咲優は画面をスクロールして別の投稿を見せてきた。
「場所だいたい分かるよ?ここから10分くらい。看板とかは出てないけど、入口の前に黒いハイエースが止まってるらしいし」
「どうして場所を知ってるんだ」
「電話でも言ったけど、この辺なんかにいると自然と耳に入ってくんの。友達の子も知ってるよ?」
咲優はいつものように淡々としていた。
俺はトレンチコートの内側でボディスーツの感触を確かめる。
「行くのか…?」
「お兄さん、行くって言ってたじゃん!」
「……そうだな」
咲優は自分のスマホをしまい、立ち上がった。
厚底ブーツの踵でアスファルトを軽く叩く。
「んじゃ、行こ」
二人で広場を出る。
俺はコートの襟を改めて立てて、咲優の半歩後ろを歩く。
(普通なら俺が先頭を歩き、咲優の方が俺の半歩後ろを歩くというのにな…)
彼女の後ろ姿は小さく、黒いパーカーのフードが少し揺れている。
大きな通りを少し進むと、人波が徐々に薄くなり始めた。
大きめの看板が頭上で点滅し、ピンクや紫の光がアスファルトに長く伸びる。
酔っ払いの笑い声と、女性のヒールのコツコツという音がリズミカルに響く。
咲優はスマホの地図をちらりと確認しながら足を速めた。
「このまま真っ直ぐ行って2本目の路地を右」
路地に入ると急に空気が変わった。
壁に貼られてた古いポスターが剥がれかけ、積み上げられたプラスチックの箱からは腐ったような匂いが微かに漂う。
湿ったアスファルトの感触がコスチュームのブーツの靴底に伝わり、頭上の電線がネオンの光を細い光の筋へと変えている。
時折、奥から低いトーンの話し声が聞こえる。
さらに奥へと進む。
細い路地を3つほど曲がると街灯の間隔が広がり影が濃くなる。
足元の水溜まりに遠くのネオンの光が反射し揺れている。
咲優の厚底ブーツのゴトゴトという音だけがやけに大きくきこえる。
「…静かだな」
「ここら辺は昼間と全然違う。昼間はただの裏道って感じなんだよね」
彼女が振り返って小さく笑う。
黒いハイエースとビルが見えてきたのは、そこから更に更に数分程歩いたときだった。
外観は地味な雑居ビルだ。シャッターが降り、黒いハイエースが1台止まってある。
車内はスモークで確認できない。
「あそこ」
咲優が指をさす。
俺は足を止めた。
トレンチコートを着ているせいか、体がやけに汗ばむ。
「行こっか」
「…行く」
俺はリュックのチャックを開け、マスクを取り出した。
マスクの複眼が紅く光る。
咲優はそれを見て少しだけ目を細めた。
「似合ってんじゃん!やっぱ」
「…お、おう」
俺はマスクを被った。
内側のスポンジ部分が頬に吸い付き、若干窮屈だ。それに複眼のレンズが紅いので周りが見づらい。
俺がマフラーを巻こうとした途端、咲優がつま先立ちして手を伸ばし、ギュッと巻いてくれた。
指先が俺の首筋に一瞬触れたような気がした。
冷たかった。
彼女が先に歩み出した。
俺はマスクの内側で小さく息を吐き、彼女の背中を追う。
例の黒いハイエースの横を通り過ぎ、ビルの裏口らしきドアの前に立つ。
ドアの向こう側からムーディな音楽と複数の人の声が聞こえていた。
ムッとする匂いが隙間から立ち上がってくる。
咲優はドアに手をかける。
ガチャ、という音が気味の悪い静けさに響く。
ドアが開いた先には薄暗い階段が続いていた。湿った空気と、甘い香りと先程のムッとする匂いが立ち上がってくる。
階段を降りるとすぐに眼前に広い空間が広がってきた。
照明はほとんどが赤色一色だ。
壁に沿ってソファが並び、床にはマットやクッションなどが無造作に敷かれている。
既に十数人程の男女が、思い思いの格好で体を重ねていた。
最初に目に入ったのは、ソファの上で仰向けになった女の体だった。
上半身はブラだけ、下半身は完全に露わで両足を大きく開いている。
男が女の下半身に顔を埋め、舌を這わせるたび、その女の腰が小さく跳ねる。
湿ったような水音がムーディな音楽に混じってはっきりと聞こえた。
隣では、二人の男に挟まれた別の女が、前後から犯されながら喘いでいる。
汗で光る肌、揺れる胸、繋がった部分から溢れる白い液体。
その女の目は虚ろで快楽に溶けているように見えた。
奥の方の部屋では、もっと乱れた光景が広がっていた。
複数の体が絡み合い、手や口や性器が入り乱れ、甘い吐息と低い声が絶え間無く響く。
空気自体が熱を帯びて、肌にまとわりつくようだった。
咲優が俺の方へ後ずさりしてコートの袖を軽く掴んできた。
ボディスーツ越しでも彼女の指の震えが伝わってくる。
「…すごいね」
彼女の声はいつもの淡々としたトーンとは少し違っていた。
呼吸が少し乱れている。
俺はマスクの複眼越しに部屋を見渡す。
改めて見渡すと誰もこちらに興味を示していない。
彼らの中で始まっている世界に新しく入ってきた俺達など、どうでも良いようだ。




