14、耳打ち
翌朝。俺は咲優を駅までは送らずにアパートの前で別れた。
「では、また」
「うん。お兄さんの家、意外と寝やすかった」
咲優はそう言って軽く手を振ると、厚底ブーツの音を響かせて昨日の来た道を歩いて行った。
俺は咲優のその小さな背中を見送ってから、昼のバイトへと向かった。
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本屋のバックヤード。
ダンボールを開けながらいつも通り新刊を並べていると、同僚の田村が近づいてきて、声を潜めて俺に言ってきた。
「なぁ望田」
「はい?」
「最近、歌舞伎町ヤバイらしいぞ?知ってる?」
「…また何かあったんですか?」
田村は周囲に俺と田村以外誰もいないことをキョロキョロと確認してから耳打ちしてきた。
「なんか…エグいドラッグ使った乱交パーティが流行ってるらしくてねぇ。Twitterで密かに話題になっててさ〜」
「…ふ〜ん…」
俺は棚に新刊を並べていきながら、適当に相槌を打った。
「…興味無いですよ、そんなもん…」
「まぁ俺も興味無いけどさぁ、Twitterなんか見るとなんか規模がそれなりにデカいらしいからさ。そんなことに巻き込まれんなよ?マジで。それに望田、夜のバイト先が歌舞伎町とかそっち方面だろ。」
「…分かってますよ」
正直どうでもいい。
そういった界隈の闇は知れば知る程厄介なことになるだけだからだ。
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それからはいつも通りの行程、いつも通りの時間の流れ方だった。
夜のバイト先を終え、家に帰宅したのは午前1時過ぎ。
ワンルームの明かりをつけて、ベッドに座り込んでスマホを開く。
咲優とのLINEを開いた。
『今日、同僚に変なことを言われた。』
『歌舞伎町で怪しいパーティ(?)が流行っているらしい、と。』
送信して数秒待つ。
すぐに既読がつき返信が来た。
『あ〜、知ってるよ?最近ちょっとウワサになってるやつでしょ』
俺は少しだけ眉を寄せた。
『咲優さん、知っているの?』
『まあね。私らの界隈にいると自然と耳に入ってくる』
続いて返信が来た。
『どーせなら行ってみたら?笑』
『例のコスプレ着てさ。』
その文面を見て俺は固まった。
『はい?』
『今日と明日、歌舞伎町の近くでコスイベあるし好都合じゃん!そのコスイベに紛れて行けば怪しまれないでしょ。ワンチャンそのコスイベの参加者がそのパーティに参加しててもおかしくないと思うし。』
俺はスマホを置いて天井を仰いだ。
(…本気か?あの人は…)
ベッド脇に置いてある衣装ケースを横目で見る。
『ごめん、無理だ。』
『なんでよ?』
『興味無いし、それに危険過ぎる』
『そか。じゃあいいよ』
咲優からの返信は何だか怒ったようなようなものだった。
しかし、その後すぐに返信が来た。
『でもさ、お兄さんって前に「何もできなかった」とか言って落ち込んでたよね?今回も見て見ぬふりすんの?』
俺は咲優に発破をかけられた気がして一瞬ドキッとした。
しかし、それとこれとは話が別なような気がするが、何だか妙にその言葉が胸に刺さる。
俺はしばらく返信ができなかった。
結局俺は何て返せば良いのか1時間近く悩んだ。
そもそもコスイベに全く関係無いやつがコスチュームを着て歌舞伎町をうろつくなんて馬鹿らしい。
コスイベを近くでやるとはいえ、不審者扱いされて職質されて下手したら捕まる可能性だってある。
何かあったらどうする?そもそも俺に…俺1人に何ができる?
なのに……。
『分かった。行く。』
送信した瞬間、「その返信を待ってました!」というふうな感じですぐに既読がついた。
『マジで?笑』
『本気で行くの?笑』
『うん。』
『じゃあ気をつけて。何かあったらすぐに連絡して』
俺は苦笑した。
心配しているのか煽っているのか、よく分からない。
スマホを置き、ゆっくりと立ち上がる。
俺は衣装ケースの蓋を開けた。
黒いボディスーツとアーマーと黒の麻布風のマフラー。そして紅い複眼のマスク。
俺はそれらを1つずつ取り出し、ベッドの上に並べた。
「…馬鹿だな。俺は」
そう呟いて俺はコスチュームに腕を通した。




