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第4話『仲間たちの加入』

 噂は、水のように広がった。


 あかりが何も身に付けずにグラウンドに立ったこと。


 恥ずかしさを溶かすダンスなるものを披露したこと。


 田中先輩が女子部の設立を提案したこと。


 それらは尾ひれをつけ、色を変え、時に原形をとどめないほど歪みながら、学校中の廊下と教室を駆け巡った。


 一週間が経っていた。


 あかりは毎日グラウンドで練習を続けていた。黙々とピッチングとバッティングを繰り返す。


 最初は遠巻きにしていた男子部員たちも、日を追うごとに自然と距離を縮めてきた。


 キャッチボールの相手をしてくれる者、守備位置について助言をくれる者。


 言葉は少ないが、野球を通じた連帯が少しずつ生まれつつあった。


 けれど、九人には程遠い。


 あかりは一人だった。


-----


 土曜日の午後、あかりは河川敷にいた。


 五月も終わりに近づき、空気に夏の予感が混じり始めている。


 川面を渡る風はまだ涼しいが、日差しには力がこもり、土手の草が濃い緑色に輝いていた。


 あかりの隣には、二人の少女が座っている。


 一人は、みゆ。


 中学からの親友。おっとりした優しい性格で、チームの面倒見役。


 幼少期から祖母の介護を手伝っていた経験から、責任感が強く、いつもみんなを気遣う。


 でも、それが自分を犠牲にする癖を生んでいた。


 中学時代、部活動でキャッチャーを務めていたが、チームの失敗を自分のせいだと責め、うつ気味になった過去がある。


 もう一人は、さき。


 同じクラスの秀才。クールな眼差し、無駄のない所作、常にデータと論理で世界を把握しようとする知性。


 模試の成績は常に学年トップ。けれどその完璧さの裏側に、あかりは微かな渇きを感じ取っていた。


 さきは何でも「説明できる」ことを求める。説明できないものは、存在しないのと同じ——そんな生き方が、どこかで彼女自身を窮屈にしているのではないか。


「で、あかり」


 さきが腕時計に目をやった。


「私たちをわざわざ河川敷に呼び出した理由は?」


「うん。単刀直入に言うね」


 あかりは二人の顔を交互に見た。


「——野球、やらない?」


 風が吹いた。川面にさざ波が立ち、水鳥が一羽、驚いたように飛び立った。


 みゆが困ったように首を傾げた。


「野球……? 私、昔のトラウマが……」


「知ってる。でもみゆ、あのね——」


 あかりは膝の上で拳を握った。


「私がやってるのは、ただの野球じゃないの。

うまく言えないけど、自分を解放して過去の自分を乗り越えるための——」


「噂は聞いてるよ」さきが冷静に遮った。


「下着姿でグラウンドに立って、踊って、恥ずかしさを超越する。その結果、集中力とパフォーマンスが向上する。合ってる?」


「……まあ、ざっくり言うとそう」


「論理的に説明できる?」


「できない」


「じゃあなぜ私を呼んだの」


 あかりはさきの目をまっすぐに見た。


「できないから。さきに、感じてほしいの。説明できないものを」


 さきの眉が微かに動いた。それは彼女にとって、最大級の動揺の表れだった。


 「まずは儀式から試してみない? こうちゃんの前でなら、安心できるはず。」


みゆは「うん。」と応え、さきは頷いた。


 夕暮れの河川敷にこうすけを連れ出した。


 こうすけは着衣のまま座り、スケッチブックを準備した。


-----


 こうすけは、河川敷の土手の少し離れた場所に座っていた。


 スケッチブックを膝に置き、三人の少女たちを遠目に見ている。


 あかりから「今日、みゆとさきを連れていく」と聞いた時、彼は何も言わず頷いた。けれど内心では、複雑な感情が渦を巻いていた。


 あかりが自分以外の誰かに、あの儀式を見せようとしている。


 嫉妬——ではない。それとも、少しはあるのかもしれない。けれどそれ以上に、不安があった。あかりの無防備さを、他の人間がどう受け止めるのか。傷つけられはしないか。笑われはしないか。


 ——俺は、あいつの盾でいたい。


 その思いが、こうすけの中で静かに形を成しつつあった。


「こうすけくん」


 みゆの声だった。


 三人が土手を上ってきていた。あかりが先頭、みゆとさきがその後ろ。みゆはあかりの腕にしがみつくようにして、さきは腕を組んで一歩引いた位置にいる。


「これから、見せるから。こうちゃんも——いてね」


 あかりの声には、小さな震えがあった。


 こうすけは頷いた。スケッチブックを開き、鉛筆を構えた。それが彼にできる唯一の「いる」の形だった。


-----


 河川敷の広い草地で、あかりはまず自分から始めた。


 上着を脱ぎ、シャツを脱ぎ、薄いレースの下着だけになる。みゆが小さく息を呑み、さきが瞬きもせずに見つめた。


 あかりはショーツだけの姿になる。


 目を閉じ、体を揺らし始めた。左、右。左、右。お腹を軽く叩き、ぽん、ぽん。深くしゃがみ込み——顔を上げて、照れ笑い。


 河川敷の風が、彼女の肌と髪を撫でていった。


 みゆの目に、涙が浮かんでいた。


 ——どうして泣きたくなるんだろう。


 みゆにはわからなかった。ただ、あかりの姿が胸を打ったのだ。無防備で、恥ずかしそうで、けれど逃げていない。その姿が、みゆ自身の日常と重なった。


 毎朝五時に起きて祖母の着替えを手伝う。


 食事を作り、薬を用意し、病院に付き添い、母の愚痴を聞き、自分の時間は夜の三十分だけ。


 それすらも、罪悪感で埋め尽くされる。


 「自分が楽をしている間に、おばあちゃんが苦しんでいるかもしれない」——その思いが、みゆの足を常に誰かのもとへ縛りつけていた。


 自分のために、何かをすること。


 自分の体を、自分のために感じること。


 あかりの儀式は、その可能性を無言で語っていた。


「みゆ」あかりが手を差し伸べた。「やってみない?」


 みゆの唇が震えた。


「私……そんな……」


「大丈夫。ゆっくりでいいよ」


 みゆは、あかりの手を取った。


 指先が冷たかった。緊張で血の気が引いているのだ。みゆはあかりに背を向ける形で——こうすけに向かって——立った。


 ゆっくりと、羽織っていたカーディガンを脱いだ。その下のブラウスのボタンに指をかけ、一つ、また一つ。指が震えて、何度かボタンを取り落とした。あかりが隣で「大丈夫、大丈夫」と小さく繰り返している。


 ブラウスが肩から滑り落ちた。


 キャミソールの下、薄い肌着だけの上半身が、午後の日差しに晒された。


 みゆの目から涙がこぼれた。


 恥ずかしい。こうすけくんが見ている。風が肌に触れている。自分の体が、こんなにも外の世界に近いことが、怖くて、でも——


 温かい。


 風が、温かいのだ。


 五月の柔らかな風が、みゆの肩を、腕を、包むように撫でていく。服の下に閉じ込めていた肌が呼吸をしている。祖母の介護で硬くなった肩が、ほんの少しだけ下がった。


「みゆ、体を揺らしてみて。」


 あかりの声に導かれ、みゆは目を閉じた。


 豊かな胸がレース越しに柔らかく揺れ、自然と肩紐を手に取り、カップをゆっくり下ろした。大きな乳房がぷるんと解放され、淡いピンクの乳首が夕陽に照らされる。


「みゆちゃん、ゆっくりでいいよ」


 あかりの声に励まされ、みゆはショーツも下ろした。


 何も付けてない。


 柔らかな陰毛が夕風にそよぎ、恥ずかしさで頰が真っ赤に染まるが、こうすけの穏やかな視線が優しい。


 体を左に傾ける。右に戻す。左。右。波のように。子守唄のように。お腹に手を当て、ぽん、と軽く叩く。その音が、みゆの中の何かに触れた。


 ——これは、私のための時間だ。


 誰かのためではなく。誰かの世話でもなく。今、この瞬間だけは——私が、私のために、ここにいる。


 深くしゃがみ込んだ。膝を抱え、額を膝に押しつけ、声を殺して泣いた。泣きながら、体の奥から何かが緩んでいくのを感じた。ずっと張り詰めていた糸が、一本、また一本、優しくほどけていく。


 顔を上げた時——涙で濡れた頬に、照れ笑いが浮かんでいた。


「……なんだろう、これ」


 みゆは自分の両手を見つめた。


「守られてる、みたいな……気持ち」


 あかりが微笑んだ。こうすけのスケッチブックの上で、鉛筆が静かに動いていた。柔らかな線が、涙と笑顔の間にいるみゆの横顔を捉えている。


 儀式の時間。


 みゆは胸を縦横無尽に激しくプルプルと揺らし始めた。


 胸の重みで大きな波が立ち、お腹を両手でポンポン叩く。


「こうすけくん、おっぱいプルプルぽんぽこダンスだよ。これ、たぬきさんみたいで恥ずかしい……。」


 声が震える。次にM字開脚で深くしゃがみ込む。


 そのまま胸をゆっくりプルンプルンと揺らし、お腹をポンポン叩く。熱い疼きが下腹部に広がる。


 介護の重荷が、胸の奥で溶けていくような感覚。祖母のために自分を犠牲にしてきた日々が、ふわりと軽くなる。


「恥ずかしすぎるー!」


照れ笑いを浮かべ、みゆは立ち上がった。目にはうっすら涙がにじんでいるが、笑顔だった。


「これ……すごく解放される。こうすけくんの視線、温かくて……守られてるって感じる。みんなのために、頑張れるかも。……加入するね!」


みゆは全裸のままあかりを抱きしめた。汗と肌の温もりが伝わり、チームの最初の絆が生まれた。

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