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婚活全敗の50歳のおっさん窓際社員ですが、昔フラれた同級生と地下アイドルに通ってたら人生がちょっとだけマシになった件  作者: 雪だるま
第二章

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 正直に言えば。


 最初はここまで付き合ってくれるとは思っていなかった。


 伊藤レイという男は。


 もっと自分中心の人間だと思っていた。


 実際、自分中心ではある。


 かなり。


 ロブスターの亡霊の話は延々するし。


 返信が遅いと騒ぐし。


 妙な見栄も張る。


 面倒くさい。


 本当に面倒くさい。


 でも。


 意外と。


 ちゃんと“ついてきて”くれる。


「のだぁ……」


 山道で死にそうになっても。


「脚がぁぁぁぁ!!!!!!」


 ライブで足をつっても。


「吾輩ぁ……高級レストラン怖いのだぁ……」


 高級店で緊張しても。


 結局、逃げない。


 付き合う。


 それが少し意外だった。


 昔のレイなら。


 もっと“自分が楽しめる場所だけ”へ行くタイプだと思っていた。


 でも実際は。


 生け花展にも来た。


 美術館にも来た。


 山登りにも来た。


 クラシックコンサートですら途中寝そうになりながら最後までいた。


 しかも。


 ちゃんと感想を言う。


 ズレてはいるけれど。


 真面目に見ている。


「……」


 美咲は静かな夜のリビングでワインを飲みながら思い出していた。


 あの山登りの日。


 レイは本当に死にそうだった。


 汗だく。


 息切れ。


 遭難寸前。


 なのに。


『景色綺麗なのだぁ』


 頂上ではちゃんと笑っていた。


 少し驚いた。


 レイはもっと文句を言うと思っていた。


 途中は散々言っていたけれど。


 最後はちゃんと“来て良かった”みたいな顔をしていた。


「……」


 元夫は。


 優秀だった。


 スマートだった。


 大人だった。


 でも忙しかった。


 趣味を共有する感じではなかった。


 お互い尊重していた。


 それはそれで悪くなかった。


 ただ。


 “付き合う”というより、“干渉しない”に近かった。


 一方。


 レイは妙に首を突っ込んでくる。


 生け花見て、


『のだぁ?この枝めちゃくちゃ強そうなのだぁ!』


 とか言う。


 美術館では、


『この絵、ちょっとロブスターの亡霊っぽいのだぁ』


 とか意味不明な感想を言う。


 でも。


 ちゃんと来る。


 ちゃんと見る。


 ちゃんと反応する。


 その“生活に入り込んでくる感じ”が。


 最初は騒がしくて仕方なかった。


 今は。


 少しだけ心地いい。


「……ふふ」


 美咲は少し笑った。


 思えば。


 自分も変わった。


 昔なら。


 絶対こんな男を選ばなかった。


 うるさいし。


 子供っぽいし。


 趣味も変だし。


 ロブスターだし。


 でも。


 五十を超えてわかったこともある。


 “ちゃんと一緒に楽しもうとしてくれる人”は、思ったより貴重だ。


 若い頃は。


 もっと条件を見ていた。


 仕事。


 収入。


 スマートさ。


 常識。


 もちろん今も大事だ。


 でも。


 一緒に山を登って。


 ライブ帰りにファミレスで笑って。


 料理を美味しそうに食べて。


 そういう時間の積み重ねも、案外大きい。


「……」


 スマホが震える。


 レイからだった。


『のだぁ!』


『この前教わったワインの動画見て勉強してるのだぁ!』


『あとぉ!』


『ロブスターの亡霊コラボワインあったのだぁ!』


『買うのだぁ!?』


「……」


 美咲は吹き出した。


「最後で台無しね」


 でも。


 その画面を見ながら。


 少し優しい気持ちになる。


 レイは。


 格好つけきれない。


 不器用だ。


 すぐ調子に乗る。


 子供みたいに騒ぐ。


 でも。


 好きな人の趣味を、ちゃんと“知ろう”とはしている。


 そこは。


 案外誠実なのかもしれない。


「……」


 美咲は窓の外を見た。


 東京の夜景。


 静かな高級マンション。


 若い頃。


 こんな未来は想像していなかった。


 ロブスターの亡霊のオタクと付き合って。


 山登りで手を引いて。


 ファミレスで甲殻類論を聞いて。


 それを少し楽しいと思っている未来なんて。


「……変なの」


 でも。


 悪くない。


 本当に。


 思っていたよりずっと悪くない。


 その時。


 また通知。


『のだぁ!』


『ワイン難しいのだぁ!』


『吾輩やっぱり梅酒の方が好きかもしれないのだぁ!』


 美咲は静かに笑った。


「……無理しなくていいのに」


 そう呟きながら。


 少しだけ。


 胸が温かかった。

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