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ミオとナオトの異世界TRPG冒険譚  作者: かわさきはっく
大陸東部・無法地帯編

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35/35

第35話 鉄の馬の最期と、徒歩の行軍

「……重い」


「……黙って歩け。喋るとカロリーの無駄だ」


「……無理。もう限界。肩が千切れる。腰が砕ける。足の裏のマメが潰れて、その下に新しいマメができてる」


「マメの二世帯住宅だな。生命の神秘だ」


「感心してないで助けてよぉ……! ねえ、捨てちゃダメ? 一本くらい」


「ダメだ。それは金塊じゃない。俺たちの未来だ」


「未来が重すぎて現在(いま)が押し潰されそうなのよ!」


 ザッ……ザッ……ザッ……。


 乾いた足音が荒野に虚しく響く。

 トライクを乗り捨ててから丸一日。ナオトとミオは地平線の彼方を目指してひたすら歩き続けていた。


 背中には登山家のような巨大なリュック。

 中身は水と食料、そして銀行で強奪した金塊だ。

 1本1キロの延べ棒が、ミオのリュックには5本、ナオトの方には10本入っている。

 さらに水筒やサバイバルキットを合わせれば、総重量は相当なものだ。


「はぁ……はぁ……。ねえナオト。私たち、バカじゃない?」


「否定はしないが、どの辺がだ?」


「金貨100枚の賞金首が、金塊背負って荒野を徒歩で移動してるのよ? 歩く宝箱じゃない。モンスターに遭ったらどうすんの? 戦えないわよ、こんな重りつけてたら」


「その時は金塊を盾にするんだよ。物理防御力は高いぞ、金は」


「盾にしたら傷がついちゃうじゃない!」


「ほら、やっぱりお前も捨てたくないんだろ」


「うぐぐ……! だってぇ、これ一本で焼肉何回行けるか計算しちゃったんだもん……」


「浅ましい計算だな。……俺はサーバー維持費と回線使用料で換算してる」


「どっちもどっちよ! ……あー、暑い。喉乾いた」


 ミオが立ち止まり、腰の水筒に手を伸ばす。


 チャプン……。


 その音はあまりにも軽かった。


「……ねえ。軽いんだけど」


「……残り300ミリリットルってところか。次の給水ポイントまでは持たせないとな」


「給水ポイントってどこよ! 見渡す限り岩と砂じゃない!」


「マップ上では、あと10キロ先に海岸線がある。そこまで行けば、多少は湿度が上がるはずだ」


「10キロォ!? この炎天下で!? 無理! 絶対無理! タクシー呼んで!」


「ここは配車アプリの圏外だ。……ほら、行くぞ。止まると筋肉が固まって動けなくなるぞ」


「うぅぅ……。トライクちゃん……カムバック……」


 ミオが泣きそうな顔で振り返る。

 もちろん、そこにはもう何も見えない。あの鉄の馬は黒煙を上げたまま荒野の彼方に置き去りにしてきたのだ。


「……快適だったなぁ、あのシート。お尻痛くなかったし」


「サスペンションが優秀だったからな。路面の凹凸を吸収してくれてた」


「エアコンはなかったけど、風が気持ちよかった……。今はただの熱風よ」


「荷物も全部持ってくれたしな。文句ひとつ言わずに」


「うわぁぁぁん! ごめんねトライクちゃん! 私が重いとか文句言ったからバチが当たったのね!」


「そうだぞ。機械にも魂が宿るんだ。お前の暴言でシステムエラーを起こしたに違いない」


「ナオトのせいよ! ニトロなんて使うから心臓麻痺起こしたのよ!」


「……まあ、どっちもだ。限界まで酷使したからな」


 ナオトはゴーグルの位置を直し、前を向いた。

 センチメンタルに浸っている余裕はない。

 太陽は容赦なく体力を奪い、背中の富は重力に従って肩に食い込んでくる。


(……重量過多。TRPGなら移動速度半減、DEX低下のデバフ状態だ。……だが、捨てるわけにはいかん)


 ナオトは背中の重みを確かめた。これはただの金属ではない。

 社畜時代、理不尽な労働の対価として得られなかった自由そのものだ。

 これを持ち帰れば、もう誰かに命令されることも、泥水をすすることもない。


「……意地でも持っていくぞ。這ってでもな」


「……分かってるわよ。私も玉の輿のために頑張るわよ」


 二人は再び歩き出した。亀のような歩みだが、一歩ずつ確実に前へ。


 ◇ ◇ ◇


 日が傾き、空が茜色に染まる頃。二人の体力は限界を超えていた。


「……ナオト。……休憩。……提案します。……緊急休憩を」


「……却下する。……あと3キロだ」


「……鬼。……悪魔。……歩く労働基準法違反」


「……なんとでも言え。……ここで止まったら、夜の寒さで死ぬぞ」


 ミオの足取りがふらついている。

 顔は真っ赤で、唇はカサカサに乾いていた。熱中症の初期症状だ。


(……マズいな。ミオのSTR (筋力)値じゃ、この荷物は限界か)


 ナオトも人のことは言えない。

 足の感覚はなく、呼吸をするたびに肺がヒューヒューと鳴る。

 だが、ここで倒れるわけにはいかない。


「……ミオ。リュックをよこせ」


「……は? 何言ってんの?」


「金塊だ。俺が持つ」


「……バカじゃないの? あんた、今にも死にそうな顔してるわよ?」


「俺は元SEだぞ。デスマーチへの耐性はカンストしてる。……ほら、早くしろ」


「嫌よ。……これ、私の老後資金だもん。誰にも渡さないもん」


「盗みはしねえよ。国境まで運んでやるって言ってるんだ」


「……信用できないわね。あんた、私の見てないところでこっそり捨てそうだし」


「チッ、勘のいいやつだ。……いいから、1本よこせ」


「イヤ! ……絶対、離さない……」


 ミオはリュックのベルトをぎゅっと握りしめた。その目は虚ろだが、金への執着だけが怪しく光っている。


(……どうしようもない守銭奴だな。……だが、その執念が命を繋いでるのか)


 ナオトは苦笑し、自分の水筒を取り出した。最後の一口分が残っている。


「……ほら。飲め」


「……え? ナオトの分は?」


「俺はさっき飲んだ。……これは予備だ」


「……嘘つき」


「いいから飲め。脱水で倒れられたら、お前ごと運ぶ羽目になる。そっちの方が重労働だ」


「……んぐ。……ありがとう」


 ミオは震える手で水筒を受け取り、大切そうに飲み干した。喉が鳴る音が、荒野に小さく響く。


「……ふぅ。ちょっとマシになった」


「ならよし。……行くぞ。日が沈む」


 ◇ ◇ ◇


 とっぷりと日が暮れ、満天の星空が広がった。

 気温は急激に下がり、昼間の熱気が嘘のように冷たい風が吹き抜ける。

 暗闇の中、魔導ランタンの明かりだけが頼りだ。


「……寒い。お腹空いた。足痛い」


「呪文のように繰り返すな。SAN値が下がる」


「ねえナオト。……あれ、なに?」


「ん?」


 ミオがふらつく指先で前方を示した。

 ナオトが目を凝らすと、暗闇の向こう、地平線の彼方に、ぼんやりとした光が見えた。


「……星か?」


「違う。……下の方。地上の星」


「……まさか」


 ナオトはゴーグルの倍率を上げた。

 ブレる視界の中で、その光は一つではなかった。

 無数の、色とりどりの光の集合体。赤、青、黄色、緑。

 規則正しく並び、瞬き、夜空を焦がすほどの輝きを放っている。


「……街だ」


「……え?」


「街の明かりだ! それも、ただの街じゃない! 魔導灯(マナ・ランプ)のイルミネーションだ!」


「……イルミネーション?」


「あれが魔導連邦ゼルトの首都……学術都市ネクサスの光だ!」


 二人は顔を見合わせた。疲労で土気色だった顔に、一気に血の気が戻る。


「……着いた? 着いたの!?」


「まだだ! あれは海の向こうの人工島だ! だが、海岸線まではもうすぐだ!」


「やったぁぁぁ! 文明! 電気! コンビニ!」


「元気になったな! さっきまで死にかけてたくせに!」


現金(キャッシュ)が見えたら元気も出るわよ! ……走るわよナオト!」


「待て! 走ったら転ぶぞ!」


 ミオがリュックの重さも忘れて駆け出した。ナオトも慌てて後を追う。


 ザッ、ザッ、ザッ!


 砂を踏む音が軽快になる。

 丘を越えると、潮の香りが鼻をついた。


 ザザァン……ザザァン……。


 波の音が聞こえる。


「海! 海だぁぁぁ!」


 そこは荒野の終わりだった。

 断崖の下に広がる、黒い海。

 そしてその沖合、数キロ先に浮かぶ巨大な人工島群。

 島全体が光り輝き、数え切れないほどの塔やビルが林立している。

 空には飛行船が行き交い、海面には光の道 (魔導シーレーン)が伸びている。


「……すごい。100万ドルの夜景ってやつ?」


「ああ。……中世ファンタジーの世界かと思ったら、いきなりサイバーパンクだな」


 二人は崖の上に立ち尽くし、その光景に見入った。

 ドルグの黒煙とも、ヴァルドリアの松明とも違う。

 圧倒的な科学と魔法の光。それは彼らが元の世界 (日本)で慣れ親しんだ、人工的な文明の輝きに似ていた。


「……ねえナオト。あそこに行けば、お風呂ある?」


「あるさ。ジャグジー付きのな」


「ベッドは? ふかふかの羽毛布団?」


「キングサイズのやつがあるだろうよ」


「ご飯は? サソリやオークの肉じゃなくて……ハンバーガーとか、コーラとか」


「ジャンクフード天国だ。きっと胃もたれするほど食えるぞ」


「……うぅ……うぅぅ……」


 ミオがその場にしゃがみ込み、両手で顔を覆った。


「……おい、どうした? 足がつったか?」


「違うぅ……。嬉しくて……涙が出てきたぁ……」


「……なんだ、そんなことか」


 ナオトは苦笑し、ミオの隣に腰を下ろした。そして、自分も目頭が熱くなっていることに気づいた。


「……長かったな」


「うん……。長かった……。死ぬかと思った……」


「何度か死んでたけどな (リセット的な意味で)」


「うるさい。……今は感動に浸らせてよ」


 二人はしばらくの間、無言で光の都を見つめていた。

 背中の金塊の重みすら、今は心地よい達成感に変わっている。


「……よし。行くぞミオ」


 ナオトが立ち上がり、手を差し伸べた。


「ここから海岸に降りて、連絡船を探すんだ。……チェックインはまだ終わってないぞ」


「……うん!」


 ミオがその手を掴み、力強く立ち上がる。

 握り返した手のひらは泥と汗で汚れていたが、確かに温かかった。


「待ってろよ、文明社会! 成金冒険者様のお通りだ!」


「店ごと買い占めてやるわ! 覚悟しなさい!」


 二人は叫びながら、光へと続く坂道を降りていった。

 鉄の馬を失い、ボロボロの服と体一つ。

 だがその背中には確かな未来 (金塊)と、修羅場を越えた自信が輝いていた。

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