第34話 執念の追跡者と、黄金の弾丸
「抜けた! 霧が晴れたわよ!」
「後ろを見るな! 前だけ見ろ! 舌噛むぞ!」
「ギャアアアッ! 揺れるぅぅ! お尻が割れるぅぅ!」
ドロロロロッ!
灰色の王都を脱出したナオトとミオのトライクは、赤茶けた荒野を猛スピードで疾走していた。
視界はクリア。天気は晴朗。だが、状況は最悪だった。
ドドドシッ! ズガンッ!
後方から腹に響くような銃声と爆音が迫ってくる。
バックミラーに映っているのは3台の異様な車両だ。
以前、落とし穴に落として大破させたはずのバギーが、廃材や鉄板で無理やり補修され、さらに武装をマシマシにしたフランケンシュタイン・バギーとなって蘇っていたのだ。
『逃がさねえぞォォ! ナオトォォ! ミオォォ!』
拡声器から怨念のこもった怒号が響く。
聞き覚えのある声。
数日前、荒野で煮え湯を飲ませてやった賞金稼ぎチーム、サンド・バイパーのリーダーだ。
『俺たちのバギーを穴に落とした恨み! 激辛スパイスで目を焼かれた恨み! そしてパンツ一丁で荒野を彷徨った屈辱! 全部まとめて倍返しだァ!』
「うわぁ。逆恨みもいいところね。自業自得じゃない?」
「逆恨みこそがヴィランのエネルギー源だ。しっかし、しつこいな。あの損傷でよく動くもんだ。ガムテープで補修してんのか?」
「感心してる場合!? 追いつかれるわよ! なんか前のめりに突っ込んできてるんだけど! バンパーにトゲトゲが付いてる!」
「奴らも必死なんだろ。金貨100枚に人生賭けてるんだよ。装備をロストして後がないんだ。ミオ、迎撃しろ!」
「無理よ! MPが空っぽ! さっきの銀行で金庫破りした時に使い切ったわよ! MPポーションもないし!」
「マジか。じゃあ物理攻撃だ! 何か投げろ!」
「投げるって何を!? 食料も水もないわよ! あるのは……」
ミオが足元のリュックを抱きしめる。 中には、銀行で手に入れた大量の金塊が詰まっている。
「金塊だけよ」
「あるだろ、一番重くて硬いものが! それを投げろ!」
「はぁ!? 何言ってんの!? これ1本で一生遊んで暮らせるのよ!? 投げられるわけないでしょ! バカなの!?」
「命より重い金塊かよ! チッ、なら運転を代われ! 俺が撃つ!」
「嫌よ! ナオトの運転じゃないと酔うもん! あと、私が運転したら10秒で横転するわよ!」
「わがままだな! 来るぞ! 右舷、回避!」
キキィッ!
ナオトがハンドルを切り、トライクを横滑りさせる。
直後、右側を走っていたバギーから射出された巨大な銛が空を切って地面に突き刺さった。
ドスッ! ガガガッ!
「ヒィッ! 銛!? 捕鯨船かよ!」
「ワイヤー付きだ! 絡め取って引きずり回す気だぞ! いい趣味してやがる、参考になるな」
「参考にしないで! あ、もう一台来た! 左!」
左翼から回り込んできたバギーには屋根の上に巨大な回転ノコギリが取り付けられていた。
ギュイィィィン! と凶悪な音を立てている。
『ヒャッハー! タイヤを切り刻んでやるぜぇ!』
「丸ノコ!? 工事現場から盗んできたの!?」
「接近戦用か! クソッ、重量オーバーで加速が鈍い! 重みがサスペンションを殺してる!」
「私の体重のせいじゃないからね! 絶対違うからね!」
「分かってる! 物理演算の問題だ! ……ミオ、金塊を捨てろ! 3本でいい! 軽くなれば振り切れる!」
「嫌だ嫌だ嫌だ! これは私の老後の資金なの! 老人ホームの入居金なの!」
「まだ20代だろ! ええい、ならしっかり捕まってろ! 最後の手段だ! ニトロを使う!」
「えっ? まだ残ってたの?」
「予備タンクの底に一回分だけな! エンジンの寿命が縮むが、背に腹は代えられん!」
ナオトはダッシュボードの下にある赤いスイッチカバーを跳ね上げて、親指をかける。
「点火! オーバー・ブースト!」
ボォォォォォッ!!
トライクのマフラーから青白い炎が噴き出した。強烈な加速Gが二人をシートに押し付ける。
「きゃあぁぁぁっ! 首が! 首がもげるぅ!」
「舌噛むなよ! 一気に引き離す!」
ドロロロロロロッ!
エンジンが悲鳴を上げながら回転数を上げ、トライクは弾丸のように加速した。
凄まじい速度で、バギーたちを一瞬で突き放す。
『なっ、速えぇ!?』
『待てェェ! 逃がすかァァ!』
バックミラーの中で賞金稼ぎたちのバギーが小さくなっていく。
「はっはー! 見たか! これが魔導エンジンの真骨頂だ! 100年前のテクノロジーを舐めるなよ!」
「すごっ! 速すぎ! でもナオト、なんか変な音がしない?」
「ん?」
キュルルル……ガリガリガリ……。
足元から金属が擦れ合うような異音が響き始めていた。さらにボンネットの隙間から黒い煙が漏れている。
「オーバーヒートか。やっぱり無理させすぎたか」
「大丈夫なの!? 爆発しない!?」
「ギリギリだ。冷却水の温度がレッドゾーンに入ってる。だが、これで逃げ切れるはず……」
プスン。
その時。唐突に加速感が消えた。
「えっ?」
「嘘だろ。エンスト?」
ドロロ……プスン、プスン。
エンジンが咳き込むように停止し、トライクは慣性だけで進み始めた。
速度がみるみる落ちていく。
「ちょ、ちょっと! なんで止まるのよ! ガソリンは!?」
「ある! だが……焼き付いたか!? ピストンが動かない!」
ナオトが必死に再始動を試みるが、セルモーターが空しく回るだけだ。
完全に沈黙した鉄の馬。そして、背後からは――。
ブォォォォォン!!
地獄の底から這い上がってきたような、バギーの爆音が近づいてくる。
『ギャハハハハ! ガス欠かァ!? 運が尽きたなァ!』
「うわぁぁぁ! 来たぁぁぁ! ゾンビみたいに戻ってきたぁぁ!」
「クソッ、ここで立ち往生かよ! ミオ、降りろ! 迎撃戦だ!」
「MPないって言ったでしょ! 素手で戦えっての!?」
「俺の銃も弾切れだ! こうなったら」
ナオトはトライクを盾にするように停止させ、リュックのジッパーを開けた。
中から鈍く光る延べ棒を一本取り出す。
「ミオ、許可をくれ。こいつを1本だけ使う」
「えっ? それ……」
「武器がないなら、現地調達にある最強の武器を使うしかない。質量兵器としてな」
ナオトはバギーとの距離を測った。相手は右後方、10メートルの至近距離。
3台が横並びになり、こちらを轢き殺そうと加速してくる。
運転席の男が勝ち誇った顔で中指を立てているのが見えた。
(物理演算、弾道計算。ターゲット、先頭車両の右前輪車軸。風速2メートル、偏差修正なし。いける)
「やって!」
ミオが叫んだ。
「私の可愛い金塊ちゃん! 惜しいけど、あいつらの薄汚い顔面に叩き込んでやりなさい! 後で利子をつけて返してもらうわ!」
「了解! 食らえ、成金アタック!」
ブンッ!
ナオトが右腕を全力で振り抜いた。
1キログラムの純金の塊が高速で回転しながら空を切る。
それはただの石ころではない。高密度の金属塊だ。
運動エネルギーを乗せた黄金の弾丸は吸い込まれるように先頭のバギーの右前輪、そのホイールのスポークへと直撃した。
ガキンッ!!
鈍く、重い音が荒野に響いた。
金塊は見事にホイールのスポークをへし折り、キャリパーごと車軸に噛み込んだ。
「あ?」
バギーの運転手の顔が凍りつく。
時速80キロで回転していたタイヤが一瞬でロックしたのだ。
ギャアアアアアッ!
物理法則に従い、バギーは急激な慣性モーメントを受けて宙を舞った。
きりもみ回転しながら、後続の2台を巻き込んでクラッシュする。
『うわぁぁぁぁっ! 金だァァ! 金塊が飛んできたァァ!』
『ぶつかる! 避けろォォ!』
ドガシャァァァン!!
3台のバギーは団子状態になり、火花を散らしながら転がっていった。
そして、勢い余って――。
ドォォン! ガラガラガラ。
巨大な岩場に激突し、黒煙を上げて停止した。
――動く気配はない。
「やった」
「やったわね。ストライクよ」
二人はトライクの陰から顔を出し、大破したバギーの残骸を見つめた。
「もったいない」
ミオがポツリと言った。
「バギーが?」
「ううん。金塊1本」
「命拾いしたんだ、安いもんだろ。1キロの金を投げて命が助かったなら、コストパフォーマンスは最高だ」
「まあね。ナイス投擲だったわ、ナオト。野球部だった?」
「帰宅部だ。さて、問題はこっちだ」
ナオトは視線を足元のトライクに移した。
ボンネットを開けると、白い蒸気が立ち上り、焦げ臭い匂いが鼻をつく。
「どう? 直る?」
ミオが心配そうに覗き込む。
「厳しいな。シリンダーが焼き付いてる。冷却系も破裂したみたいだ。予備パーツもないし、魔法で直せるレベルじゃない」
「そんな。ここまで一緒に走ってきたのに」
ミオがボロボロの車体を撫でる。
弾痕だらけのボディ。継ぎ接ぎだらけの装甲。
ドルグの基地から奪い、雪原を越え、荒野を駆け抜けてきた相棒。
「ありがとう、トライクちゃん。君のおかげでここまで来れたわ」
「ああ。いい相棒だった。だが、ここでお別れだ」
ナオトは静かにボンネットを閉じた。
荒野の真ん中。ゼルトの国境まではまだ距離がある。
「ねえナオト。ここから歩くの?」
「そうなるな。荷物をまとめろ。水と食料、それと金塊だ」
「金塊……全部持っていくの?」
「当たり前だろ。これを置いていくバカがどこにいる」
「でも……重いよぉ」
「筋トレだと思え。行くぞミオ。日が暮れる前に少しでも距離を稼ぐんだ」
二人はリュックを背負い直した。
その背中はトライクに乗っていた時よりも一回り小さく、そして重そうに見えた。
沈みゆく夕日が、動かなくなった鉄の馬と、二人の長い影を荒野に伸ばしていた。
エンジンの喧騒は消え、辺りには乾いた風の音だけが響いている。
二人は前を向く。その足取りは重いが、止まることはない。
文明の灯りが見えるその時まで、彼らの泥臭い行軍は続いていく。




