理由なき別れ
彼女は初めて会う誰かが、
女性の場合、お洒落を意識し、
男性の場合、いつも通りの服装をした。
友人のあきなが紹介してくれた男とは仕事終わりに会い、食事をする事になっていた。
だが、彼女はいつも通りの服装をした。
変に異性を意識し、着飾る事はしたくなかったし、そもそも、この出会いをどうにかしたいという気持ちも芽生えて来なかったからだ。
職場で彼女は仕事をいつも通りにこなした。
あきなの事も考えず、仕事終わりに男と会う事も考えなかった。一度、深く考え始めると、仕事に支障が出そうだったからだ。
そして、仕事が終わると、エチケットとして身嗜みを整え、すぐに待ち合わせ場所へと向かった。
待ち合わせの場所は、彼女の職場の近くの小洒落た大衆向けレストランだった。
彼女は以前にあきなと一緒に来た事があるし、男の方も来た事があった為、その場所になった。
男はわざわざそこまでやってくる事になっていた。
彼女が先にレストランにつき、席に座って待った。別に緊張なんかしていなかった。
仕事モードから解放された思考で、彼女は今から会う男の事ではなく、あきなの事を考えていた。
友人は今、大丈夫なのだろうか?と心配していた。
暇を潰す為に、彼女はメニュー表を見たり、スマホでニュースを見たりしていた。そして、あきなに明日、泊まりに来ないか?と誘いのメッセージをしておいた。
今、彼女ができることは、慰めの言葉をかけるより、一緒にいる時間を作る事だろうと思ったのだ。
それから、程なくして、約束時間の5分前に男は姿を現した。
誰かが入店した時に鳴るベルの音で、彼女はスマホをカバンにしまい、姿勢を正した。
そして、男が姿を現した。
一目でお互の姿に気づき、男はこちらに近づいてきた。
その瞬間、流石に彼女の鼓動は早くなった。
足音が近づく度、更に鼓動は早くなった。
男は彼女のテーブルに来ると、少しの張りのある声で、彼女の名字を言い、本人か確かめた。
彼女はそうです。と言って、椅子を引き、立ち上がった。
それから、こんばんは、はじめまして。と男は笑顔で言ってきた。
見せてもらった写真と実物とでは受ける印象が全く違っていた。
確かに顔はそのままだが、身長が高く、髪はワックスで固め、服装はドレスライクなものだった。
彼女が見せてもらったものは、無表情の写真であり、髪はセットされておらず、服装もラフだった。
彼女もこんばんは、はじめまして。と業務的な挨拶を返した。何かの商談が始まるかのような対応だった。
2人は席に座り、短く天気の話、このお店の小話をしてから、食事を頼んだ。
お互い、この店に来た事があるからなのか、メニュー選びはすんなり決まった。
メッセージでやり取りしていた人と初めて会うのは、
やはり緊張が漂うものだった。だが、彼女の目には、男はとてもリラックスしているように映った。
本格的な会話の始まりは、まず2人を繋いだ人である、あきなの話だった。
彼女は勿論、今のあきなの現状の話はしなかった。
男はあきなを明るくていい子だと褒めた。
それに、よく気を使う子だと。
彼女はそれに同意した。
話のジャブから彼女は感じ取ったのだが、2人の会話のテンポ、間合いはよく、スムーズだと思った。
ここでつまずくと、後が大変なのは過去の経験から分かっていたので一安心だった。しかし、逆に言えば、男に女性慣れをしている感じも取れた。
それに、メッセージでやり取りしていたガツガツ来る印象とは違い、落ち着きある感じが意外だと思った。
それは仕事終わりだからなのか、そこまでは分からないのだが。
あきなの話が終わると、彼女はそんなに興味はなかったが、男の仕事について少し聞いた。
男は少し笑みを浮かべてから、仕事について話を始めた。だが、IT関連の事について彼女は疎く、相槌を打ってたが、出てくる単語などがよく理解できなかった。そして、最後に、こんな話をしても、まぁ面白くはないですよね。と男は笑いながら言った。
彼女はもう、恋愛のドキドキ感を楽しむより、安心感を得れる方を好んでいた。
だから、今日は最初から自分自身をさらけ出すつもりでいた。
それと、何となくだが、さらけ出しても大丈夫な相手だろうと思った。
そうこうしている内に、2人の前に料理が届いた。
そして、それを慎重に食べながら、2人は会話を続けた。
趣味の話やよく行く場所の話、苦手な食べ物など、当たり障りのない話をした。
そして、お互いがメインディッシュを食べ終えた時、
彼女は鋭い会話のボールを投げはじめた。
彼女は何の脈絡もなく元彼の話をしたのだ。
数ヶ月前に別れた男の話だ。
初対面でそんな話を話すべきではないと思っていたが、彼女は自分の経験、意見をさらけ出したかったのだ。
それは昔の彼女では確実にしなかった事だった。
何が彼女をそうさせたのか、あきなの事でこの出会いを発展させるつもりがない為なのか、それとも年齢的な事なのか、はたまたその2つ両方なのか、それはわからなかった。
彼女は少し駆け足だったが、自身の恋愛についての経験や意思を話した。
男はその間、話を黙って聞き、「そういう男性もいるもんです。共感性の欠如、僕にもあるかもしれません。」と笑って言った。
そして、次に話は自然と男の元彼女の話になった。
その様子は、商談話の雰囲気から打って変わり、久しぶり会った同級生みたいな感じになっていた。
男は話を始めた。
「僕の場合、別れたのはもう2年前以上です。彼女は僕より歳上で、4年付き合っていたんです。こう言うのも何ですが、僕は結婚する気があったのに、向こうは無かったんですよ。彼女の年齢の事もあって、と言うのは失礼かもしれませんが、まぁ実際、年齢の事も考えつつ、僕から結婚の事を何度か口に出しました。だけど、その度、彼女にはぐらかされて、終いには僕が振られる形になりました。」と言って笑った。
「あっ、あの、元カノさんの年齢はおいくつでしたか?もし宜しければ、、」と彼女は聞いた。
男は6つ上でしたと即座に答えた。
彼女は「そうなんですね。すみません、話を遮ってしまって。何か心当たりとかあったんですか?」と続けて質問した。
そして、彼女は今の2人の関係を奇妙な物だと心の中で思った。
「心当たりはないですね。全くわかりません。僕が知りたいくらいです。同棲してて、喧嘩もほとんどした事なかったんです。2人とも仕事をしていて、家事も2人で協力してやってました。こんな事を自分で言うのもなんですが、僕は彼氏、もしくは夫にするなら、そんなに悪くないと思うんですよ。だけど、ある日、彼女は急に別れようと言ってきたんです。そう!その前日、一緒に遊園地に行ってたんですよ!信じられますか?」と男は笑顔だったが、その目にはどこか哀しさが見て取れた。
「いきなりそう言われても、はい、別れましょうなんて、勿論言えなくて、理由を教えて欲しいって言ったんです。だけど、彼女の答えは、あなたの事は嫌いにはなってないの、だけど、別れて。の一点張りだったんです。もう意味不明、お手上げですよ。
ちゃんとした答えが欲しいと聞き返しても、結局、明確な返答を得れず、彼女は出て行きました。
恐らく、僕の想像ですが、他に男がいたと思います。
そう思わなきゃ、僕がやってられません。完全否定ですから。だけど、もしいるとしたなら、そういう素振りを全く見せなかった。彼女は仕事が終わっても、すぐ帰ってきて、休日は殆ど一緒に過ごしてましたから。」
彼女から見ても、男のテンションがどんどん下がってきているのが分かった。
「本当に理不尽だと思いませんか?その別れは本当に堪えました。理由が分からない別れほど、心に突っかかりができるものはないです。何がいけなかったのか、改善のしようがありませんから。
で、更に堪えたのは、数ヶ月後、どっかの男と結婚したという噂を聞いたんですよ。それにはね、、、もうね、本当に、、、心が折れました。僕の想像が当たっていたというか、そういう次元ではないです。あの4年間は何だったんだろう?と思いましたよ。空白です。」
男は辛そうな顔をして、次の言葉を探していた。
彼女はその元カノの顔写真を見てみたくなっていた。
勿論、そんな事を聞けるはずはなかった。
「それから、少し女性不信になってしまいました。」と言った。
彼女はそうなってもおかしくないと思い、頷いた。
「それ以降は、新しい恋をするというより、今までずっと仕事に打ち込んできたんです。けど、まぁ今、僕はこうやって、出会いを求めているのですが、、、。
こうやって女性と2人で食事をするのも2年ぶりです。
あきなちゃんからの紹介で、今こうして、僕はさやかさんに会っているんです。ずっと深い海の底に沈んでいた気分から、今はちょっとだけ浮上している気分です。」と男はまた笑いながら言った。
彼女はその言葉への上手い返答が思いつかなくて、
なんで、私と会おうと思ったの?と率直に聞いた。
「綺麗だと思ったからですよ。」と男は恥ずかし気もなく言った。
彼女の動きは一瞬止まり、
「あ、ありがとうございます」と謙遜せずに言った。
「あきなちゃんに今の話をほんのちょっとだけしたんです。そしたら、親友の美人さんを紹介しようか?という話になったんです。後日、写真を見せてもらったら、本当に美人で驚きました。勿論、実際にお会いしても、美人だなと思ってますよ。」
彼女はいえいえと言った。
あきなはどういう意図、経緯で、私を紹介しようと思ったのだろう?と彼女は思った。
その後も2人はあれこれと話をした。
彼女がその話題を振ったのだが、過去の恋愛話は男の方がよく喋った。
そして、彼女は途中で、男は誰か知らぬ女性と話をしたいだけだったのではないか?と思い始めた。
内に込めたものを解放し、リハビリを込めた何かを感じたのだ。
「女性というのは分からないものです。僕には2人の姉がいます。姉たちは2人とも結婚していますが、今でもよく集まり、姉たちとは仲がいいです。昔、姉たちにその事について、話した事があります。姉たちは、僕を慰めてくれました。それはロクな女じゃないとか、なんとかって。けど、女の心の動きは読めない所もある。って言うんですよ。男の心の動きとは違うのよ、と。勿論、そんな言葉で慰められなかったですよ。」と笑った。
「僕は随分、元気になりましたが、心の傷は見えないし、癒え難いもんです。」
一通り話し終えると、男は明日も仕事だからと言うことで、また会いましょうと2人でお店を出た。
「なんか色々と喋ってしまって、すみませんでした。こんな予定ではなかったんですが、、。ではまた今度。」と男は笑顔で言い、2人はそれぞれ別の方向へと歩き出した。
会った時間は2時間ぐらいだった。
別れて数分後、男からメールが来ていた。
彼女はすぐ返信をし、また会う日時を約束をした。
なんかのカウンセリングみたいと彼女は思った。
だけど、どちらかが医者ではなく、2人とも患者みたいだなと。
時刻は21時30分になっていたが、彼女はそのまま
家から近所の24時間営業のスーパーに寄る事にした。
男と話した内容をゆっくりと咀嚼しながら、夜の道を歩いた。
男の元カノはどうして男と別れたのだろう?と思った。話を聞いた限りでは、その元カノの心の動きは、同性としても理解できなかった。
そして男に対しては、悪い人じゃなさそう、そう印象として受け取った。しかし、彼女は自分の勘がそんなに当たらない事も理解していた。
彼女はスーパーに入り、カートは使わず、かごを手に取った。
勿論、今日はもう何も食べるつもりはない。
明日、友人のあきなが泊まりに来る事になったのだ。
そう連絡が来ていた。
何かしらの食材は冷蔵庫にあるが、念のため、適当に何かを買って帰ろうと思ったのだ。
彼女は入口近くの野菜売り場ですぐに足を止めた。
目の前の小さなカゴに、4分の1カットのカボチャが売っていた。
そして、彼女は薄っすらと夢の記憶を手繰り寄せた。
カボチャ、と小さく口に出し、それを1つ手に取り、カゴの中に入れた。
彼女は帰宅した。
ビニール袋から買った物を出し、冷蔵庫に入れた。
カボチャは台所に置いた。
そして、手洗いを済ませて、カボチャをカットし、電子レンジに入れ、それから着替え、牛乳やバター、コンソメスープの素を用意し、玉ねぎを炒め、カボチャのスープを作りはじめた。
無心になって作った。
彼女はカボチャのスープを完成させると、満足した。
彼女はあきなにメールをしようとしたが、もう遅い時間だったし、どうせ明日会うのだからと送るのをやめた。
彼女は料理道具などを洗い、押入れに仕舞ってある来客用の寝具を出したりした。その後、お風呂に入り、上がるとすぐにベッドに入った。
ベッドの中で、彼女は男の話をもう一度思い出してみた。
突然、理由もなく別れを告げられた男の話を。
そして、彼女自身が過去にしてきた別れの告げ方を。
心の傷は見えないし、癒え難いのだ。
ある所で、彼女は思い出から目をそらし、そっと目を閉じた。
そして、音のない深海にいるかのように、深い眠りについた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
もし宜しければ、感想、評価いただけると嬉しいです。
小説書くのは難しいですね。話はもう少し続きます。ありがとうございました(^^)




