失われていく資産
彼女は鏡を見ていた。
そして、じっくりと顔の点検をした。
目尻のシワの具合や変な所に毛が生えていないか、ニキビができていないかと、いくつかの要点を丁寧にチェックし、それが終わると一息置いて、鏡をテーブルの上に置いた。
それが毎朝、近頃の彼女にとっての日課の1つだ。
毎日見たからと言って、何かが大きく変わる訳ではない。そんな事は彼女も分かっていた。
それが日課になった理由は、5つ下の弟との会話の中での何気ない一言だった。
姉ちゃん、最近老けた?
その言葉は彼女を一瞬沈黙させた。
そして、まだ早いわ!と軽く怒って返答したのだが、その内心、歳を取れば誰でも老けるし、まぁ実際老けたのだろうと思った。
彼女は歳をとるのが怖かった。
若いうちでは気づけなかった、その大切さを最近になって思い知ったのだ。
体力が落ち、疲れやすくなった実感があったり、体質の変化にも気付くようになっていた。
彼女は28歳だった。
その事を母に相談すると、何言ってんの?まだ全然若いわよ。と言われ、職場でそれとなく年齢を気にした発言を彼女がした時に、歳上の女性の先輩から、喧嘩売ってんの?まだまだよ。と笑いながら言われた。
確かにまだ20代であり、悲観する事なんて全くない。
だが、20歳を超えてからの時間の経過の速さを考えると、若さなんてあっという間に消えてしまうのだろうと思ったのだ。
それに肉体と精神年齢のずれにも戸惑っていた。
身体よりも、心の方がずっと老けてしまったのではないか?とも思った。
身体か心か、彼女はどちらにせよ、老いるのが怖かったのである。
彼女は独身で、仕事は不動産屋の経理で、彼氏とは数ヶ月前に別れていた。
その元彼との付き合うきっかけは、会社の同僚の紹介で、その元彼は有名企業に勤めていた。
別に名のある企業に勤めていたから、付き合ったのではない。
彼はバイタリティに溢れ、話はウィットに富み、素直な性格であり、彼女は直感でこの人がいいかもと思った。そして、彼女の方からアプローチをし、とんとん拍子で交際までいったのだ。だが結局、彼女の方から振った。最初、元彼はなかなか引き下がらなかったが、最後は半ば強引にお別れを告げた。
その理由は付き合う中で、彼の表側の皮が剥がれ落ち、内側が見えてきたからだった。
それは共感能力のなさだった。
他者への共感能力のなさに彼女は落胆し、次第に冷めていったのだ。
その事で、彼女は自分の直感、見る目の無さを痛感し、肩を落とした。
今より若い時なら、私が彼を変えてみせる!などと豪語したかもしれないのだが、人は簡単に変わらないと思い知ってから、諦める事の方が多くなった。
それからは、どこか恋に冷めている気分でいた。
だが、将来的には結婚をし、子供も欲しいと思っていた。
彼女は本心で焦っているか?と聞かれれば、そんなに焦ってはいなかった。
彼女はそれなりに美人だったからだった。
過去の遍歴を理由に、彼氏なんて作ろうと思えば作れる。そんな自負が彼女を保っていたのだ。
今まで寄ってきた男たちは彼女の容姿しか見ていない事も彼女も分かっていた。
出会いの最初の入口が見た目なのは仕方ない事だが、それがずっと続いてしまうと、自分の価値は容姿しかないのだろうか?と彼女は自問し、悩むようになったのだった。
それからは、彼女はそういう男たちを蹴散らし、自分からアプローチをしていく女になった。
選ばれるより、選んだ方がいい、それが彼女の意思だった。だが、それも失敗続きに終わっているような気がしていた。
そして、失敗が重なる度にその容姿という資産が段々となくなっている事実に恐れていた。
彼女はカーペットの上で胡座をかき、背の低いテーブルの上に卓上仕様の鏡を置き、化粧をはじめた。
もっと若い頃は化粧をパッパッと終わらせる事が出来たんじゃないか?と過去を思い返す事もあった。
もっと化粧のりが良かったはずだと考えると、一度、ため息をついた。
どうあがいても仕方がない、時間はわたしの若さを無慈悲にも奪っていくのだ。
同級生との集まりでは年齢についての話がよく出るようになった。
視力が落ちた気がするとか、少し夜更かしが苦手になってきたとかだ。
そして先月、中学時代の友人3人で集まり、カフェをしていた時、その中の1人が彼女に向かって、
さやかって、随分大人っぽくなったよね。と言った。
彼女はその時、そうかな?と言い、
丁度昨日、美容室に行き、髪型を変えたせいだと思ったが、そう言われてても、もはや嬉しい言葉ではないと思った。
友人2人の内、1人は20代前半で結婚し、子供を産んだ。
そして、もう1人は現在、彼氏と婚約中の身だ。
その2人と会っても、焦りを感じる訳ではなかったが、これから出てくるであろう夫婦間のあるある話、子供の話題にはついていけないだろうなとは思っていた。
女同士、そこに見えない壁があるのだ。
彼女はメイクの仕上げをしていた。
数ミリ変われば顔の印象は全く変化する。
彼女は慣れた手つきで、線を引き終え、よしっ!と言い、満足いく化粧ができたと思った。
化粧道具をポーチに仕舞っていた時、つけていたテレビのニュースが芸能ニュースに変わった。
彼女はそれを聞き流していたが、あるニュースでテレビ画面を注視した。
とある50代の男性芸能人が20代の女性と結婚したニュースだった。
ニュースの司会者、コメンテイターたちは、驚きました、知りませんでした、おめでとうございます、という言葉を繰り返した。
どうやら相手の女性は彼女より歳下らしかった。
彼女はリモコンを手に取り、テレビを消した。
そして、沈黙が訪れた。
もし仮に、その女性が同年代だったのなら、その男性芸能人は結婚したのだろうか?と思った。
以前、彼女が居酒屋に行った時、隣にいたサラリーマングループの1人が大きな声で笑いながら、女性の価値は若さだ と言った。
彼女は普通の顔をして、チラッとその男を見た。
だが、顔の表情とは裏腹に、その男を心底、軽蔑したのだ。
部屋は沈黙に包まれているのだが、
その憎たらしい声が、
彼女の耳の中で今でもまだ反響しているように感じた。
音をかき消そうと、
彼女は立ち上がり、服を着替える事にした。
アラサーになると、着る服も変わると身をもって実感していた。
それは一種の固定概念、同調圧力の影響もあるかもしれないが、単純に好みも変わるのだ。
もうショートパンツなんて履けないし、がっつり肩も出せないと思っている。
彼女は年齢に縛られ、世間に前ならえをしている訳ではなく、自らの意思でそれらを選んでいるのだと自分に言い聞かせていた。
彼女はユニクロのヒートテックの上に厚手の白のタートルネックニットを着て、下はインディゴのジーンズを履き、コートは数年前に買ったグレイのチェスターコートを羽織った。
姿見鏡の前で、少し地味かな?と彼女は思ったが、これでいいや、もうこんなコーデばっかだしなと思った。
ここ数年、自然と派手な色を避けてしまっていたし、形もベーシックな物ばかりだった。そもそも新しい服を買う事も随分減った。
だが、せめてもの差し色として、靴下はマスタード色のものを履いた。
髪のセットは年々面倒になり、最近は少し寒かろうが、一つ結びが多くなっていた。
靴はスニーカー、スタンスミスでいいやと思い、アクセサリーはあれとあれ、と頭の中で一通りのコーデを組み立てた。
時計を見て、友人との待ち合わせ時間にはまだ時間がある事を確認した。
今日、友人は紹介したい人がいると言うことだった。
その友人は先月会った、婚約している友人だ。
彼女は乗り気ではなかったが、拒みもしなかった。
チャンスがあれば、チャンスを取りに行こうと思っているのだ。
1人でいるのはそんなに寂しくはなかったが、世間は彼女を寂しいと決めつけるようになってきたような気がした。
彼女はシンプルなアクセサリーを身につけ、シンプルなデザインだが気に入っている黒のバッグを手に取り、ハンカチを入れ、スニーカーを履いて、家を出た。
外では冷たく、乾いた向かい風が吹いていた。
彼女は少し身を震わせ、バッグを肩にかけ、両腕を硬く前で組んだ。
そして、その手でチャンスを取りに向かったのだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
はじめての連載作品になりますので、宜しくお願い致します。
チャンスを掴みに行くのに、両腕を前で組む、
この表現が出てきた時、これで一話目終わりでいいや!と思いました。
何かと不具合があるかもしれませんが、最後まで読んでもらえると嬉しいです(どうなることやら……)
感想、評価等を頂けると嬉しいです(^^)
ありがとうございました!!




