Chapter1.1.2 目覚め前
『はっはっは、どうしたどうした我が弟子よ。それでも本当に我が弟子か?』
どこで見つけてきたのか、手で持ち上げて肩にかつぐにはちょうどいいサイズの棒を拾い上げ、女性はそう言った。
『この程度でくたばっているようでは話にならないな。お前が本当に奴のようになりたいと望むのならば、この程度では足りないぞ』
さても夜通しコースまっしぐらでひたすらにしごかれ続けた弟子と呼ばれた彼は立ち上がるのもやっとの様子である。
『まあ、ちょうどいい。少しばかりの休憩の時間とするか…ほら、弟子よ。さっさと起き上がって師であるところの私の肩でももむがいい』
まだ若いんだから肩なんて凝ってないでしょ、とかそんなことを言った気がする。
『はっはっは、馬鹿者が、誰が老いて身体など壊すものか。あいにくと天から与えられた二物がこの私でさえどうにもできんのだよ』
チラッと目線が女性の言う天の与えたもうた二物へと吸い寄せられる。齢10と少しの彼にとってはどうしようもない条件反射だ。
『ふん、そんなどうでもいいことはどうでもいい。故にどうでもいいことであるのだが』
疲れ切った彼には恐らくレベルの高すぎる話なのだろう。何を言っているのかさっぱり分からない。
『それでは休憩もここらにして続きにするか』
この女、相当やばい。
『何だ、その顔は。少しばかりの休憩と言っただろう』
確かにそう言ってはいたが全く身体は休まっていない。
『当たり前だろう。そもそも私が疲れたから休んだだけでお前を休ませようなどというつもりは毛頭ない』
手で持っていた木の棒をポイッと後方に放り投げると女性はゆっくりと起き上がる。
『ほら、お前もさっさと起きろ。……いつまで経っても奴のようにはなれないぞ』
座り込んで固まっていた自分を女性は無理やり引っ張り起こそうとするので、まだ動きたくなかった自分は必死で身体を縮こめた。
『はあ、いいか、我が弟子よ。お前に足りないものはいったい何だと思う?』
さて、自分はここで一体何と答えたのだろうか。それが全くと言っていいほど思い出せない。
なぜなら思い出せるほどのことを言う思考能力がこの時なかったこと。
それに加えてこれは何年前だろうか、なにしろこの師を自称する女性と共に過ごしたのも随分と前。
ついでにろくな思い出もないのでとっとと忘れ去りたい過去だった。
しかし、鮮明に覚えていることは、自分の答えが全くと言っていいほどに外れていたこと。
そして、女性の示した正解だった。
『才能だよ』
◆
「………うげ」
暁ナユタは目を覚ました。
おそらくは彼の今までの人生の中で最悪の目覚めであったことに間違いはないだろう。
目覚めた時の真っ先に発した言葉がそんな唸りだった。
「不吉だ…」
ナユタの脳裏にしっかりとこべりついた過去の記憶。
俗に言うところの彼の師匠にあたる女性はただただろくでもない。ろくな思い出もない。
自分のことを鍛えるだ何だと言った挙げ句に突然2年前にほっぽり出されたのだ。
「……久しぶりに見たなぁ」
正真正銘自分が死にかけていたこともあってか、凶兆を告げるもののように感じたものだがそれよりも何よりも。
「……俺はどうやってここまで…」
彼は自分がどうやってここまで来たのか、覚えていない。
何とか覚えているのは、三乙女カイセに担ぎ上げられたあたりまでだろう。
「……っつ〜!」
どうやらベッドで寝かされていた彼が勢いよく起き上がると、全身に痛みが走る。
全く気づいていなかったがよくよく見ると傷だらけの身体に処置が済まされた痕が残っていた。
「クオンは…あれからどうなった?」
あたりを見回せばどうにも見覚えのある光景だ。
それもそのはずここは北部戦線本部の医務室であり、異動になって早々に利用経験もあった。
「…暁さん……?」
ギーっと扉の開く音と共に声が聞こえる。
自分のことをそう呼ぶのは、
「クオン…」
クオン=クライスツェフただ1人である。
「え、あっ、そのっ、ちょっと待ってください。今、いろいろと……」
バタバタと慌ててどこかへ行ってしまったクオンの後ろから室内に入ってくる影が一つ。
「いつまで寝ていやがんだ、お前は」
あいも変わらず不機嫌そうな顔をした三乙女カイセだった。
ズカズカと部屋の中に入ってくると緊急箱を手にとって、ガサガサと乱暴に中を漁る。
「………チッ!」
何か舌打ちが聞こえるとともに救急箱を閉めるとそっと棚の上に戻す。
いっそう機嫌が悪そうにドカッと備え付けの背もたれのある椅子に腰かけた。
「……おい」
どこを向いているのか、誰もいない方へと話しかける。
それでもきっと自分に話しているのだろうとナユタは思った。
「何だ?」
何を言われるかが分からない。
彼は顔を決してナユタの方へは向けない。そのため表情が分からない。
仮に顔を向けていたとしてもきっと表情は変わらないだろうが。
「……お前のそれは、やめとけ」
いつもとほとんど変わらない、そんな荒れた口調だったが、しかしどこかいつもと違う。それが何かは分からないが。
「…誰に習ったかは知らねーが、そういう戦い方はやめろ」
彼はきっと会話をしようとは考えていないのだ。ただ自分の意見をぶつけるために、答えなど求めてはいない。
三乙女カイセはそういう男だ。
言っても聞かないなら、言っても聞けない理由があるならそれを尊重する。
だから三乙女カイセに返答はいらない。
「お前がどうなろうが俺にとっては知ったこっちゃねー話だがな」
最後にそれだけ告げると彼はもう何も言わなかった。何も言わずにそのまま座ってどこを見ているのかほとんど動かなかった。
ナユタはどうすべきか、散々に迷った挙げ句、ただ2人で何も話さずいるのも気まずいと判断した。
しかし、彼からカイセに言えることなど一つしかなく、その上、彼はもう何も発する気は無いようで、この部屋にナユタの居場所など無くなってしまった。
(……とりあえずここから動いてみるか?)
ナユタはどうしようもないこの居場所から動いてみる決断をする。身体がどこまで痛むかも、それもサッパリ分からないが、不思議ともう大丈夫だとそう思えた。
「すいません、お二人共!」
さて、そんな彼の目論見もつゆ知らずにドタバタと息を切らして、再びクオン=クライスツェフが現れた。
「あっ、暁さん……その……」
「?」
何だろうか、クオンがどうにも煮え切らない態度でまごついている。
何かしでかしたのだろうか、と自分の行いを省みるナユタも特に思い当たる節はない。
「……何しに来た」
頭をおさえたカイセはため息をつく。その声でどうにか調子を取り戻したのか、グダッとした雰囲気を普段のシャッキリとしたそれへと直した。
「すいません……隊長代理がおっしゃるには先送りにしていたこの前の報告を今から、ということです。暁さんも目覚めてすぐですができれば来て欲しいとのことで…」
チラッとナユタの方へと視線を向けてまたすぐに気まずそうに元の位置に戻す。
「……まだちょっとしんどいけどそのくらいなら大丈夫そうかな……っ!うん、動いても軽く痛む程度だし…」
ナユタはそう言うと意を決して立ち上がる。瞬間の痛みには必死で耐えると、もう後にはあまり気にならなくなった。
「………」
「え?」
「……何だ」
2人を置いてさっさと出て行こうとしたカイセは、しかし、クオンの微妙な様子に足を止めざるを得ず。
「いえ、えっと…その……」
何事か言おうとするが口をつぐんで下を向く。
もじもじと身体を動かしてはいるが、肝心の声が全く出ていなかった。
「……チッ!……おい、歩けるんだったらとっとと来い!」
カイセはいつも以上の不機嫌を振りかざしてナユタを呼びつけた。
「……はいはい」
さすがにちょっと怖かったナユタは返事をするとささっとカイセの後ろを追いかける。
「……ありがとうございます、三乙女さん…」
「……うるせー……後な…」
何かぶつぶつと2人で言葉を交わしている様だがナユタには全く聞こえない。
「……俺を上の名前で呼ぶな」
しかし、最後に放ったその言葉だけはどうやらしっかり聞き取ることができたようだ。
歩き始めたカイセの後ろをついていくナユタ、その2人の後ろを歩くクオン。今日のクオンは珍しくあの大槌を持ち歩いてはいないようだ。
隊長室へと向かう道すがら、特に話す者はここにはいない。
前のカイセは言わずもがな、後ろのクオンも目線は下方へ、黙って歩いている。
ただ沈黙が走る中でも、ナユタは差し込む日光に目を慣らしたり、行動の際に身体に痛みが走らない方法を見つけたりとすることは多かった。
「……こいつにあんなのを教えやがったのは一体どこの馬鹿だ」
それは彼にとって目的の場所へと着く直前に発されたカイセの呟きを聞き逃すには十分なことだった。
「お、全員来たみたいっすよ、お嬢」
隊長室からひょこっと顔を出したのは風利フーリという男。
彼のそのふざけたような声を聞いて悔しくも、自分が日常に戻ってきたのだと思ってしまったナユタであった。
「やあ、3人とも。これで全員揃ったね」
爽やかな笑顔で挨拶をする七星。周りを見渡せば、マシロもすでに中にいた。エレナはフーリの横で何か言いたそうにこちらを見ており、カイセは知らないうちに端の方へと移動していた。
「それじゃあ、この前の報告といきたいところだけど……ナユタは座らなくても大丈夫かい?」
「はい、立ったままの方が今は楽です」
「そうかい、ならいいけど。……さて、それじゃあ、始めようか」
空気が変わる。
いつもの談笑モードから一転した真剣な空気で七星は話し始めた。
「と言ってもある程度は僕達の方で済ませているからね、まずは分かりきっていることから……今回も何とか地域住民の被害は確認されていない、君たちのおかげだね」
「……良かった」
この件に関して反応を示したのはクオンだけだ。他の全員がまるでどうでもいいことのような顔をしている。
「…ま、とは言っても北部は正確な人口とかもはっきり分かってないし、全員が全員友好的ってわけでもないからね。本当のところは微妙だけど」
「というか、北部って人口規模はどのくらいなんですか?」
あまり脱線するのはよろしくないとは思ったナユタだが、少し気になったので聞いてみることにした。
そもそも論としてそういった情報がほとんど隊員であるところの自分に入っていないのもおかしな話である。
「そういえば君たちには話してなかったね。北部が3つの地区に分かれているのは知っているよね?」
「はい」
「あれはこっちが便宜上地図の上に線を引っ張っただけのもので、実態は全然違うんだよね」
そう言うと七星はガサゴソと机の中をいじる。
次の瞬間彼の背後にプロジェクターのようなもので北部の地図が映し出された。
「実際のところ北部は11の村とそれに付随する35の集落によって今のところは構成されている。まあ、年によっては増えたり減ったりが激しいけどそれは未確認の集落が見つかったり、集落同士がくっついたりするからなんだけどね」
「ということは村の数は変わらないということですか?」
ナユタの質問に場が凍りついたのが分かった。
誰かのため息が聞こえてくる。ガヤガヤしていた2人組も静まり返り、隣のクオンも唖然としている。
「……まあ、3年前までは一応12の村って銘打っていたんだけどね。この話はおっかないからこの辺でいいかい?」
「…大丈夫ですけど」
いつも笑っている七星のはずだが、この時ばかりは笑顔を引きつらせていた。
誰かの顔色を伺っているような、そんな泳いだ目線と表情だ。
「…えーと、とにかく。それら全ての人口を足し合わせた結果、北部の総人口は約5万ということになりましたとさ」
「……」
少ない。率直な彼の感想がそれだ。
自分でこうだというのならクオンはもっとそう感じているのではないかと。
彼女の顔を見れば一目瞭然だった。
「確か西部は110万とかだったっけ?」
「はい」
「中央が490万?」
「……えーと、私がいたうちに500万は突破したとか何とかで」
ナユタとクオンの2人は交互に答える。
「西部は北部と違って広大だからね……中央は例外かな。とりあえずこれに東部の65万と南部は…仮に20万として総人口約700万。これがリベルタ管轄領の全貌だね」
まあ、そんなことはさておいてと話を戻す。
「とにかく民間の被害はゼロだからその辺は気にせずに。後は君達だね」
何やら数枚の紙束よようなものを取り出した。
「うーん、本部が僕たちの報告書なんて目を通しているかは分からないけど、一応理事の方も見るから嘘は書けないんだよね」
「何の話ですか?」
「それじゃあ、行くよ。北部戦線防衛隊出撃隊員6名。うち重傷者2名、軽傷者2名。また、個々の戦闘の折に一部原生林の炎上。湖の水位の大幅減確認。人為的森林伐採、倒木。暴風による一部地域での砂嵐発生……」
「……ふん」
「………」
まだまだ続くと読み進める七星さんの早口に全く気にしていないといった2人と……
「……はは」
「……いやぁ」
「…私は別に……」
「す、すいません…」
苦笑い、目を背ける、言い訳をする、ただ謝ると四者四様の反応を見せる残りのメンバー。
「……といった具合だけれど何か間違っているところはあるかな?」
全て読み終えた七星が最後に笑顔を向けると、その4人はそれぞれ顔を見合わせて…
「「「「……ないです」」」」
項垂れながらも認めた。
「…とりあえず、もう少しだけでいいから周りのことも考えられるようになろうか……君たちには難しいかもしれないけどね」
面目ないとは思ったが、自分の力は山中では周りなどを気にしていられるものではない。
とりあえずここは自分は聞き流しておこう、と心に決めたナユタ。
同じく端っから真剣に聞く気などなさそうなフーリ。
一応聞いて試みようとするがすぐに記憶から抹消されるであろうエレナ。
クオンでさえもどうしようもなさそうな顔で誤魔化していた。
「はあ…まあこれも今に始まったことではないけどね、そんな感じだから地域住民にあまりよく思われなかったりするんだよ」
手元の紙をトントンと机に当てて揃え直す。
それを乱雑に脇に置いた。一度揃えた意味がまるっきりない。
「とにかく…君たちが全員無事で良かった」
何だろうか。その時向けた笑顔は決していつもより破顔していたとかどういうわけではない。
ただいつも浮かべているような営業用スマイルとは違った感情がこもっていた。
「……さて、ここからが本題の本題だね」
コホンと一つ咳払いをして和やいでいた空気を張り詰めさせる。こういう能力には本当に長けた男だ。
「マシロとカイセの報告はもう聞いてはいるのだけど、君達のは聞けていないからね。できるだけ細かい情報を貰いたいところなんだ」
誰かに念を押している。
きっとというかおそらくというか、確実にエレナとフーリのどちらかで、それはどちらかは分からない。
「えーっと、小生らはまずいつもの監視塔で索敵と作戦会議を済ませて、そっから三手に分かれました」
とか何とか代表して話し始めたのは風利フーリその人である。
「何か北から3体、西と東から2体ずつって引っかかったんで、小生が西っ側でお嬢が東っ側、クオン嬢達が2人で北っ側に分かれました」
「あっ、それなんだけどね、フーリ君」
そういえば、とばかりにエレナが報告を訂正した。
「私の方は猪さん2体だけじゃなかったですわよ?」
「え?」
「何か大きな人形みたいなのが何体か突然現れて……」
「マジっすか?」
「ええ、全部丸焦げにしてあげましたけどね」
エッヘンと胸を張るエレナとは対照的に指先を顎に当てて、やや俯くフーリ。どうやら何か思案している最中のようだ。
「…おっかしいなー。確かにそんだけしか引っかからなかったはずなんすけど…アンタんとこもそうだったんだよな?」
「え?ああ、……そうだな」
「そっか…」
ぐっぐと目を瞑って唸った後にパッと顔を上げて一言。
「ま、全員無事だったんで問題ないでしょ」
晴れやかな笑顔と共にそんなふざけたようなことを言うのであった。
「…まあ、エレナの方はそこまで問題にもなっていなかったし、君もいつも通りだったからいいだろうけど……。次はクオンとナユタの方だね」
ため息を一つついた七星の次の聴取先はいよいよナユタとクオンだ。
「えっと、私たちは風利さん達と分かれてから、もう一度二手に分かれて……」
「あっ、その辺りは大丈夫だよ。問題は2人とも連絡がつかなくなった後の話だ」
報告を始めたクオンの言を遮る。
クオンに全部任せてしまっても大丈夫なのかと考えていたナユタもここでは口を出さないことにした。
何か補足が必要そうならその都度発言すればいい。
「あっ、はい。まず連絡がつかなくなった理由なんですが…」
クオンはナユタが湖に落ちたこと、それを助けに自分も飛び込んだこと、その時に通信機が水にやられて壊れてしまったことを報告した。
「…あれは一応貴重品だからあまり壊さないようにしてもらえると助かるかな」
「すいません」
「すいません」
普通に怒られてしまったナユタとクオンは心から反省した。
「それで、その後は……」
クオンの顔から急速に色が落ちていくのが分かった。
先の戦闘はそれだけ彼女の心に影響を及ぼしているのだろう。
ここからはナユタの出番かもしれない。
「えっと、その後は何て言えばいいんですかね?小さい女の子が現れて、その少女との戦闘になりました」
打順が回ってきたと判断したナユタは自身の口から説明する。
その少女の外見や喋り方の特徴、そして分かりうる能力と思われるものまで全て。
「なーるほど、だから小生の索敵通りにいかなかったわけね。よーし、小生の責任じゃないと分かれば何でもいいや」
こういったふざけたようなことしか言わない人間とは基本的に関わりを持たないことが得策だ。
ナユタは誰かに心の中でそう注意を呼びかけた。
「……名前は?」
「はい?」
「その少女は名乗ったりはしなかったのかい?」
ナユタは知らない。少女の素性など何一つ知らない。
だからどうして自分たちが狙われたのかが分からない。
「名前は……」
クオンが口を開く。
その動きは恐ろしく緩慢で、力なく、震えた様子で、それは彼女の全身に波及していて。
それでも恐る恐る動いた口はその名を告げる。
「熾天使と、そう名乗っていました」
ナユタはその様子をただ横目で見ることしかできない。
見た上で、
(クオンはもうダメかもしれない)
そう思うほど彼女は彼女を失っていた。
「……分かったよ。それが聞ければ十分だ」
ふぅっと一息吐く。しかし、その時の彼はいつものような調子には到底見えなかった。
何か重大なことをわざと、言うべきことをわざと隠しているような感覚がのしかかる。
「ありがとう。これで報告は終わりということにする。解散して大丈夫だよ」
これを最後と号令をかけた。いったいこの報告にどれだけの意味があったのか理解できている者が果たしてどれだけいただろうか。
「やったー、フーリ君早く出ましょう。ここは暑くて仕方ないですわ」
「はいはい、分かりましたよ」
さっさと出て行ってしまったエレナとフーリ。気づけばマシロもすでにこの場から去っていた。
「………」
「あっ、そうだ」
無言で出て行こうとしたカイセを無理やり引き止める。
「カイセ、申し訳ないけどもう少しすればまた客人が来る。またよろしく頼むよ…。それに今回は君たち2人もたぶん呼び出されることになると思うからそういう心持ちでよろしくね」
客人の応対を任せられたということなのかだろうか。
「…何でいっつも俺なんだ」
「他に任せろって?よく言うよ」
七星は心底面白そうにお腹を抱え…
「北部戦線の隊員でまともな人間なんて君しかいないじゃないか」
ただ一言そう言った。
「チッ……」
鋭い舌打ちが鳴り響く。後に残ったのは彼が出て行く足音と勢いよく閉められた扉の音だけだ。
「あ、じゃあ、俺も失礼します」
「うん、お疲れ様。まだ本調子では無さそうだし安静にしてきなよ」
「分かりました」
ペコリと頭を下げてナユタも他の後に続こうとする。
横で終始黙りこくっているクオンを置いてこの場を離れようとする。
閉められた扉に手をかけた。
「……あのっ」
突然の呼び止めにナユタは手を止めて振り返った。
震えるだけで動くことが出来なかった彼女が彼を見つめている。
まだ何に怯えているのか喉元で言葉が詰まっていた。
「後ででも結構なのですが……」
彼女は意を決したように力強く拳を握る。
震えていた唇をギュッと噛む。今の彼女は喉を震わせればそれでいい。
「どうしても話さなければいけないことがあります」
目は力強く、声は真っ直ぐに彼へと届く。
「……分かった」
それはもう彼女を諦めかけていた彼を、繋ぎ止めるには十分だった。




