第四章 三つ目の願い ~空空~ PART4
希望の丘。
仰々しい名前が付けられたその庭は、とある小学校の片隅に位置していた。
そこは広さが十畳程度しかない無いに関わらず、中央には大きな池が配置されているため、それ以外の部分は子供でも二人並んで通るには難しい程度の幅しかなかった。しかもその細い幅には無造作に生えた花や草木が並んでいるだけと言う、つまりは希望的要素を見つける方が難しい陳腐な存在であった。
そんな名前負け上等の庭の前に、一人の少女が立っていた。
少女は学校のことが嫌いだったが、何故かこの庭だけには心惹かれるものを感じており、休み時間や、他にもここに来る時間が無い時でも教室などからずっとこの場所を眺めていた。
もちろん、こんな庭を見ていて少女の心が安らぐ訳ではない。でも学校生活の大半をこの庭で過ごしたいと思うのは、きっと彼女の家庭環境がそうさせているのだろう。
少女がいつもの様に庭をぼんやり眺めていると、ふと後ろから人が近付いてい来る気配を彼女は感じた。子供に対して厳しすぎる規則が多いこの学校では、休み時間でも子供の元気の良い声が少なく、外に出て遊ぶ者も少ないために、それが誰かっと考えて思いつく選択肢も当然限られてくる。
「お嬢ちゃん、今日は何を見ているのだい?」
少女が聞き覚えのあるその声のする方に顔を向けると、そこには予想通り、見知った顔の老人が立っていた。
老人は少女と目が合うと、ニッコリと笑い返して彼女の横へと立った。
「おお、菜の花を見ていたのかい」
「なのはな?」
老人は覗き込むように目の前に咲く黄色い花へと顔を近付けた。
「ああ、このキレイな花は見ているだけでもこちらを喜ばせてくれるのだけれど、食べることだって出来るんだよ」
「え、花が食べられるの!?」
「ああ、そうとも。まぁ、ご飯がこれだけだとちょっと寂しいのだけれど、煮たりしてパスタに添えたりするんだ。そうだなぁ、アスパラガスと似ていると想像してもらってもいいかもしれない」
「げぇ……」
嫌いな野菜の名前を耳にした少女は露骨に嫌な顔をしたのだが、返ってそれが老人には愉快だったようである。彼は楽しそうに笑った。
すると、二人の会話が一段落するのを見計らっていたかのようなタイミングで、校舎から始業のチャイムが鳴り響いた。
校舎に顔を向けたものの、教室に戻るのを渋る少女の背中を老人は優しくポンッと押した。
「またいつでもここに来ればいいさ」
少女は不機嫌な顔を浮かべたまま、小さく頷いた。そして、小走りで校舎へと帰っていく背中に、老人はまた声を掛けた。
「またね、藤木さん」
少女は足をピタッと止め、振り返るなりその老人にべぇっと舌を出した。
少女は自分の名前のことを酷く嫌っており、予てから老人には呼ばないように言っていたが故の彼女の行動だったのだが、その視線の先では老人がまた楽しそうに笑っているのだった。
少女にとってはいつもの通りの退屈な日常は流れ、昼休みを迎えようかと言う時間になった。その日給食当番だった彼女は白いエプロンに身を包み、食器を運ぶために他の生徒と共に廊下を歩いていた。
給食室へと向かう途中、少女はまた例の老人を見かけた。
老人とすれ違おうかという際、担任の教師が彼へとやけに深々と頭を下げた。彼はいつもニコニコした表情で、校舎やその周りを歩いてばかりいるだけかと思いきや、週一回は体育館に生徒を集めて長々と話をするし、他の先生はやけに彼に対して気を使うようだしで、結局のところはその正体が分からない変なおじいちゃんだなっと、少女は彼のことをいつも不思議に感じていたのだった。
少女がぼんやりと二人の様子を見ていると、不意に彼女の目が担任に軽い会釈を返す老人の目と交わった。
少女はマスクをしていたし、頭も給食帽で覆っていたので顔の大部分は隠れていたから、きっと老人はそれが自分だとは分からないだろうなと思っていたのに、彼がいつもの優しい目線を送ってくれたものだから、彼女は思わず目を伏せてしまった。
しかし、老人はそれを特に気に掛けることもなく、彼女の横をすっと通り過ぎて行った。
気を悪くさせてしまっただろうか……。
老人の背中を目で追いながら、少女もクラスの列に従い給食室へと入っていった。




