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聖女もどきと模造勇者  作者: 岡本
第一章 狩人の村
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08話 『ルキエル火山横地下基地』

「ずいぶん慎重に迷彩してあるわねえ、だけど温度が違う」


「今ならわかるよ、リュミエラさん。

俺もこの辺から出てきたんだ」


 わずかな硫黄臭が漂い、熱に耐性を持つ低木がまばらに生えた岩山の中腹に、サンカントの言う“基地”はあった。

もうしばらく登って峠を越えた先には、リュミエラの愛するルキエル火山の威容がそびえるが今は関係ない。

二人の足元に、縦真っ二つに切り裂かれたソリオンが転がっている。

それをやったのはリュミエラの持つ、刃渡りせいぜい三フィート強にもかかわらず幅が二フィート近くもある、やや膨らんだ三角形……あるいは歪なハート型にも見える異形の刃だ。

二股に分かれた太めの持ち手には、高熱に耐える赤黒い革が硬く巻きつけてある。

これこそがリュミエラ本来の武器、“牙”だ。

正体は、二十年程前に当時の団長である父ロドリグに率いられたルクスコリ聖堂騎士団が成した、レッド・ドラゴン“大牙”討伐の報酬兼記念品としてロドリグが受け取ったもの。

ロドリグはドラゴン討伐の証として最も有名で、あらゆる防具や魔法増幅器に適した喉の大鱗を他のメンバーに譲り、かの老レッド・ドラゴンの代名詞であった左上の牙、異様に鋭く発達した一本を選んだ。

ロドリグ家の一人娘であるリュミエラは、十六歳で成人の儀式と戦士の洗礼を受けた際にそれを継いで、専用の武器として使っている。

特殊発達したそれを使用した竜牙剣(ドラゴンキラー)の力強さは、通常の歯を砥いで刃とする竜歯剣(ドラゴンダガー)や、爪の先を使う竜爪剣(ドラゴンソード)の比ではない。

リュミエラは“牙”を再び振るい、基地の排気口兼非常口となっているらしいカモフラージュ扉を切り裂いた。


「サンカント、水と薬と非常食は持った?」


「大丈夫だぜ、埋めてきた荷物はちょっと心配だけど」


「それは今気にしても仕方ないよね、行きましょ」


 夕暮れ時の岩場に、全ての機能を停止し、人工体液を滴らせる黒甲冑の残骸が残された。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「追加の侵入者反応がありました、いかがいたしますか?

なお、本施設の防衛機構は万全ではありません。」


「研究記録を全て物理抹消の後、侵入者データを送れ。

050の情報もカピテーヌより回収済みであるが、実際のところ現段階で奴の確保は厳しい」


「では、本施設は停止させるという事でよろしいのですね」


「仕方がなかろう」


「了解いたしました。

それでは私の戦闘データをこれからのためにお役立てください」


「お前は戻らんのか」


「私は二度は逃げません。

それが“勇者”であると私に思考させたのは貴方です」


「……そうか」


「活動限界まで情報転送魔法回路を開いておきます。

リアルタイム戦闘情報をお楽しみください」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 僅かな駆動音を発しつつ、偵察ソリオンが白く滑らかな魔法建材の地下通路を巡回する。

現在ルキエル地下研究所に配置されているソリオンは、全てただ一人の管理統率下に置かれており、自由個体は一体も居ない。

それは非常事態であることを示している。

偵察ソリオンは斜め上方からの大太鼓じみた振動音を感知し、左手首の燃料式魔法銃を展開した。

直後、轟音と共に天井が粉砕され、侵入者がふてぶてしく現れる。

偵察ソリオンは瓦礫に飲み込まれもがいた。

生き埋めにされたそれの真上に降り立ったのは、金色の虹彩と滑らかな浅黒い肌を持つ上半身裸の少年だ。

煌く不可思議な力を纏った足に踏み潰された偵察ソリオンは、鎧と肉が歪み潰れる不快な音を立てて絶命!

少し遅れて、分厚いフードマントに身を包み、ぼんやりと光る人影がふわりと降り立った。


「ううん……どっちが正解かなあ?

リュミエラさん、わかる? 俺はわかんない……」


 凶暴な笑みを浮かべたサンカントがソリオンを念入りに踏み砕きつつ、地下通路を見回す。

秘密研究施設というだけはあり、迷路のように通路が延びており非常にわかりにくい。

サンカントが持つオンジエムのあやふやな構造記憶は、むしろ客観的マッピングの邪魔になっているようにすら感じられた。

土煙を避けるため深く被っていたフードを外したリュミエラが困ったように呟く。


「ソリオンっぽくない反応はまだないわね。

なんだろ……ま、近いソリオンから倒そっか、っと」


 言うが早いか、リュミエラがマントをはためかせて軽快に跳んだ。

壁を踏み、半ば空を飛んで曲がり角に飛び込む。

現れたのはソリオン三体!

リュミエラは“偽りの(False)聖女(Saint)”の発光能力を使わず、そのまま“牙”を振りかぶった。

ソリオンにフラッシュバンの効果が薄いのは確認済みなのだ。


「BANG! BANG! BANG!」


 三体の黒甲冑が駆動音をハーモナイズさせ、同時に左腕から射撃する。

リュミエラは特に慌てるでもなく、両刃が強力に風を増幅する“牙”の補助を受けて、最も簡易な風属性魔法である強力な突風を空中で放つ。

最上級の風元素増幅器といって過言でない竜牙剣(ドラゴンキラー)をもってしても、四元素属性魔法にまるで適性の無いリュミエラでは、元素の単純操作が精一杯だ。

しかし、この場面ではそれで十分である。

逆噴射による緊急空中停止で魔法銃三連射を回避したリュミエラは、スパイクブーツで天井を蹴って立体移動し、二体のソリオンを切り刻んだ。

難を逃れた残りの一体が、僅かに隙を見せたリュミエラに右掌から射出するように展開したエストックを突き刺そうとする。


「ハッハァー!」


 そこに割り込んできたのはサンカントだ。

鏡のように煌く“(ひだる)”の、神聖武器の力がソリオンのエストックを素手で振動粉砕!

体勢を崩したソリオンに、サンカントは驚異的重量が乗った直突きを叩き込む。

胸部(コア)を破壊されたソリオンは薄青い人工体液を撒き散らして即死した。


「あら、ありがとね」


 小さく微笑んだリュミエラが通路の奥に向き直り、左手の指から五つの小さな収束光を放つ。

少し遅れて規則正しい機械的足音が響き、新たに五体のソリオンが現れた。

薄い緑の光点がソリオン達それぞれの胸部を照らす。

ジジジジジ、同時駆動音と共に整列したソリオンの五本の左腕がリュミエラへと向けられる。

だが、リュミエラは既に攻撃を終えていた。

五体のソリオンが同じ場所から同時に煙を噴いて同時に崩れ落ちる。

動かない。

胸部を照らしていた収束光の出力が一気に上昇し、五つの(コア)を貫通、焼却したのだ。

物理攻撃が魔力攻撃に対して持つ、唯一かつ最大のアドバンテージである伝達速度。

中でもリュミエラの固有形質である“偽りの(False)聖女(Saint)”が放つ収束熱光線、それはまさに光の一撃だ。

照準を当て、固有形質でチャージし、波長を調整して照射という複数のステップを踏むため厳密には光速と同一ではないが、一度放たれてしまえば照準が当たっている部位は絶対に回避できない。

なにしろ、見えるより先に攻撃が届いている!

周囲に移動する気配がないことを確認したリュミエラは、体力節約のためフードマントをはためかせて排熱を開始した。

熱気が立ち込める。


「熱っつ、リュミエラさん、今熱光線撃ってて大丈夫なの?」


「今回はだいぶ力溜めてきてるし、さっきのも出力落としてるから平気よ。

ケチって傷ついても本末転倒だもの」


「うん、まあ……」


「それに、ここの管理者を殺すのはサンカントなんでしょう。

ならあたしは、あんたをそいつのところまで届けるわ」


「わ、わかったぜ」


「んー……そろそろまた床破ろうか、サンカント」


「おっしゃー!」


 サンカントが金色の虹彩を輝かせ、白い床を力強く殴りつけた。

床が轟音と共にひび割れ、浅いクレーターができて混凝土に近い建材が抉れる。

更にもう一発。

放射状に皹が走る。

最後に、力強く踏み締めて飛び離れると見事に床が抜けた。

地下施設に侵入したはいいが、地下一階の時点で迷った二人は、適当にソリオンを倒しながら床をぶち抜いて進攻しているのだ。

そうして地下五階まできた今となっては床砕きも慣れたもので、サンカントが破り、リュミエラが調べるという役割分担もスムーズであった。


「え、何だよこれ」


 地下六階にリュミエラより先に降り立ったサンカントが、困惑の声を発した。

そこは、倉庫風のやや広い部屋、だったのだが。


「どうしたのサンカ……はあ?」


 続いて降下してきたリュミエラも同様に驚く。

なにやら機材めいたものや机が薙ぎ倒されている。

最も重大な異変は、破壊されたソリオンが転がっているという事だ。

単なる廃棄物ではないという証拠に、ソリオンの死体の鮮度があった。

いまだ人工体液が漏れているものさえあるのだ。

二人がソリオン達に付けられた傷を見る限り、破壊者はかなりの切れ味の刃物、サンカントほどではないが重い打撃、そして四元素によらない攻撃魔法を所持していると思われた。

リュミエラが顔をしかめ、呟く。


「可能性が高いのは、ルクスコリ聖堂騎士団破壊工作員……けど、あたし達が村を発ってから二日しか経過してない。

仮に飛行魔法に秀でていて、あたしたちを追い越したとしても、地下にあるものをそんなスピードで見つけられるかしら。

いや、それより聖堂騎士団の人がファルギに来て村長や父さんに会わないなんて事ある?」


 ぶつぶつ言いながら、リュミエラはサンカントに待機を指示した後に部屋を一通り見直し、扉を開け、通路にも全く人気がないことを確認した。

大きく溜め息をつき、九体ものソリオンの死体が散乱している部屋へと取って返す。

薄青い人工体液の影響か、あるいは生体部品そのものに特殊な防腐剤でも使われているのか、ソリオンから腐臭がしていないのが幸いだ。

立ったまま考え事をしていたサンカントが、戻ってきたリュミエラの方を向き口を開いた。


「なあリュミエラさん、俺さ、聖堂騎士団工作員の人達って首都から直に火山地帯に来た気がする」


「それって、父さんと村長が連絡入れて即出撃したって事?

いくらなんでも聖堂騎士団の精鋭がそんなにフットワーク軽いかな。

改造兵士とかそりゃ怪しいのは怪しいけど、物凄く強くはないし、被害も怪我少しと民家数軒よ?」


「確かに、そう言われたらなんも返せねえ、としか……ううう、わからん!」


「うーん……あたしもサンカントも頭脳労働は向いてない……とにかくソリオンが動いてるって事は、ここの管理者はまだ生きてるわけよね。

時間猶予なさそうだし、この階は飛ばして降りよっか。

何にしても、ここが洞窟やダンジョンみたくでたらめに伸びてない、ちゃんとした建物で助かったわ。

ぶち抜けば必ず下に降りられるし」


「迷路にはなってるけどな。

よっし、いくぞお!」


 気合を入れたサンカントが床を叩き崩して飛び降りる。

リュミエラも熱索敵をしつつそれに続く。


「む、やっぱりここの通路もソリオンの反応は……なによ、この音」


 リュミエラは険しい表情で辺りを見回した。

通常の生物には見ることのできない光の点が壁や床、通路の闇の先を這い回る。

近くに動く体温の反応は無い。

それは確かである。

キィンキィンキィン、渋い顔のサンカントが強化肉体を覆う防御膜を更新した。


「ヤバいぜリュミエラさん」


 壁、あるいは折れ曲がった通路をいくつか隔てた先から感じられるのは、生体活動の熱ではない、闘いの炎と破壊の音。

それも、少数ではない。

少なくとも、サンカントの鋭敏な耳には最低でも十以上の別々の破壊音が聞き取れた。


「サンカント、(ひだる)の防御膜をあたしに貼ることはできる?」


「だからあれはゆうし……いいや、付与か、できなくはないけど」


「けど?」


「長持ちしないぞ、あれは俺の力で防御力を保ってるから、俺の体から剥がれて少しすると割れちゃう」


「十分よ、壁を破って最短距離で戦闘現場まで突っ込むわ。

防御膜は乱入の一瞬、互いに敵味方を識別できる間、あたし達がソリオンを潰す間だけもてばいい。

……もしも、侵入者が聖堂騎士団員じゃなくてさ、仲間割れかなんかで両方とも敵なら、その時は」


「どうすんの」


「決まってるでしょ、諦めて逃げるのよ。

あと、バイザーがずれてるわ」


 リュミエラはサンカントの頭に手を回し、今までずっと上げられていた流線形の耐熱色眼鏡を下ろし、しっかりと固定した。

金色の虹彩がやや鏡じみた曲線の一枚板に隠される。

サンカントはこれを、というよりも防具そのものを装着するのを好まないが、リュミエラの発する閃光から視界を守るには必要なものだ。

特に今はリュミエラが“牙”を持って前に出るため、この先に予定されている乱戦のことも含め、つけておいてもらわなくては困る。

互いに点検し合い、色眼鏡以外にも不備がないことを確かめた二人は破壊の予感を胸に駆けだした。


怪人図鑑そのさん


〔ソリオン・コマンド『カピテーヌ』〕

量産型甲冑生物“ソリオン”の指揮官機体であるソリオン・コマンドのユニーク個体。女性型。

確固たる自我を持ち、その肉体には様々な特殊技術が詰め込まれているぞ。

ファルギ村の戦いで大破し逃走した。


・おおきさ

6フィート、650ポンド(鎧、外付け機構込み)


・装備

左腕内部にカスタム燃料式魔法銃。ZAPZAP!

肩部装甲に超硬合金スパイク。

核に元素魔法構成回路。

脚部と背面に強力クリスタル式ジェットパック。


・特殊魔法と能力

「燃料飛行」

「下位ソリオン視界リンク」

「ベルトラン怪人基本セット」


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