62話 『静けさ』
「……………………と、いうわけなんだが」
会議室の椅子に深く座ったエリクが、資料をめくりながら演説じみた説明を終えた。
聞き手は、二人で一つのファイルをなんとも表現しがたい顔で眺めている。
「現場の話かと思えば、なんですかこれ」
分厚いファイルを左手の鉤爪でつまみあげたリュミエラが溜め息をつく。
サンカントは、流線型のバイザーの下の瞳をエリクではなくリュミエラに向けた。
いずれも直属の上司にとるような態度ではないが、ある意味やむなし。
なにしろ……
「何、と言われても偽りの聖女の補助強化装置としか。
ドラゴン狩りの時に、放物面反射器を使っただろ、あれの改善版だ。
今回のものは僕とバスチアン氏だけでなく、手すきの機械技師にも協力してもらっている。
費用は心配要らんぞ、勇者法による現地人員登用者には、尉官以上の軍属者同様に固有形質最適化用装備の製造と支給に補助金が出る。
珍しく神殿付属研究所の連中も乗り気だしな」
エリクは二人の疑問など、まったく気にしていないかのようだ。
それどころか、一般的な意味で楽しい話をするときよりよほどにこにこしている。
一部の特殊装備品に補助制度が存在すること自体はリュミエラも知っていたが、ラヴァ・ワーム革製の耐熱衣類に経費が出なかったために己が適用者だとは思っていなかった。
また、たった今説明を受けたファイルの中身にも問題がある。
「理解はしました、けど、専用にしては大きすぎません?
最適化装備って、隊長の変な鎧とか、ラザル少将の炸裂クロスボウとかああいうのじゃないんですか」
「なー、俺なんかバイザーつけろって言われてるのに、金くれないんだぜ隊長」
「何を言っている二人とも、補助金の支給に大きさは関係ないぞ、戦車や七十フィートの人形なんかを最適化装備にしている将官も居るし、条件は構造が特殊かどうかだ。
たとえばその耐熱服の特殊性は材質のみで構造は単なるレザー服なので対象外。
材料も申請対象に含めると審査のきりがないし金もかかる」
「それはそうかもしれないけど何か納得が……じゃない! 隊長、そうじゃない、大きさとかも一応疑問だけど違う!
ファイル内の解説と設計図見る限りこれ設置型ですよね、あたしが乗り込んでパワーチャージして機械照準で撃つ、と。
定住者でもないあたしに依存したシステムは微妙じゃないですか、監禁はもっと嫌だけど」
構造図のページを開き、指差すリュミエラ。
低めの望楼のような土台の天辺に球形のオブジェクトが接続されたメインの周りを、風車にも似た中型の柱つき放物面反射器が囲んでいる。
さらにその隣にもう一本の塔、空中に浮遊する鏡じみた照準兼中継機。
対空と長距離狙撃を行える変則型のマジカルキャノン、あるいはレーザー砲の一種か?
親交ある上級水晶集めで鍛冶蟲族技術者のバスチアンにでも聞けば、もっと詳しくわかるのだろうが。
「いや、“リュミエラさんの”最適化装備は放物面反射器と、照射ユニットの一部だけだ。
さっき説明しただろう、小型管制塔と魔力砲台自体は新型対空砲塔でしかない。
聖堂騎士団本部と工作部の間に建造中のこの一本のみ、通常の照射ユニットと偽りの聖女用の光炉砲を任意に入れ替え可能にしてある。
つまりだ、リュミエラさんが居なくても普通の砲塔として動くわけ」
「なるほど、それなら別に、あれ? なら隊長、時々そこで働いてくれってだけでいいのに契約がどうこうとかの話は一体」
「ああ、それはだな、話せば長くなるのだが簡潔に、あれだ、すると……」
言いよどんだエリクの口元が気まずそうに歪む。
らしくない雰囲気に、リュミエラとサンカントは顔を見合わせて首をひねった。
しばし後。
「なんだろ、悩んだのが馬鹿みたいだわ、先走って造り始めたけどあたしのサインがないと会計処理に支障が出るとか、最初からそう言ってくださいよ隊長。
ええ、ええ、別に構いませんよ、別にルクスで働くのや対シュバルドへの参加が嫌なわけではないですし」
「俺、リュミエラ、さんが、閉じ込められるのかと思って泣きそうだった」
「うむ……まあ、その、すまん。
それと、公開情報の範囲の現在の状況と、戦時中の現地登用戦闘員の扱いについてはそっちの資料を持ち帰って確認してくれ。
マリエットからも聞いているだろうが、一応な。
ところで、クロマクはこのまま工作部運用で特に必要な時のみ動かす方向で良いのか」
「大丈夫だと思います、戻ってから何度か感情リンクした感じ、かなりここ気に入ってるみたいですし。
後は、その、ファルギ村ならともかくルクスだと駐機する場所とか、検問とか面倒で。
燃費の方はドレイク時代よりましになったみたいですが、それでもねー。
あ、竜牙剣は回収しておきます、戦闘可能性が高いならセキュリティ怪しくても手元にあった方が良さそうなので」
近代化の暗部と言えなくもない最終処分場の、伝説の地獄にも劣らぬ豊富な瘴気を吸収し続けたクロマクは大型化し、オーラ紋も以前よりドラゴンに近づいている。
引き取りたいのは山々だが、リュミエラの個人収入では首都に“かれ”のスペースを確保する事が難しかった。
加えて足元に潜ませるにしても上空で待機させるにしても、管制中の今はよけいな問題が起こりかねない。
移動中に精神的外傷を負ったらしい工作部隊員ノエや、騒々しくなった聖堂騎士団駐車場に停まり続けなければならぬクロマクには悪いが、現状維持が最良であろう。
「ならばその方向で処理しておこう。
勤務日程が決まったらマリエットか僕から連絡を入れるから、それまではリハビリなり休暇なりを楽しんでくれ。
今日は解散で、うむ、こっちも久々にまともに眠れるな」
「忙しいとこお疲れ様です……色々ありがと隊長、んじゃ近日中に」
「おつかれさまでしたー」
「おう」
資料を畳み、椅子を整えたエリクが会議室から足早に退出してゆく。
彼は実際、極めて多忙なのであるが、今回に限っては急ぐ原因が違った。
努力して空けた午後を、どうにかして娯楽と睡眠に割り振りたいのだ。
“勇者”は戦闘行動もかくやというほど気配を消しつ、廊下を曲がって消えた。
副隊長マリエット、あるいは聖堂騎士団本部の重鎮などに呼び止められず帰宅できるかどうかは五分五分といったところか。
リュミエラは生暖かい目で上司を見送った。
「あたし達も久々に帰って休もうか」
「うん、あ、でもリュミエラさん上級水晶集めの巡回当番があるんじゃ」
「明々後日からね。それより家、すぐ使えるかな?
副隊長が昨日清掃業者入れてくれてたみたいだけど、水とか寝具とか……」
「平気だろ、食糧は買わねえとだけど」
「んー」
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薄暮の首都ルクス郊外を、一台のクリスタル燃料式乗合車が行く。
元々利用者が多い路線というわけではないが、にしても空席だらけだ。
それも仕方のないことだろう。
ルクスコリ共和国全域を空爆や襲撃のニュースが正誤混ざり合って飛び交っているため、どうしても仕事で移動する必要がある場合を除き、家に篭っている住民が殆どなのだから。
しかし、現在進行形で道が破壊されたり、戦闘が起こっているのでもない限り公共交通機関が休むことはない。
難儀な職業である。
「お降りのお客様は運転者にお知らせくださぁい、次の停留所は…………」
「降ります降ります」
「ありがとございましたー……?」
停車の瞬間、大きな袋を担いだ二人組みがドアから降りる。
運賃と降車を確認した運転手は、安堵の溜め息をつくと勢いよく乗合車を発進させた。
彼は内心、不安で不安で仕方がなかったのだ。
片方は赤黒いフードローブを着込んで顔も体型も不明、もう片方は日が暮れているというのに濃い色のバイザーをつけて素肌にジャケットを羽織った凶暴そうな外見。
身の危険を感じた運転手に罪はない。
「やっと休めるけど、なんかさあ、市場も活気ねえし、運ちゃんもおどおどしてるし」
「ベルトラン案件とかじゃなく、普通に戦争みたいだしね。あんまり実感ないけど」
怪しい二人組みはもちろん、ようやく各種の手続きから解放されたリュミエラとサンカントだ。
大荷物は単に食糧をはじめとする購入物であり、新顔の運転手が妄想していた非合法なものではない。(もっとも、二人の肉体や竜牙剣は、大抵の兵器や魔法武器と比較して遥かに危険だ)
ともあれ、操られたサンカント経由で拉致され、紆余曲折あって脱出した二人がプライベートなねぐらに戻るのは二十数日ぶり。
検査やら事後処理の関係で聖堂騎士団工作部に直接向かったため、帰宅が遅れたのだ。
やるべきことも謎も山積みで、口を開けば問題ばかりが出てくるが、休暇は休暇。
足取りは軽く、瞬きはじめた星を眺める余裕もあった。
「なーリュミエラ、さん、怪人、つうかベルトラン達は何を目指してるんだろ。
先代さんも俺の中のサンキエムも知らないみたいだし、“それ”も」
「さあね、考えても無駄じゃない?
あんたは力と記憶を取り戻すために戦う、あたしはあたし自身のけじめと、あたしの好きな人たちの敵を倒すために戦う。
軍や隊長たちは国を守ったり広げたりするために戦う。
ベルトランだって、魔国の、シュバルドの連中だって戦う意味があるから戦ってるんでしょ、要は勝てばいいのよ」
「……うん。にしても、静かだぜ」
「いいことじゃない」
「そだな、へへ、家、見えてきた。楽しみだ」
「夕食が?」
「えと、うん?」
「ふふふ」
「なんだよー」
ひとしきり笑い合ったリュミエラとサンカントは、荷物で両手が塞がっている事を互いに思い出した。




