50話 『魂に潜む』
「まだ強度が足らんか!」
腕から生やした黒い刃で、リュミエラの鉤爪を逸らしたエリクが叫ぶ。
地元素の塊である剛性物質が飴のようにねじ曲がり、防具の一部が消滅している。
少し遅れ、バチバチと空気が熱で爆ぜる音。
焦げた腕を“勇者”の力で素早く修復したエリクは、追撃を遮るように切り離した刃を投げつけ、後退した。
だが、当たっていない。
リュミエラ側もエリクの反撃を警戒して飛び退いていたのだ。
重い音を立てて地面に刺さった刃は魔力崩壊を起こし消滅。
二者の間はおよそ四十フィート。
遠距離というには近く、近接格闘を考えるなら少し遠い。
夕日を背にしたエリクは、普段の模擬戦よりだいぶ気合の入った対戦相手をじっと観察した。
何者か? それはよくわかっている。なにしろ、“勇者”としての彼自身の部下なのだから。
先代聖堂騎士団長ロドリグ・ド・サン=ウラガンの娘、リュミエラ・ド・サン=ウラガン。身長五フィート九インチ、体重百五十ポンド、二十一歳。
鍛え上げられたしなやかで強靭な肉体と、攻撃的な固有形質により恐るべき戦闘能力を発揮する上級水晶集めだ。
鋭い美貌、稚拙な自己治癒により残されたいくつかの古傷が走る白い肌、少々荒れてはいるが美しいシルバーブロンド、光を吸い込む漆黒の虹彩は見るものに強烈な印象を残す。
特徴のうちいくつかが“光の聖女”と酷似しており、中央神殿の長カルヴェによって付けられた“偽りの聖女”という通称を持つ。
そして…………
「シュー……どうしたの、隊長? 変な顔」
「いや、リュミエラさんとまともに戦うのも久しぶりかなと」
「隊長と訓練用剣以外でやるのは初対面の時以来だし、えーと、二年」
「ふむ、だが僕は負けんぞ」
「何がだが、なんだか。いつもあたしを虐めてるくせに」
「人聞きの悪い言い方をするんじゃない、それに勝敗は鍛錬の差だろう」
「そりゃ十歳以上違うんだからさ。けど、この条件ならいけるかもね?」
シャキン! リュミエラが挑発的に左腕を振り、三インチ以上もある鉤爪から薄紅色のオーラを発した。
眉を顰めたエリクは対策を魂の同居人ツチヤと練りながら、再び腕に元素の刃を生成した。
レッド・ドラゴン“大牙”の竜爪剣と融合し、真紅の鱗に包まれているリュミエラの左腕は確かに高威力の武器だ。
だが、エリクは知っている。
リュミエラを相手するに際し最も厄介なのは、古竜の爪牙でも、聖堂騎士団式剣術でも、故郷ファルギ村由来の体術でもなく、彼女自身の魂だと。
光と熱を発する偽りの聖女の真髄、純粋なエネルギーの力。
それは“勇者”の異常生命力と体力、“聖女”の高速治癒と魔力操作、「怪人」の非合法強化ボディなどと比較しても決して見劣りしない。
光熱への絶対的な免疫と、操る才覚……そして、陽光をパワーソースとして身体能力を増幅する肉体。
副産物として発生する異常高温も危険だ。やる気を出したリュミエラを相手にすると機能不全を起こす武器や魔法が複数存在する。
だが、それでも、エリクは部下に負ける気はさらさらなかった。
“勇者”は強くあらねばならぬ。
生成した地元素刃が鳴動し、配列がより熱に強く変質してゆく。
いつの間にか、エリク達が来る前に練武場を使っていた工作部隊員が姿を消していた。
巻き込まれると実際、命が危険だからだ。
残った二人の観客、ジョゼとサンカントは楽しみ半分、面倒半分といった表情で勝負を眺めている。
「……さて」
濃密な地の元素に包まれた六フィートの身体が歓喜に鳴動した。
一応は非殺傷かつ恨みっこ無しという建前の模擬戦ではあるが、各々拘りはある。
肉弾戦ならばルクスコリ共和国最強。それが、“勇者”。
もちろん、光の化身はそうは思っていない!
「あたしの光! あたしの温度! あたしの波動! あたしの力!!!」
空に吼えるリュミエラの肉が眩い光を放ち、一瞬の後に収束。
爆発的に体温と身体能力が上昇して陽炎と熱風が立ち上る。
ザリ、溶岩の海を泳ぐというラヴァ・ワームの革と牙で作られたブーツが、聖堂騎士団工作部練武場の地面にめり込んだ。
あまりの高温に被っているヘルムが燃え上がり、崩れ落ちた。
右手に(一応)構えていた訓練用刃引き剣はすでに原形をとどめていない。
リュミエラは肩をすくめ、剣の残骸を投げ捨てた。
エリクが黒銀色の刃を振りかざし、跳ねた。驚異的速度!
「ハーッ!」
強烈な放射熱で輪郭をゆらめかせるリュミエラの至近距離は、通常のヒト族なら一呼吸で危険な温度だが、攻撃を当てるには寄る他ない。
幸い、エリクは耐えられる。
空中に生成した仮想足場を蹴って背後に回りこみ、位置の力も借りて耐熱最適化した刃を振り下ろす。
だが、リュミエラは滑るように振り向き、鉤爪を突き出して刃を摘み取った。
爪と刃の間に火花が散り、岩が溶けそうなほどの熱量を持つリュミエラの領域で急停止するはめになったエリクの表情が歪む。
リュミエラは掴んだエリクの腕を焼き焦がしながら、地面に叩き付けた。
不満そうだ。
「隊長! 手加減は嫌!」
SMAAAAAAAAASH!!
高加速度で投げ落とされたエリクがバウンドし、十数フィートも跳ね上がる!
しかし彼は笑っていた。別に手加減などはしていないし、負ける気も無い。
リュミエラの背後に、それを降り立たせることに成功していたからだ。
それは範囲破壊魔法でもないし、殺傷専門でもないし、金銭の消費もない。
つまりこの模擬戦において禁止されていない。
「はは、っ痛て、さあ行け!」
空中で体勢を立て直し、注意深く様子を伺う。
エリクを見上げる形になったリュミエラはいつでも動ける体勢のまま停止した。
決して動揺しているわけではなく、周囲の光学反射情報を収集中なのだ。解析は本能で行われる。
「ん!?」
直後リュミエラは、前に跳んだ。
すぐ後ろを土色の人型が振るう黒い棍棒が通過! わずかでも反応が遅れていたならば負傷は免れなかっただろう!
回避され、地面に叩き付けられた棍棒は持ち手の人型ごと地面と同化し、直後足場じみて円柱形に盛り上がった。
その上にタン、と軽い音を立てながらエリクが着地する。
遅れて円柱に顔が浮き上がった。謎の男。会話している。
地面を焼き崩しながら振り向いたリュミエラが一瞬怪訝そうな顔を浮かべ、首をひねり、一人で納得した。
「調子はどうだツチヤさん」
「悪くない。が、内臓が無いのは少々気持ち悪いぜ。にしても今更だが意思とは、魂とは、肉とは何ぞや、って感じだな」
「諦めろ」
「あーあー……って外に出られるなんて初めて知りましたよ隊長!
ツチヤさんありって並列思考の話のつもりだったのに、これだと物理的に二対一じゃないすか!」
「そりゃ、実際に分離するのは今日が初めてだから。
ちなみに完全に情報を移してはいないし、素体にも大して金かかってないから破壊されても大丈夫だ。大丈夫なはず。
で、続ける? それともやめるか?」
「冗談、怪我もしてないのに降参とかしませんよ、じゃ改めて壊し」
リュミエラの全身の煌きが強くなり、鱗と爪の放つオーラ紋が濃厚になる。
ほぼ同時、エリクの体表と分身ツチヤから鋼の棘が伸び広がり、残虐鎧を形成。
物理的精神的両方の意味でヒートアップする練武場……だが、突如として終焉を迎えた。
まず最初に、巻き上げられたボルトのごとく今にも飛び掛ろうとしていたリュミエラの発光が収まり、周囲の温度が戻ってゆく。
じりじりと後退する彼女の表情筋は引き攣っている。
僅かに遅れて分身ツチヤが崩れて消えた。察して逃げたのだろう。
エリクは動かない。いや、動けない。
凍りつくような思念が背後から流れてくる。
炎の戦士であるその女の魔力が冷たいはずはないのだが、実際にそう感じたのだから仕方がない。
「随分暇そうですね、隊長。いいえ、気分転換でもしないことには発狂を免れぬカオティック状況であること自体は否定しませんが」
「う、うむ、その通りだ。よくわかっているじゃないか」
十年来聞き慣れた声は、随分と刺々しかった。
エリクとて過剰労働のさなかであり、普通なら嫌味を言われる筋合いなどないのだが、相手が悪い。
一種の相談役となっていた先代の工作部隊長が完全に引退し、さらには本来の長であるエリクが“勇者”化して首都ルクスを空けることが増えて、実質的に聖堂騎士団工作部のトップに押し上げられたマリエットの仕事量は明らかに異常だ。
ルクスコリ共和国軍関連の再編が行われてまだ数年しか経っておらず、連絡系統や派閥がこなれていないことも忙しさを後押ししている。
ともかく、同僚が帰還するタイミングを読み誤ったエリクの負けだ。
彼は魂の同居人と協力して必死に言い訳を考えつつ、マリエットを刺激しないようそろそろと戦闘体勢を解きはじめた。
視線の先ではジョゼが首を横に振っている。助け舟を出す気はなさそうだ。
その後ろに困ったような顔のサンカントと、いつものフードマントを引っ被って小さくなっているリュミエラ。
この様子では、振り向くことすらも悪手か。
ゆっくりとした威圧的な足音が聞こえる。
「隊長、このクソ忙しい最中に掃除の手間を増やしたのはどちら様」
「…………提案したのと地面の隆起は僕で、溶け凹んでいる部分はリュミエラ」
「正直なのは、まあ美徳か」
「見てたなら聞くなよマリエッ……あ」
おもむろにエリクの肩に手を乗せたマリエットが、鎖骨の隙間に指をねじ込んだ。
リュミエラは、責任云々よりも主に間の悪さを原因とする言い争いをバックミュージックにして、練武場の整地と掃除を始めた。
結局、後片付けとマリエットの機嫌の回復に日没過ぎまでを要し、会議室での情報交換が終わったときには夜半過ぎであった。
もちろん翌日の日程も詰まっている。
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三日後、深夜。
リュミエラとサンカントが住む貸家の台所には、もうもうと煙が立ち込めていた。
……ただし、別に火事ではないし、リュミエラの愛する樹脂葉巻でもない。
二人(もちろん正気だ)が緊張した面持ちである一点を睨んでいる。
「もういいだろリュミエラさん、な、な、な?」
「あんたはいいかもだけど、あたしがまだ」
「う゛ー、火力もっと上げようぜ、火力」
「ダメ」
コンロの上に乗せられた鉄板の上でバチバチ、ジュウジュウと油煙を上げているのは、たっぷりと香辛料が擦り込まれた上質な肉塊。
七十ポンドはある骨付きのバラ肉は本来数十人ほどで食べるようなものだが、改造生物ならではの消化力を持つサンカントには関係ない。
ついでにリュミエラも日々の消費カロリーが非常に高く、健啖家な方だ。
もっとも、嚥下したそばからパワーソースに変えてしまう怪人少年と比較すると誤差程度だが。
肉は下からコンロの火、上からはリュミエラの偽りの聖女による絶妙な火力調整でじわじわと炙られていた。
普段は比較的節約している二人が、水晶集めとしての狩りで入手した以外の肉を自宅で摂取するのはかなり珍しい。
それもそのはず、これは貰い物だ。
ここのところ本来の業務外で聖堂騎士団工作部に捕まり続けていた二人に、マリエットとエリクから個人的な臨時ボーナスが出たのである……現物と金銭半々で。
特に資金繰りに困っていない上に普段かなり身勝手な行動をとっている自覚があるリュミエラからすれば、特に物納に対して怒る理由もない。
そうして、ファルギ村の両親(身寄りの全く無いサンカントからすると師匠でもある)に金銭部分を仕送りし、高級肉を美味しく食べるための鉄板と香辛料を市場で購入してきて今に至るというわけだ。
リュミエラの瞳は肉の焼け具合を温度レベルで監視している。失敗などするわけがない。
「なあ! なあリュミエラさん!」
「もう少し、あと……」
「フーッ! フーッ!」
しばらく後。
「うん、美味しい」
「………………*****!!」
「普通に喋んなさいよ、肉と骨は逃げないし、冷めたらあたしが温めたげるからさ」
「んぐ、はい」
座椅子にだらりともたれかかり、口から紫煙を立ち昇らせるリュミエラの向かいでサンカントが嬉しそうに骨を噛み砕いている。
体調不良に廃村ランシスの件が重なって沈んでいた少年とは到底思えない。
彼の肉体は原形をとどめぬほど改造されており、記憶も不安定だ。
リュミエラが首都ルクスに滞在し、“勇者”エリクの懐刀として動く最大の理由は、色々な意味で宿敵の機械人形カピテーヌを破壊するためだ。
だが、拾った怪人少年の保護者としての責任感もほぼ同等にある。
出自不明の妙な怪物は僅か二年半の間に、異常体質と苛烈な性格により友人の少ないリュミエラにとってなくてはならない存在と化していた。
それにしても、とリュミエラは思う。
今日は妙に眠い。眠すぎる。
確かにここ最近忙しかったが、耐えられないほどではない、はずだ。
ロースト肉のそそる香りと、樹脂葉巻の薬効の相乗効果だろうか? わからない。
「はー……美味しかったぜ」
「そーね、眠……む……」
「だな、私の干渉もようやく成功した、そういうことだな」
「どしたの、樹脂葉巻でも吸う?」
「調整が崩れるから勘弁願います」
甘い香りが漂っている。
「んにゅー……なんかだめだ」
「問題な、ゲホ、やめ、首が、やめやが、ぐ、オ、ゴボッ」
「んねー、だいじょーぶサンカント……ぉ? …………」
机に、サンカントの鮮血が飛び散る。
鼻と口からの流血は致死的な勢いというほどではないが、異常だ。
いつからか、あたりに粘りつくような煙が漂っていた。不明。
通常の異変ならば寝ていても一瞬で感知するリュミエラが、いくつかの古傷が走る白い腹もあらわに横たわっている。
四つん這いで吐いていた怪人少年が口元を拭い、ゆらりと立ち上がった。
特徴的な金黒の瞳が、不可思議な魔力光を放つ。
「代案確保完了」
怪人図鑑そのにじゅういち
〔『ブラックバッグ』〕
歩く兵器庫、主の剣。
どこにでもありそうな少し大きめの角鞄。その内部には破壊の意思が渦巻く。
青白いドラゴンの首の下半身を持つ少女に背負われた姿で出現するとされているが、噂の域を出ない。
古今東西の火器を自在に操り敵対者を殲滅する。
・おおきさ
1.5フィート×1フィート3インチ×5インチ、11ポンド(可変)
・装備
兵器庫
ドラゴン・ファング
平和維持Ⅱ
・特殊魔法と能力
「中距離テレポート」
「火機操作」
「大悪魔基本セット」
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第五章「魂と肉」終。




