22話 『鬼の霍乱』
「んでリュミエラさん、何を試しに工作部まで行くわけ?」
「そりゃこのよくわかんない腕の性能調べるに決まってるじゃない」
「研究所の方がいいような」
「あたしはねサンカント、人体実験とか嫌なの、わかる?
別に細かい形質とか組成とかどうでもいい、パワーとパワーとパワーがわかれば十分」
「確かにそういうのはだめだな、うん」
何とも大雑把なリュミエラの話に、サンカントは深く頷いた。
彼自身、研究所は苦手だ。
当然であろう、彼はルクスコリ共和国に敵対こそしてないが、紛うことなく“怪人”なのだから。
「まあ研究所の連中にも嫌々ながら一応見せてるけどね、よくわからないってさ。
あれよねえ、普通の人からしたら気持ち悪いかもねえ、ドラゴンの爪の腕なんて。
あ、でもバスチアンさんはすんごい羨ましがってたかな?
ふふふ、慰めてくれてんのか、それともドワーフだからかは知らないけど」
「……俺あのおっさん嫌いだ」
「ん、どったのサンカント?
あんたもいっぱいお世話になってるじゃない」
「えっと、あのな、んと……なんでもないよ」
「変なサンカント。
っと、着いたわよ、広場でひと暴れしよっか」
聖堂騎士団工作部は、それほど広くはないものの専用の演武場を持つ。
普段は工作部の待機戦力や見習いがだらだらとトレーニングをしていて、リュミエラが遊びに来た時や隊長エリク、あるいは副隊長マリエットがやる気を出したときのみ地獄の修練場になるのだ。
……しかし、今日のリュミエラは見習いやヒラ隊員たちと遊ぶ気はない。
使うのは件の事件により異形化した左腕だ。
こんなものをヒラの連中に使ったなら、リュミエラは殺人犯になってしまう。
なんだかんだで、常人と隔絶された戦闘能力を持っている彼女の力をまともに受けられる人物は少ないのだ。
ルクスコリ内だといつも忙しくスパーリングなど出来ない聖堂騎士団団長や軍の重鎮を除けば隊長である“勇者”エリク、副隊長マリエット、“聖女”ジョゼ……そして、弟分の怪人サンカントぐらいであろう。
怯える事務スタッフに気楽な挨拶をした二人は、欠伸などしつつ工作部事務室に踏み込んだ。
「……あれ?」
「隊長とジョゼ様は仕事で遠征中だ。
軽い組み手ぐらいなら私が受け付けるけど」
パリッとした聖堂騎士団服に身を包んでいながら事務作業に疲れた女性、工作部副隊長兼隊長代理のマリエットがリュミエラとサンカントを出迎える。
油断ならぬオーラを放ちつつも、いつも通りに脱力しているさまは確かに達人というほかなかろう。
だが、彼女は今回のリュミエラ達の目的に適さない。
リュミエラは首を振り、自身の左腕を指差した。
「いや、今回は隊長の身体かジョゼさんの治癒がないと困るのよ。
“これ”のテストだからマリエットさんだと命の危険がある」
「あれま、それは……うーん、あと五、六日は戻ってこないかと。
む? いや、ちょっと待ちなさい、別に対人である必要はないような。
あの野郎が武器や新魔法の実験に使ってる岩場が郊外にあるから、地図渡すわ、ええと」
主のいない机の引き出しを漁るマリエットが、カーキ色の薄いファイルを引っ張り出した。
はさまれた数枚の紙のうち一枚が転写機にかけられる。
リュミエラは、出力された簡単な地図に素早く目を通して折り畳んだ。
「忙しいとこありがとうございます、副隊長。
んじゃまたね」
「ところで、ここ使うの許可とかいらないのか?」
「不要だ、聖堂騎士団の古い演習場で、今はうちの管理下にあるから隊員なら勝手に使って良い。
あ、けども使い終わったら連絡は入れてね」
言うが早いか、マリエットは自身の机に戻り、渋い顔で書類をめくり始めた。
もはやリュミエラとサンカントには一切の注意を払っておらぬ。
聖堂騎士団工作部副隊長兼隊長代理は常に忙しい。
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「あああ畜生! メルド! 副隊長の馬鹿! いやあたしが馬鹿なの? どっちよ?!
ちょっとサンカント、せめてあんたが途中で気づいてくれればよかったのに」
「……どっちも馬鹿じゃないかな。
まあ、水と食糧は持ってきてるんだし一晩野宿ぐらいは諦めよう、リュミエラさん」
リュミエラ達は乗合車を使って地図の通りに移動し、マリエットに紹介された古い演習場までやってきていた。
しかし、午前中に工作部を出発したにもかかわらず、時刻はすでに夜中だ。
リュミエラのイライラは限界に達している。
これには非常に不幸な認識の齟齬があった。
実質エリク専用となっている旧演習場は、当然彼しか行かない。
そして、彼の移動手段は改造クリスタル燃料車……つまり、高性能な戦闘自動車だ。
マリエットは気軽に地図をリュミエラに渡したが、距離やらの細かい事までは言わなかった。
何しろ、エリクは各種実験の際旧演習場から日帰りしていたからだ。
その上落書きじみた簡易な地図には、縮尺などは書き込まれていない。
当然であろう、かの不便な旧演習場が使われなくなってから相当の年月がたつ。
現在唯一の使用者であるエリクですら、気分転換にドライブしていて存在に気付いた程度のものだ。
要するに、乗合車から降りた後で演習場まで歩いた場合にかかる時間など、誰も知らなかったのだった。
「久々にサンカントから正論を聞いた気がするわ……
ま、ちゃちゃっと試しますかね!」
「爪で俺に攻撃するなら、次の当番の時ご飯作らないかんな?」
「今はんなことしないわよ! っし、やるぞおおお!」
荷物と竜牙剣“牙”を少し離れたところにどかし、赤黒いマントを脱ぎ捨てたリュミエラが全身に力を漲らせる。
もちろん、ただ暴れるわけではない。
今回の目的は、何故か竜爪剣と融合し、異形化した己の左腕が持つ能力を確める事だ。
“左腕”は腕ではあるが元はドラゴン素材である。
つまり、理論上は使い手のパワーを込めれば込めるだけ破壊力に変換できるという事だ。
リュミエラとサンカントは軽く組み手をし、互いに調子を確かめた。
新たに生えて十日も経ってない左腕のレスポンスはいまだ良いとは言えないが、実験するぶんには恐らく問題なかろう。
「ふう、ひっさびさに身体まともに動かしたわ。
……さてと」
「だからその爪こっちに向けんなって」
「はいはい」
くるりとサンカントに背を向けたリュミエラは、偽りの聖女を使う要領で、左腕の猛禽類じみた爪に集中した。
薄い桜色だった鋭い四本の爪が、紅色のオーラを発する。
それは、父ロドリグの武勇伝に登場し、“牙”や竜爪剣の材料でもあるレッド・ドラゴン“大牙”のオーラに酷似していた。
リュミエラが凄惨な笑みを浮かべる。
彼女は基本的に戦闘狂であり、新たな力、などというものは最上の喜びだ。
三インチ以上もある爪がシャキンシャキンと鳴った。
「キシャアアア!」
吼えるリュミエラが腕を振り抜く。
力を発揮するのは、三本の鋭く厚い爪。
対向しているもう一本、人類ならば親指に当たる爪は今回は留守番だ。
薄赤い謎のエネルギーを含んだ三本の衝撃波は、リュミエラが目印代わりにしていた岩を見事に三等分し、先まで爪痕を残していた。
なるほど、新たなる腕はまさに竜の爪と同等の力を持つらしい。
攻撃手段として偽りの聖女の収束光線や、“牙”の一撃ほどパワフルなわけではないが、及第点以上の破壊力であり、燃費も良いと言えるだろう。
リュミエラの表情が崩れ、嬉しそうに破顔する。
その光景を見ていたサンカントも歓喜にあてられて微笑んだ。
「すげーなリュミエラさん!
やっぱかっこいいぞ、それ」
「ふふ、崇めなさい。
ところで、サンカントってまたいくつか怪人を食ったのよね?
あたしにも強くなったぶん見せてよ、ねえ」
「ん? んとな、実はそんなにかわってないんだよ。
ルキエル火山の時は、確かに食ったはずなのになんもかわんなくてさ。
こないだの二匹で音に敏感になって、糸出せるようになったぐらい。
ちょっと蜘蛛っぽい感じかも」
「……ねばねばしてる?」
「いや、そんなでもない、と思う。
こんな風に」
サンカントの掌に黄白色の魔力塊が発生し、無数の糸と化して前方へと伸びた。
細い触手じみてうねる糸は、すぐに先ほどリュミエラが切断した岩まで到達して絡み付く。
しっかり固定された事を確認したサンカントが大地を踏みしめて力強く引っ張ると、岩がゆっくりと倒れてこちらへと引きずられてくる。
相当なパワーだ。
丈夫さの割りに毛糸のようなふわふわとした印象を受けるそれに、リュミエラは何の気なしに触れた。
その直後。
「へ?」
「うわああ!」
魔力の流れが乱れ、全ての粘糸が猛烈な勢いでリュミエラの方へと殺到する!
一瞬の出来事だった。
慌てたサンカントが正気を取り戻して魔力糸の生成を停止した時には、既にリュミエラの全身は粘糸に巻かれており、出来損ないの繭めいた奇怪なオブジェと化していた。
すぐに繭が眩い光を発し始める。
当然、糸をどうにかしようと暴れるリュミエラの偽りの聖女が原因だ。
繭からは呻き声とミシミシいう音が響き、周囲に焦げた臭いが立ち込める。
中にいるリュミエラの表情を想像し、サンカントは震え上がった。
もちろん悪いのは彼ではなく、謎の技に対して不用意に手を出したリュミエラなのだが、そういう問題でもない。
そうこうしているうちに、リュミエラは謎の粘糸を焼き切りながら復帰した。
だが、シルバーブロンドの髪やら白い腹やら紅鱗の左腕やら、ともかく全身に焦げた糸を付着させた情けない姿だ。
リュミエラは焼けてボロボロになりながらも、いまだ肌に粘り付こうとする妙な魔力物質を擦り落としながら悪態をついた。
「うええ、どこがそんなにねばねばしてないよ……しかも何かひりひりするしすっごい疲れたし」
見れば、古い傷跡こそあれども瑞々しく白い肌の各所が擦れたように赤らんでいる。
光と熱に対する免疫を持ち、虫などもあまり近づかないリュミエラにとってはあまり馴染みのない感覚だ。
竜爪剣がベースになっているはずの左腕の鱗すら、何枚か黒ずみささくれていた。
恨みがましい視線を向けられたサンカントがじりじりと後ずさる。
リュミエラは呆れたように溜め息をついた。
「ご、ごめんリュミエラさん、でも、でも」
「別に怒ってないからね、手を出したのはあたしだし。
だけどサンカント、肌の方はともかく鱗まで劣化した理由を説明!
この赤い鱗、普通の刃物や鈍器ぐらいなら無傷で跳ね返すの。
ねばねば糸さ、絶対に毒かなんかあるって」
「んとな、わからない」
「なにそれ」
「だって生き物に当てたの初めてなんだぜ。
こうさ、物を引き寄せたりとか足場に巻きつけたりして使うもんかと」
うんうん唸り始めたサンカントにあてられ、リュミエラも考え込んでしまった。
この手のことで弟分が嘘を付くとは考えがたく、実際にわからないのだろう。
何より、サンカントの存在自体、いまだ謎が多いのだ。
二人はしばらくの間、結論の出ない考え事をして過ごした。
いつのまにやら、黒ずんだ鱗の下に新たな紅鱗が発生しつつある。
どうもこのドラゴン風の腕は、それなりの回復力もあるらしい。
「……やっぱ考えてもわからないわね、とりあえず何か食べようか。
疲れたし。
ん、あれ?
ねえサンカント、何かおかしくない」
リュミエラとサンカント双方に違和感が走ったのは、互いに伸びをして立ち上がり、食事のため荷物を漁り始めたその瞬間だった。
空が点滅し、周囲の景色が奇妙に遅延する。
「おかしいぜ、リュミエラさんなんかふらっふらしてる」
「ちがう、ふらふらしてるのはサンカ……」
「な、なによこ……れ……」
二人の意識は、闇に閉ざされた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「やっと起きたな」
「……なあによ、頭痛いってか身体重い、あれ?!
えっとマリエットさん、おはようございます。
ねえサンカント、今何時? いや何日? じゃない、どこよここ!」
「いーまーはーひーるー……ここは工作部……だっるい……」
リュミエラが次に目を覚ましたのは、聖堂騎士団工作部の休憩室だった。
すぐ傍の床には、毛布の上に座り込んだサンカントが気だるそうにしている。
副隊長マリエットと、聖堂騎士団工作部付きの僧術医であるイジドールがリュミエラを見下ろした。
エルフでありながら立派な白ひげを蓄えた顔が特徴的なイジドールは優秀な医療者だが、どんな傷も高速で癒すジョゼが工作部で働き出してからは閑職だ。
ただし本人も仕事の少なさを喜んでおり、今回もリュミエラ達の診察のため呼び出されるまで寝ていたのだから、特にジョゼの被害者というわけではない。
軽く溜め息をついたマリエットが口を開く。
「しっかし二人とも、一体旧演習場で何をやってたの。
夜半過ぎても朝になっても連絡がなかったから、新入りに車で見に行って貰ったのだ。
……そうしたら、地べたに倒れて寝ていたと。
どうでもいい事で無茶をするのは止めてほしいものだ」
「いや副隊長、あたしらは本当に身体の調子を確かめて実験してただけなんだけども……ううむ?」
「ゲッホ、そうそう、リュミエラさんの言うとおりだぜ、久々に暴れたら突然目が回って。
いやごめん、確かにごめんなんだけどわけがわからない」
「俺が診た感じでは、リュミエラ氏もサンカント氏も病気や呪いの類ではなさそうだったぞ。
さて、二人とも腕を出してだな、この検査機に魔力を流してみてくれ……そうだ、それでいい……ふむ?」
妙な検査機械の目盛りをじっと見ていくつかの項目にチェックを入れたイジドールが、猛烈な速度で分厚い本をめくる。
少しばかりの無言の時間の後、寝転がるリュミエラとサンカントのほうにゆっくりと向き直った。
「リュミエラ氏の方はほぼ原因確定だ。
新しい腕と再構成された魔力回路が馴染み切ってないところを無理に動かしたせいで、代謝と魔力の流れが乱れて体調を崩しただけだろう。
最近妙に眠かったり、気分が沈んだり、そういった事がなかったかね。
なんにしろ一時的なものであるし別に拒否反応は出ておらんから、もう何日か寝ておれば勝手に治る」
「診断ありがとう……それ、心当たりがありまくるわイジドールさん。
副隊長にも変な心配かけて申し訳ない」
「リュミエラさんは確定、って俺は? なんかヤバいのか?!」
「いや、別にサンカント氏の命が危険であるとかそのようなことは無い。
ただし原因は俺にはわからん……症状自体は魔力中毒だな。
異物耐性が極めて高いようだからじき収まると思うが、安定剤を三日分処方しておこう。
それにしても、何を取り込んだらお前が中毒するというのだ?
怪人やら魔物を生で喰って平気なのは隊長殿から聞いておるぞ。
それらを上回る刺激物とは一体」
「ええ、別に変なもの食った覚えないんだけど……あ」
「ねえサンカント、ちょっとあたし思ったんだけどさ」
「俺も思った」
「……理由が推測できるなら、以後気をつけることだな。
俺はもう戻るぞ、副隊長殿」
一通りの診察を終えたイジドールは、マリエットやリュミエラの返事を待たずに大きな医療鞄を担ぎあげ、欠伸をして休憩室を出て行った。
大して忙しくもないはずだが、どうやら彼は定時勤務というものを忘れつつあるらしい。
いまだ体調優れぬリュミエラとサンカントも、少し遅れて再び毛布に包まった。
「どいつもこいつも暇人の癖に……」
圧倒的に多忙な日々を送るマリエットの妥当すぎる呟きは、実際の音量よりだいぶ大きく響いた。
第二章「上光と情報」終。




