7.最強皇妃は永遠に
それから数年後──
アルカディア帝国には、世界一有名で、世界一風変わりな、そして世界一美しい「最強の皇妃」が誕生していた。
彼女は、公式の晩餐会では完璧な美貌と洗練された淑女の仕草で諸外国の使節を圧倒し、その圧倒的な気品で人々を魅了する。
──しかし、夜になり賊が皇宮に侵入した際には、ゴージャスなドレスの裾を豪快に破り捨て、素手と法典フルスイングで賊を全員ボコボコにして気絶させたという。
「まあ! また虫けらが湧きましたの? セドリック様の手を煩わせるまでもありませんわ!」
破れたドレスのまま、重厚な帝国法典を肩に担いで胸を張るエレノア。
「ははっ、さすが俺の妃だ。だが、少し暴れすぎだな。怪我はないか?」
彼女の傍らには、いつも彼女を深すぎる溺愛の眼差しで見つめ、彼女の一歩先を行く圧倒的な力で帝国を統べる、世界一強くて格好良い皇帝セドリックの姿があった。
「セドリック様! 私はピンピンしておりますわ! それより、この法典の角の威力が素晴らしくて……!」
「……ああ、そうだな。だが次は俺にも暴れさせろ。お前の前で格好悪いところは見せられないからな」
セドリックは呆れつつも、愛おしくてたまらないというようにエレノアの頬に触れ、甘く微笑む。
帝国中の令嬢たちは、皇帝セドリックが皇妃エレノアだけに見せるその甘い笑顔と、どこまでも情熱的な一途さに、毎日身悶えしていたという。
「……はあ、今日もエレノア様は格好良く、陛下は甘々でいらっしゃる……」
「守られるだけの存在じゃない、あのお二人の絆こそが私たちの憧れよ!」
二人の噂は、民や貴族たちの間で瞬く間に広まっていった。
◇
俺の傍らで、愛おしそうに法典(凶器)を手入れしているエレノアを見る。
かつて、皇宮のドロドロとした権力争いや敵の陰謀に囲まれ、俺の心は冷え切っていた。
誰も信じず、ただ冷徹な皇帝として生きていくはずだった。
だが、この女性が現れた──
危険が迫れば自らドレスを破り捨てて前に立ち、俺の代わりに敵をなぎ倒し、太陽のような笑顔で笑う。
「セドリック様は私が守ります!」と堂々と言い放ったあの瞬間から、俺の心は完全に彼女のものだった。
守られるだけの「お人形令嬢」ではない。
自分の足で立ち、己の強さと素直さで未来を切り拓く、最高に愛おしい俺の妻。
(……本当は、指一本触れさせずに俺の手の中に閉じ込めておきたいほど狂おしい。だが、戦場で見せる活き活きとした表情もたまらなく愛せている)
「セドリック様? どうなさいましたの、そんなに私を見つめて」
エレノアが不思議そうに首をかしげる。
「いや……あまりにも可愛くてな。手放したくないと改めて思っていたところだ」
「〜〜ッ!? 急になにを仰いますの!」
一瞬で真っ赤になる顔。
どれだけ強くなろうと、こういう純情なところは出会った頃のままだ。
「エレノア。午前の公務が終わったら、少し付き合え」
「公務……ですか? はい、喜んで!」
俺は彼女の腰を引き寄せ、耳元で低く囁いた。
「国境近くに巨大魔獣が出た。二人で『デート』がてら、片付けに行くぞ」
◇
その日の昼下がり──
二人は帝国の極秘任務を兼ねた「デート」として、漆黒の馬を走らせていた。
「いくぞ、エレノア! 今日のデートの相手は、国境を脅かす巨大魔獣だ!」
セドリックの掛け声に、エレノアは瞳を爛々と輝かせる。
「はい、セドリック様! 私の新技『皇妃無双・法典フルスイング・極』をお見せしますわ!」
「フッ、お前の背中は、俺が命に代えても守る。暴れてこい、俺の可愛い愛しい妃よ」
ドドド……! と地鳴りを立てて現れた巨大な魔獣に対し、エレノアは一切の躊躇なく跳躍した。
「いざ……参りますわーーッ!」
ドガァァン!
一撃。たった一撃で魔獣の巨体が沈む。
駆けつけた極秘騎士団の面々は、開いた口が塞がらない。
「お、恐ろしい……あのお方は本当に人間なのですか……?」
「馬鹿者、失礼だぞ! あれぞ我らがアルカディアの誇る、最強にして最美の皇妃殿下だ!」
セドリックは背後から迫る残党を一瞬の剣閃で切り伏せると、エレノアのもとへ歩み寄った。
「見事だ、エレノア。だが、無茶をしすぎる」
「ふふ、セドリック様が背中を守ってくださっていると分かっていましたから!」
エレノアの屈託のない笑顔にセドリックは少し苦笑いしながらも、優しく彼女を抱き寄せる。
お互いを全幅の信頼で預け合う二人の固い絆と、あまりにも情熱的な愛の物語は、大陸中の人々をメロメロにし、語り継がれる永遠の神話となったのだった。
◇
魔獣を一掃し、柔らかな日差しが照らす美しい丘の上。
爽やかな風が吹き抜け、私の金色の髪を優しく揺らす。
「ふぅ……良い運動になりましたわ」
本当は少し息が上がっていたけれど、セドリック様の前では完璧な妃でいたかった。
強がる私の肩を、セドリック様がそっと抱き寄せる。
「エレノア、少し休むかい?」
「い、いえ、セドリック様、まだまだ大丈夫ですわ」
強がる私を見て、セドリック様はフッと色気あふれる笑みをこぼした。
胸がキュッと締め付けられる。ずるい。その顔は反則ですわ。
セドリック様は私の腰をぐっと抱き寄せ、耳元へ唇を寄せる。
「……エレノア。その体力は、この後の俺と二人きりの『夜戦』のためにとっておいてくれるかな?」
「ッ……! セ、……セドリック様っ……!?」
一瞬で顔が熱くなり、全身が真っ赤に染まるのが分かった。
いくら戦いで強くなっても、この人の前ではいつも調子を狂わされてしまう。
セドリック様は私の可憐(?)な反応に満足そうに目を細めると、誰にも渡さないとばかりに、強い力で私を抱きしめた。
「あの夜、俺のプロポーズを受けてくれてありがとう、エレノア」
低い声が、胸に心地よく響く。
「エレノア……君に出会えて、俺の味気なかった世界は色づいた。お前が俺の傍らにいてくれるだけで、俺はどんな敵とも戦える。お前は俺の光だ」
「セドリック様……」
胸が熱く込み上げてくる。
かつては「お人形令嬢」として誰かの指示通りに生きるしかなかった私が、自分の力で戦い、こうして最愛の人と隣り合って笑っている。
「私も……私の方こそ感謝しておりますわ。私を『お人形』ではなく『エレノア』として見出し、愛してくださった。セドリック様を守るためなら、私はどんな悪党もボコボコにしてみせます!」
「ははっ、頼もしいな。だが、時には俺にも頼れよ? 夫なんだからな」
「はい……! 大好きです、セドリック様」
素直に想いを口にすると、セドリック様の瞳に一層深い情熱が宿った。
「一生、離さない。俺の愛しいエレノア」
真っ赤に染まる夕空の下。
二人は幾度目かの、そして未来へ続く深く不滅の愛のキスを交わすのだった──
完結




