第31話 エピローグ
一人の男の命が終わろうとしていた。
手足を投げ出し、岩壁に背中を預けたユリウスは今にも絶えそうな息遣いで天を仰ぐ。その瞳はもう何も映していないように焦点の定まらぬものだった。
だが、まだ生きていた。
俺とマリーは目を覚ましたカーラを連れて、彼の元に駆け寄った。
もう天使はいない。ハッピーフラワーの畑も壊滅させた。もう戦う理由はない。
だから、助けられるなら助けたい。それが俺とマリーの共通見解だったのだが。
「……残念ながら、わたくしにもうどうにも。肉体の損傷はさておき、例のポーションの過剰使用のせいで根本的に魂が損傷しています。わたくしの時空魔法では、そこまでは戻せません」
そう言って、カーラは目を伏せて首を横に振った。
「そう……ですか」
マリーは俯き、呟いた。
裏切られたとはいえ、一度は助けられた相手であり、性根から悪人でないことは分かっている。だからこそ、死にゆく彼を看取ることしかできないこの場の空気はとても重苦しいものだった。
そして、俺は迷った。ツララの、ツァドキララのことを最後にユリウスに真実を伝えるべきか。
すると、彼の方から口を開いた。
「なあ……ツララは、そこにいないか」
最早見えていない目を動かして、ユリウスは呟いた。
いいえ、とカーラが答える。
すると彼は、安心したように口の端を持ち上げた。
「なら、いいんだ……俺の最期は見せないでくれ、あの子は優しいから、きっと引きずる。…………なあ、頼みが、あるんだ」
その言葉に最初に反応したのはマリーだった。
魔女口調になって、彼女は死にゆく男の前に立った。
「ええ、言ってみなさい」
「魔女様か。……迷惑、かけたな。ロクに詫びもできなくて、悪いが、俺はこれでもう死ぬ……だから、頼む」
「……ええ」
「あの子には、キノコばっか食わせちまってた、から……肉と、野菜をちゃんと、いっぱい食わせて、やって……それから……花が、好きな子、なんだ」
絶え絶えのユリウスの言葉に、俺はさっきまでの迷いを後悔した。
今の彼に真実を伝えるなんて、やるべきじゃない。
「だから、たくさん、きれいな花を、見せて……」
「ええ、もちろんよ」
マリーははっきりと断言した。
「あの子は必ず幸せにするわ。だから安心しなさい」
その言葉を聞いて、ユリウスは途切れ途切れの言葉をしまい込んだ。
そして、心から安堵したようにこくりと頷いて。
「――ありがとう」
そして、ようやく歩き終えた旅人のような顔で、ユリウスは静かに命を終えた。
マリーは最後まで彼のために嘘をつき通した。それから少女は両手を組んで目を閉じた。俺もカーラもそれに続いて、黙とうする。
そして、今回の依頼は幕を閉じた。
※ ※ ※ ※ ※
それから一週間後。
俺とマリーは王都に戻っていた。そして今、国王マックスジャンヌ三世への報告も終わったところだった。
夕刻。宿の部屋に戻ったマリーが、早速明日からの予定を叫んだ。
「やっと終わったあああっー‼ 国王陛下は他の脅威はまだ顕現してないって言ってましたし、報酬金も一杯くれましたし、しばらくはゆっくりできそうですね!
というわけで早速明日から、今度こそ王都観光しましょう! スルトさん!」
「やだ」
「むーっ!」
いつものやり取りに、いつも通りマリーは不満げに唇を尖らせて、そこで思い出したように言った。
「そういえばスルトさん。あの大天使、ツァドキララと戦った時、最後に私に何か言いかけたじゃないですか。あれ、なんて言おうとしたんですか?」
「やだ。教えない」
「……」
すると、マリーは急に押し黙って、それからもじもじしながらまた訊いてきた。
「あの、も、もしかして……その、こ、告白とかじゃ、ないですよね」
「うん。違うけど」
「……あ、そうですか」
なぜかマリーは俺の膝をげしげしと蹴ってきた。
ちっとも痛くはないがくすぐったかったので、連打の途中で足を上げて空振りさせると、彼女は板張りの床に勢い余ってずっこけた。
「あ⁉ 痛ぁ⁉ な、なにするんですかっ!」
「いや。そっちが蹴ってきたから。あと、下着見えてるぞ」
「~~~~っ‼⁉‼ この馬鹿っ! えっち! へんたい!」
勢いよく起き上がったマリーが俺の頬をビンタする。
無抵抗でそれも受けると、不意に部屋の扉がコンコンとノックされた。
扉を開けると、そこには桜色の髪のメイド服、カーラが立っていた。
「こんばんは。マリー、スルト様。失礼します」
何か言う前に、彼女はぬるりと部屋に入ってきた。
「え、カーラ、さん……何しに来たんですか」
正体を知られてしまったからだろう。マリーはあからさまに警戒するように彼女を見つめた。
しかしカーラはそんなマリーには目もくれず、俺の方に詰め寄ってくると。
「スルト様。本日はお願いがあって参りました」
「え、いや、あのその……なんで呼び方、それと、近いから……離れて、ください」
「失礼しました」
カーラは一歩後ろに下がった。一歩だけだ。まだ近い。相変わらずまつ毛がよく見えるほどの距離で、じっと見つめられて緊張する。
それになんで様付けなのだろうか。態度の急変が急変過ぎてこわい。
そんな風に戦々恐々とする俺に、カーラは胸に手を当てながらこう言った。
「わたくしも、あなたたちの仲間に入れていただきたいのです。今は無職ですし」
「だ、ダメです!」
横からマリーが助け舟を出してくれた。
「もうホントのこと知ってるから言いますけど、スルトさんはすごい人見知りなんですよ! 私以外の人が近くにいたら、毎日ビクビク震えて端っこで小動物みたいにすごさなきゃいけなくなるんです! だから申し訳ないですけどカーラさんを仲間にするわけには――」
「なるほど。ではこうしましょう」
流石にそこまでじゃないとマリーに抗議したいが、自信がなかった。
するとカーラは頷いて、さらりと続けた。
「対等な仲間という関係だから緊張してしまわれると思うのです、なので言い直しましょう」
なにか、嫌な予感がした。
止める間もなく、カーラは俺の前に跪いた。そして言った。
「わたくしを、あなたの生涯のメス豚奴隷にしていただけませんか」
空気が凍った。
マリーは目を見開いて、今にも叫び出しそうな顔で俺を見つめている
それが何を言いたいのか分からないけど、なんかこわい。
だからというわけではないが、俺は言ったのだ。
「あの、その……」
「はい。ご主人様、なんでもご命令をください。あとお尻も叩いていただけると幸い――」
「そういうの結構なので、帰ってくれません……?」
すると、立ち上がったカーラはにこりと微笑んで。
俺の手を取りキスをしながら、言ったのだ。
「いやです」
※ ※ ※ ※ ※
あとがき
ここまで読んでくれてありがとうございます!
キリがいいのでここで終わり。




