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第13話 重要指定記念物


「――というわけで、私の荷物持ちが失礼しました」


 通されたのは、豪華な応接間だった。

 ここは公式の謁見ではなく、王が私的な知り合いと語らうための部屋らしい。

 俺はいつものように、マリーの隣に座ってひたすら下を向いて押し黙っていた。

 初対面の偉い人に何を話していいかわからない。というかそもそも、勝手に口を利くべきではないだろう。

 相手は国王なのだから。


「うむ。別にまったくもって構わぬ! ――むしろ愉快じゃ!」


 赤い絨毯をヒールの踵でコツコツと歩きながら、王冠を頭上に戴いた少女が尊大な口調で鷹揚に頷いた。

 彼女こそが国王――マックスジャンヌ三世。

 金髪碧眼の、赤いマントを羽織った高貴なドレス姿。年頃は下手をすればマリーよりも幼く見えるが在位は十年。それなりの実年齢らしい。

 しかし年端も行かないその見た目から、ついたあだ名は「少女王」。


()は先王と下級貴族の母の間の庶子ゆえな。あの名門貴族出身を鼻にかけたイケメン騎士団長は前々から顔面以外の全てが気に入らなかったのよ。

 聞けばあのシルベルト、まるで潰れたカエルのようなザマで石畳にめり込んだそうじゃな! かんらころころ! 実に爽快痛快! そうじゃ! あ奴が無様にめり込んだ広場を国の重要指定記念物として観光地化してやろう! どう思う、アビスマリー?」

「実に名案ですね、陛下」

「であろう?」


 役に入ったマリーはくすくすと笑い、マックスジャンヌ三世はケラケラと笑った

 ……俺はこの人が国王なことに、一人の市民としてちょっと不安になった。

 ともかく、シルベルトの件は許してもらえたようで何よりだった。


「ところで」


 マックスジャンヌ三世はそこで、ずっと黙ったままの俺を見た。


「その冴えないザ・市民のような男が、シルベルトを干しイカのように叩きのめしたお前の荷物持ちか?」

「はい。陛下」


 マリーが答えた

 ふーむ、と少女王は、あどけなさの残る笑みを深く老獪に歪めて、言った。


「噂ではアビスマリー、この男はお前の魔法によって超人的に強化されていたと聞いたが、実のところどうなのじゃ?」

「ええ実はそうなのです。まあ、私にとっては大した魔法ではありませんが」


 あ、そういう風な解釈になってるんだ、と俺は思った。

 まあそうだよな。普通に考えたら俺が実力で勝ったなんて、見ていた誰もが思うわけがない。よかった……と内心でほっと胸を撫で下ろす。

 その瞬間、マックスジャンヌ三世は急に、俺の前に顔を近づけて言った。


「――お主、なにゆえ今、ホッとした?」

「!」

「もしや「バカどもには俺の隠れた真の実力はまだバレてねーみてえだなあ、ほっ」……という意味ではあるまいな?」


 近い。近すぎる。それも急に。物理的な距離が。

 人形のような端正な顔立ちに、赤みを帯びた無垢な肌。エメラルドグリーンの瞳。形のいい小ぶりな唇の艶が嫌でも目に入るほど距離が近い。

 跳ね上がる心拍。俺は座っていたソファに限界まで背中をくっつけて後ずさる。

 恐怖と緊張でガチガチになりながら、どうにか口を動かした。


「いや、あの、俺は別にそんなこと、思ってなくて」

「ふーん? 本当にそうか? ……提案じゃが、もしお主が素の実力であ奴をボロ雑巾のように叩きのめしたのであれば、余の近衛騎士に取り立ててやってもよいぞ」


 細い指が蛇の舌のように、俺の顔を這う。

 甘い吐息が耳にかかる。そして魔性じみて妖艶な声がささやく。


「近衛は良い待遇じゃぞぅ。冒険者暮らしよりよっぽど安定するし、金も女も思いのままよ。何よりそなたの働き次第では、余の寵愛を昼となく夜となく、たっーぷりとその身に余すことなく受けることが……」

「お戯れはそこまでにしてください、陛下」


 俺とマックスジャンヌ三世の間に、さっと手が入った。

 少女王は弾かれたように、俺から身を引いた。

 そして俺の隣で立ち上がったマリーを見て、驚いたように目を細める。


「スルトは私の荷物持ちです。いくら陛下といえどもお渡しすることはできません。

 ――もし、それでも無理矢理に奪おうというおつもりならば」


 マリーの雰囲気は一変していた。

 まるで歴戦の修羅のような凄みが、少女を中心に応接間を吹き荒れる。

 その凄まじい威圧感は、何度見ても素直にすごいと思う。

 本当にどうして――まったく実力がないのに、なぜこれほどまで圧倒的な雰囲気が出せるのだろうか。

 俺の疑問を余所に、マリーは凍てついた氷のように告げた。


「この私に対する、宣戦布告と受け取りますが」

「くはっ!」


 マックスジャンヌ三世は大げさに飛び退き、手を叩いて笑った。


「冗談! 冗談じゃ! そんなに怒らんでもよかろう、アビスマリー。……今のは余が悪かった、ちと興が乗り過ぎたわ。

 ……しかしどうやらお主、その荷物持ちが大層気に入っている様子じゃのう? もしや恋仲だったか?」

「重ねて言いますが、お戯れはそこまでにしていただきたいのですが。陛下?」

「くふふ……分かった分かった。もう言わぬから怒るな。そなたの覇気は、さすがの余といえども底冷えしてしまう」


 では世間話はこれぐらいにするか、とマックスジャンヌ三世は手を打った。

 俺は沈黙したまま、雰囲気だけであの国王を引きさがらせたマリーに、わりと本気で感心していた。


「――というわけで本題じゃ!」


 マックスジャンヌ三世は、新しく侍従の手により淹れられた紅茶を片手に切り出した。


「アビスマリー。今日あのシルベルトを使ってお前に伝えたかったのは他でもない。新たな依頼の話をしたかったのよ」

「どのような」

「……もう半年ほど前かの、お前が魔王を倒してから」


 少女王は、どこか真意の読み取れない声で呟いた。

 マリーは眉根をわずかに寄せて、素の彼女からは到底考えられないほど理知的な疑いの表情を己の顔面に創造して見せた。


「平和になった。と世間では言われておるが、実はそうではない。

 入れ替わりに新たな脅威が七つ、世界に出現すると予告されたゆえな」


 マックスジャンヌ三世はマリーを指さした。


「その原因はお前なのよ。アビスマリー」


 その言葉に驚いたように、マリーは目を見開いた。


「というわけで改めて世界各国に現れる予定の魔王に代わる七つの脅威、それの解決をお主に依頼したいのじゃが」

「その前に一ついいでしょうか、陛下」


 マリーはやや強引に口を挟んだ。


「そもそも一体どこの誰からそんな予告をされたのです? そしてなぜ、そんな話を信じているのです」

「まあ、ごもっともな質問だの。少々面倒なのじゃが……。

 よかろう、まずはそこから説明してやる――と、なんじゃ来おったか」


 そこで音もなく、部屋のドアを開いて気配が入室した。

 若草色の短い髪、腰に吊った細剣と黒いストッキング。彼女は確か、俺とマリーが出会った時に、ケルベロス討伐の依頼を伝えにきた……。


「その続きは私からご説明いたします」


 ぱちんと、彼女は指を鳴らした。

 すると、突然その瞳が青く輝き、背中に純白の翼が現れる。

 俺は、その姿を知っていた。

 おとぎ話や伝説の存在ではなく、実在として知っていた。

 天使だ。


「では改めて、王国秘書官とは仮の姿――私は世界管理運営局所属、中級天使HLM375cヘルミーナ。世界各国君主への告知業務を担っております。以後お見知りおきを」


 ヘルミーナ。そう名乗った天使は一礼とともに事務的に告げた。


「それでは、先に討たれた魔王の代わりに、どうして私たち天界がこの地上世界に七つの脅威を降臨させるのか、ご説明いたします」

 


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