第三章 巨悪の影
小章① 襲撃
その夜、相島は自宅アパートの前で襲われた。 待ち伏せしていた二人組の男。目出し帽を被り、手には鉄パイプを持っている。 プロの動きだった。 一撃目で膝を砕かれ、倒れたところを執拗に殴打される。
「……余計な嗅ぎ回りをするな」
男の一人が、低い声で警告した。 「データを出せ。そうすれば命だけは助けてやる」
相島は、血の味を噛み締めながら笑った。 「……生憎だが、コピーは信頼できる場所に預けてある。俺を殺せば、それが自動的にネットにばら撒かれる仕組みだ」
ハッタリだ。 だが、男たちは動きを止めた。 彼らは「殺すな」と命令されているのだろう。騒ぎが大きくなるのを避けるために。
「チッ。……いいか、次はないぞ」
男たちは相島の腹を蹴り上げ、闇へと消えていった。
相島は痛みに呻きながら、這うようにしてアパートに入った。 肋骨が折れているかもしれない。 だが、痛みよりも怒りが勝っていた。 暴力で口を封じようとする。それが奴らのやり方か。 ならば、こちらはペンで殺し返すまでだ。
相島は、東京時代の後輩記者に連絡を取った。 今は週刊誌『真相ジャーナル』のエース記者となっている男だ。
「……もしもし、俺だ。相島だ」 『相島先輩? どうしたんですか、そんな声で』 「特ダネがある。……国を揺るがす、ドス黒いネタだ。受け取ってくれるか?」
小章② 決死の上京
翌日。相島は松葉杖をつきながら、鹿児島空港にいた。 飛行機で東京へ飛ぶ。 USBのデータを直接手渡すためだ。ネットでの送信は、どこで傍受されているか分からない。
羽田空港に到着した相島は、尾行を警戒しながら都内へ向かった。 待ち合わせ場所は、日比谷公園の野外音楽堂裏。
ベンチに座っていると、一人の男が現れた。 後輩記者の、長谷川だ。
「先輩! ……ひどい怪我ですね」
長谷川は驚愕した。
「名誉の負傷さ。……ほら、これだ」
相島はUSBメモリを渡した。
「中身は確認したか?」
「ええ、さっきカフェで。……震えましたよ。これが事実なら、内閣が吹っ飛びます」
長谷川の目が輝いている。 かつての自分と同じ、スクープを前にした獣の目だ。
「記事にするには、裏取りが必要だ。鬼頭と郷田の金の流れ。それを洗ってくれ」
「任せてください。ウチの情報網なら、一週間で丸裸にします」
その時、公園の植え込みがガサリと揺れた。 相島は反射的に長谷川を庇った。
「逃げろ! 長谷川!」
植え込みから飛び出してきたのは、スーツ姿の男たちだった。昨夜の襲撃犯とは違う。もっと洗練された、SPのような雰囲気の男たちだ。 特務傭兵か、あるいは「八咫烏」(国家特務指令室)か 長谷川は瞬時に状況を理解し、駆け出した。 若い彼は足が速い。 男たちの二人が長谷川を追い、残りの一人が相島の前に立ちはだかった。
「相島健一さんですね。……ご同行願いたい」
男は警察手帳を見せた。 『国家特務指令室』。
「何の容疑だ?」
「重要土地等調査法違反、および機密漏洩の教唆です。……少し、お話を聞かせていただきたい」
国策の闇に触れた者は、法の名の下に排除される。 相島は抵抗しなかった。 時間稼ぎだ。 長谷川が逃げ切れば、記事は出る。 自分の役目は、ここで奴らを引きつけることだ。




