第二章 消えた公僕
小章① 転落
翌日の正午。 相島は湊浜日報の編集局で、立川から託されたデータを解析していた。 その時、県警担当の記者から一報が入った。
「デスク! 大変です! 県庁の職員が自殺しました!」
嫌な予感が、背筋を駆け上がった。
「……名前は?」
「地域振興課の、立川誠さんです。今朝、自宅近くの崖下で発見されました。遺書は見つかっていませんが、靴が揃えて置いてあったそうで……」
相島はデスクを蹴り飛ばすように立ち上がった。 自殺なわけがない。 昨夜の彼は、怯えてはいたが、絶望してはいなかった。罪を告白し、戦おうとしていた。 殺されたんだ。 口封じのために。
相島は車を飛ばし、現場へと向かった。 湊浜市の外れにある景勝地、千畳敷の断崖。 規制線が張られ、ブルーシートがかけられている。 顔なじみの刑事、大山を見つけ、声をかけた。
「大山さん! ホトケは立川か!?」
「ああ、相島か。……残念だが、本人だ」
大山は渋い顔でタバコを吹かした。
「状況から見て自殺だ。争った形跡もない。最近、激務でノイローゼ気味だったって話もある」
「ふざけるな! あいつは昨夜、俺に会ってたんだ! 不正を告発しようとしてたんだぞ!」
「おい、声がでかい」
大山は周囲を警戒し、相島をパトカーの影に引きずり込んだ。
「……何か知ってるのか?」
「あいつは、半導体工場の土地取引に不正があると言っていた。証拠も預かってる」
大山は目を細め、低い声で言った。
「相島。……その証拠、絶対に表に出すな。いや、今すぐ忘れろ」
「なんだと? 警察もグルなのか?」
「違う。……圧力がかかってるんだ。県警担当部長に、東京から直接電話があったらしい。『国策プロジェクトに水を差すような捜査は慎め』とな。この件は、自殺として処理される。決定事項だ」
相島は拳を握りしめた。爪が皮膚に食い込む。 友人は殺されただけでなく、死因さえも捏造されようとしている。 国家という巨大な怪物が、一人の公務員を虫ケラのように踏み潰したのだ。
「……分かったよ。警察が動かないなら、俺がやる」
相島は踵を返した。 背中で大山が「無茶をするな!」と叫んでいたが、耳には入らなかった。
小章② 黒い登記簿
湊浜日報に戻った相島は、USBメモリのデータを徹底的に洗った。 立川の言った通りだ。 『ニブス・テック・ホールディングス』。 東京都港区六本木に住所を置くこの会社は、半導体工場の誘致決定内示が出た直後のタイミングで、予定地となる民有地を相場の三倍で買い占めていた。 そして昨日、県はその土地を、さらに倍の「六倍」の価格で買い戻している。 差額は約五十億円。 たった一ヶ月で、五十億円の税金が、実体のないペーパーカンパニーへと消えたのだ。
「登記簿の住所……ここか」
相島は、グーグルストリートビューでその住所を検索した。 六本木の雑居ビル。看板には『レンタルオフィス・バーチャル』の文字。 やはりダミーだ。
次に、役員欄を見る。 代表取締役:李 忠成。 聞いたことのない名前だ。おそらく名義貸しのホームレスか何かだろう。 だが、取締役の中に、見覚えのある名前があった。
『取締役 鬼頭 洋二』
相島は記憶の引き出しを開けた。 鬼頭洋二。元・運輸交通省の官僚で、現在は郷田剛造代議士の政策秘書を務めている男だ。 郷田の「金庫番」とも呼ばれる、汚れ仕事のプロフェッショナル。
「……尻尾を出したな」
相島はニヤリと笑った。 この名前があれば、郷田まで繋げられる。 これは地方の土地転がしではない。 国の中枢にいる政治家による、巨額のインサイダー取引と背任事件だ。
相島は記事を書き始めた。 指がキーボードを叩くたびに、立川の無念が文字となって刻まれていく。 タイトルは『シリコン・アイランドの闇:疑惑の土地取引と県職員の変死』。 これを朝刊の一面に出せば、国会は止まり、郷田は失脚するだろう。
書き上げた原稿を持って、編集局長のデスクへ向かう。 局長の黒田は、原稿を一読すると、顔をしかめてそれを机に置いた。
「……相島。これは出せんぞ」
「は? 何を言ってるんですか。特大のスクープですよ!」
「証拠が弱すぎる。鬼頭の名前があるだけで、郷田先生が関与したとは断定できん。それに、立川君の件も警察は自殺と断定している」
「証拠ならUSBにあります! 金の流れも、契約書も!」
「だとしてもだ!」
黒田が声を荒げた。
「相手は郷田先生だぞ。この湊浜市に工場を持ってきた恩人だ。この記事が出れば、工場誘致の話自体が飛ぶかもしれない。そうなったら、お前は街の裏切り者だ。スポンサーも黙っていない」
地方紙の悲哀。 地元経済界や有力政治家とのしがらみで、ペンが折れる。 相島は、黒田から原稿をひったくった。
「……そうですか。なら、俺のやり方でやらせてもらいます」
「おい、待て! 勝手な真似をしたらクビだぞ!」
相島は編集局を出た。 クビ上等だ。 新聞が出せないなら、別の方法がある。




