09.英雄、バイト少女と同棲して子育てする
S級モンスター【雷獣】の女の子を養うことになった俺。
あのあとインベントリに入っていた俺のぶかぶかの服を雷獣少女に着せて、お姫様抱っこした状態で、【高速移動】。
ノォーエツへ帰ってきた次第だ。
からんからん♪
「ただいまー」
「おかえりなさい、ジュードさんっ!」
俺が帰ってくると同時に、バイト少女のハルコが、俺に向かって走ってくる。
「ただいまハルちゃん。店番任せてごめんね」
「いえ! あまりお客さん来てなかったので、大丈夫でしたっ」
そっかそれは良かった。
ハルコは俺の腕に抱えている、少女に気づく。
「ジュードさん、その子、誰ですか?」
「ああこの子は……」
と説明しようとしたそのときだ。
「おとーしゃん、この人だぁれ?」
雷獣少女が、ハルコを指さして、曇りなき眼で言う。
ぴしぃっ…………!!!
「はわ、はわあわはわわっ!」
顔色が真っ青になったハルコが、唇を震わせる。白目をむいて、がたがたがと体を震わせた。
「ど、どうしたのハルちゃん?」
「……ジュードさん結婚してたんだにか……はぁ、でもまあかっこいいし頼れるし、結婚しててもおかしくないけど、そっかぁ……」
「は、ハルちゃん?」
俺が声をかけると、ハルコが顔を上げる。
「か、かわいい娘さんですねっ!」
半泣きで、ハルコが言う。なんで泣いてるの、この子?
「違うよ、実の娘じゃない。この子は拾ったんだ」
「うん。おとーしゃんにひろわれたのっ!」
にこーっと純粋な笑みを浮かべる雷獣少女。……名前決めないとな。
「そ、そうなんだぁ……。良かったぁ……」
ほぉーっと吐息をつくハルコ。
「けどジュードさん拾ったってどういうことですか?」
「ああ、実はこの子なぁ…………あー…………」
正体がモンスターだ、と正直に話して良いものかと迷う。ひとによっては嫌悪感を示す場合もあるだろうし。
まあでもこの子に限ってそれは、いやでも万一を考えて、黙っておこう。うん、黙っておこう。
「らいじゅー!」
と、雷獣少女が、元気よく手を上げて言う。
「へっ?」
「だから、あたち、らいじゅー!」
元気いっぱいに、雷獣少女がそういう。おぅ……。
「じゅ、ジュードさん。この子雷獣とかなんとか言ってますけど」
「あー……いやぁ? 違うんじゃない? ハルちゃんの聞き間違いじゃない? この子は普通の女の子で、森の中で拾ったんだよ」
と即興で考えついた嘘を述べたのだが……。
「! じゅ、ジュードさん! この子……空浮いてるんですけどっ!」
「うっそぉ~……ん」
雷獣少女は、いつの間にか、俺の腕からすり抜けていた。それどころか、ぷかぷかと、空に浮いてるじゃないか。
「おとーしゃーん♡ あたち空とべりゅの~。しゅごいでしょ~ほめて~♪」
きゃあきゃあ、と無邪気に笑う雷獣少女。
「え、え゛ぇええええええええええええええええええ!?!?!?!?!?!?」
ハルコが目を極限までひんむいていた。
「これどういうことですかーーーーーーーーーーーーー!?」
「おとーしゃーん! ほめてって言ってるのに! ほめてくれない! えーーーーーーーーーーん!!!」
ああもうめちゃくちゃだよ……。
☆
5分後。
雨で閑古鳥の鳴いている、喫茶店の店内にて。
いつもの窓際の席に、俺とハルコは対面するようにして座っている。
ハルコの膝の上には、雷獣少女が座っていた。彼女の膝上が気に入ったようだ。
あの騒ぎの後、俺はハルコに、事情をかいつまんで説明した次第。
「つまりこの子は……本物のS級モンスター……なんですか?」
「ああ。正真正銘、この子は雷獣というモンスターだった。俺が育てるって決意した途端、人間の姿になったんだ」
まあ人間と言っても、雷獣少女には猫耳と猫尻尾が生えているので、獣人に見えなくもない。
「こんなにかわいいのに、モンスターなんですね」
ハルコが雷獣少女のほっぺたを、ぷにぷにと触る。
「はるちゃん、くしゅぐったい~♪」
きゃっきゃ、と雷獣少女が無邪気に笑う。指で少女のほっぺを押すと、ふみゅっとへこんだ。柔らかそう。あとで触らせてもらおう。
「それで……ジュードさんはこの子を育てるおつもりなんですよね」
「ああ。この子は実に無邪気だ。人間に危害を加えるようなことはないと思う。だからこの家で育てようって思ってるんだ」
手のつけられないレベルで暴れん坊だったら、森の中で小屋でも建てて育てようかと思ったが。
今もハルコの膝の上で、おとなしくしているし。なら店(客が来る)でもあるこの家で、育てても問題ないだろう。
「そうですね。普通の人間の子供みたいですし、かわいいですし」
ハルコはほほえむと、ふにふにと少女のほっぺを触る。少女はうれしそうに目を細める。
「はるちゃん、ろーしたの~? おとーしゃんと、なにはなしてたの~?」
「んー? あなたがとってもかわいいですねー、って話してたんだよー?」
ハルコがニコッと笑うと、ぱぁ……っと雷獣少女が笑顔になる。
「えへー♪ はるちゃんありがと~♪ はるちゃんもとってもかわいいですねー」
「ふふっ、ありがと……えっと……えっとぉ」
ハルコが口ごもる。
「どうしたの?」
「ジュードさん、この子の名前、なんて言うんですか?」
「ああ、そうだった。まだ名前すらないんだよ、この子」
なにせ生後3日だからな。……というか、生後3日にしては、この子、でかすぎない?
見た目や身長は……5歳児相当だろうか。人間で生後3日といえば、まだまだ小さな赤子だ。
だのにこの子は、ある程度成長した人間の姿をしている。なぜだろうか……。まあ、人間じゃないからという答えが妥当だろう。
それはさておき。
「名前ないんじゃ不便ですよね」
「? はるちゃん、ふべんってー?」
「お名前ないと、お父さんに呼んでもらえなくて悲しいね、って話」
「! それはこまりゅ! とってもとってもこまりゅ!」
くわっ、と雷獣少女が目を見開く。
「ジュードさん、この子に名前をつけてあげましょう」
「おとーしゃん! このこになまえをつけてあげましょっ」
雷獣少女が、ハルコのまねをする。
「あら、まねっこ?」
「うん、まねっこ!」
えへーっと笑うハルコと雷獣少女。ううむ、すっかり打ち解け合っている。仲いいなぁ。姉と妹みたいだ。
「それで……ええと、名前だったか。名前、名前なぁ……」
どうしよう。ぱっと出てこない。なにせこちとら、子供を持った経験がないのだ。
どんな名前が良いのかわからない。
「ふぅむ、どうしよう……。名前ってみんなどうやってつけてるんだろうな」
「そうですねぇ……。おらの村……じゃない、わたしの故郷の村では、子供にどんな子に育ってほしいかって思いを込めて、名前をつけていました」
「ふぅむ……。思い、かぁ」
俺は雷獣少女を見やる。この子は、親が居ない。母親は出産と同時に他界してしまった。
本当の意味での、血のつながった家族は、この子にはいない。俺という義父がいるとしても、その根本は変えられない。
親の居ないこの子にたいして、親の代わりに、この子に名前をつける。責任は重い。
さて……なにを思うか。この子へ……。
「そうだな……この子には強く生きてほしいって思うな」
スタート時点で、産みの親が居ないというハンディを背負っているのだ。それに負けず、強く生きてほしい。
「だから何か強い名前を……強い……」
俺は雷獣少女をつぶさに見る。オレンジがかかった金髪。くねくねと動く猫の尻尾。
……いや。
「猫じゃない……」
雷獣の尻尾には、縞模様が入っている。猫と言うより、虎の尻尾だ。
「虎……虎か。とらこ……いや、タイガー……タイガ。タイガなんてどうだ?」
俺は雷獣少女とハルコに、そういう。
「タイガちゃん、ですか……。ちょっと男の子っぽい名前かなーって思う気がしますけど、どう?」
ハルコは雷獣少女に尋ねる。
「いいとおもいましゅ!」
にぱっと笑う雷獣少女。しっぽがうれしそうに、くねくねと動いていた。
「よし、じゃあおまえは今日からタイガだ。よろしくな、タイガ」
「よろしくね、タイガちゃん」
俺たちが笑い合うと、雷獣少女……タイガは晴れやかな表情でうなずく。
「うん! よろしくね、おとーしゃんっ! はるちゃん!」
かくしてこの子の名前と、この子を育てる決意を固め……のだが。
問題が少し、発生した。
名前が決まったあと、俺は時計を見やる。
「もう夕方か……雨もやまないし、ハルちゃん、今日はもう上がりでいいよ」
「え、いいんですか?」
「うん。待っててもお客さん来なさそうだし。もう仕事上がって」
「うう……もっとジュードさんと一緒に居たかったけど……わかりましたっ」
ハルコがタイガを、よいしょと持ち上げる。そしてとなりの椅子に座らせる。
バイト少女は立ち上がって、エプロンを外す。
「はるちゃん、はるちゃん」
タイガがハルコに腕を伸ばす。ハルコはニコニコ笑って、彼女を抱き上げる。
「んー? どうしたの、タイガちゃん」
「はるちゃんどこいくのー?」
「おうちに帰るんだよー」
ハルコが答えると、タイガは「ふぇ?」と首をかしげる。
「なにいってるのー? はるちゃんのおうちはここでしょー?」
「「え?」」
どうやらタイガは、ハルコがここに住んでいると勘違いしているようだった。
「ちちちち、違うよタイガちゃん。おおおおら、じゃない、おらおら、じゃない、おらはここに住んでないよっ! 別のところに住んでいるんだに!」
顔を真っ赤にして、ハルコが方言丸出しで言う。
「べつ?」
「タイガ。ハルコはここにお仕事に来てるんだ。お仕事が終わったから、帰るんだよ」
俺の言葉を、タイガは理解できてないようだった。首をかしげている。
「ええっと……ばいばいってこと」
「! そんなの……いやっ!」
タイガがガバッ! とハルコの豊満な胸に抱きつく。
「いやいやっ! はるちゃんとばいばいしたくないっ! ずっとあたちと一緒に、おとーしゃんと一緒にいるのっ!」
だだをこねるタイガ。
「ええと……タイガちゃん。そうはいかない……」
と、そのときだった。
「いや……」
ぱち……ぱちぱちっ……と、タイガの周りに、静電気が発生する。
「いやぁ……」
ぱちちちちっ、と静電気がだんだん大きくなっていく。
「え、えっ?」
「ハルちゃん、パース!」
「は、はいっ!」
俺はハルコから、タイガを受け取る。
「やーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ!!!!!!!!!!!!!
高圧電流が、タイガから流れる。俺はとっさに、騎士の持つスキル【頑丈さ超向上】を発動した。
これによって、俺はちょっとやそっとのダメージでは傷つかなくなる。
タイガの発した電流をもろに受けたけど、俺は平気だった。
「やー! やー! ハルちゃんと一緒! おとーしゃんと一緒がいいのー!」
バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ!!!
彼女が泣くたび、電流が流れる。俺にだけ当たっていればいいのだが、もれた電流があちこちに当たってしまう。
ぱりんぱりんぱりんっ! と食器などが割れていく。
「わー! タイガやめろって!」
「やーーーーーーーーーーー!」
「ど、どうするかなぁ……」
解決法があるにはある。シンプルだ。ハルコもタイガのそばで生活すれば良い。
だがそれってこの店で、俺たち三人で暮らすということなる。若い乙女にとって、こんなおっさんと同棲なんて嫌に決まってるだろうし……。
と沈思黙考する傍らで、ハルコがぶつぶつと何かを呟く。
「……ハルコ、これはチャンスだに。ここはアタック。アタックするべきっ! がんばれハルコ。がんばれハルコっ!」
ふんすっ、と鼻息をつくと、ハルコが言う。
「あのっ! ジュードさん! ご提案があります!」
「お、おうどうした?」
元気良すぎて、俺はびっくりしながら、彼女の返事を待つ。
「あの……ここに住まわせてもらうことって、可能でしょうかっ!」
ハルコの提案は、俺の望んだ物だった。
「いやうん、俺はそうしてもらえると助かるけど……いいの?」
「は、はい! わたしは全然! だってわたしが帰ろうとすると、タイガちゃんが! タイガちゃんが泣いて大変ですから!」
ハルコはどうやら、俺に協力してくれるみたいだ。ありがてえ。
「助かるけど、こんなおっさんと一つ屋根の下なんて、ハルちゃん嫌じゃない?」
「そんなまさか! むしろご褒美だに!」
「え?」「ああえっと、平気です! わたしこの喫茶店、大好きなのでっ」
一瞬ご褒美とか、よくわからないこと言っていたけど、それはさておき。
彼女が了承してくれたのだ。タイガのために。せっかくの厚意だ。
「それじゃあ……ハルちゃん。悪いけど、今日からよろしくね」
「はいっ! はいっ! 末永く、よろしくお願いします! ふつつかな女ですが、どうか!」
なんか結婚の挨拶みたいだなぁ、と思いながら、まあ違うよなと思い直す。
こんな若くてかわいいおっぱいの大きい少女が、俺のような冴えないおっさんと付き合うわけないのだから。
ともあれ。
こうして我が屋に、雷獣少女のタイガと、バイト少女のハルコが、一緒に暮らすことになったのだった。
これにて一区切りです。次回から2章になります。
次回からもジュードの普通(当社比)な日常を描いていきます。
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次回もよろしくお願いします!