10.英雄、S級エルフ剣士に決闘を申し込まれる
ハルコが我が家に居候することになってから、数日たったある日のこと。
午前中。その日は朝から晴れていた。
喫茶店ストレイキャッツには、主婦やおじいちゃんおばあちゃんたちが客としてきていた。そこそこの客の入りだ。
とは言っても、平日の午前中。学生は学校や家(農家)の手伝い。社会人たちは働いている。
よって店の中は、ガラガラではないけれど、しかし忙しいというわけではない。
俺はカウンターでぼけっとしながら、からになったカップをたまに見かけては、コーヒーのおかわりを勧めるという単純作業をしていた。
からんからん♪
「ジュードさん。ただいま帰りましたっ!」
「おとーしゃん、ただいまかえりましゅ……ましゅ……ましたっ」
バイト少女のハルコと、雷獣の娘タイガが、なかよく手をつないで、外から帰ってきた。
「おかえり~ふたりとも。ごめんねハルちゃん、お使い頼んじゃって。それにタイガの面倒まで見てもらって」
ハルコには冒険者ギルドの、ギルドマスターに、コーヒーを届けに行ってもらっていたのだ。
ハルコが出て行こうとすると、それを見かけたタイガが自分もついてく! と主張。
結果、彼女にお使い+子供の世話を頼んでしまった。申し訳ねえ。
「いえっ! 大丈夫ですっ! 楽しかったし、お気になさらずっ」
「おきになしゃらず~♪」
手を上げるハルコと、それを見たタイガがまねして、手をシュパッとあげる。
「あ、タイガちゃんまねっこ?」
「うんっ♪ はるちゃんのまねっこ♪」
「上手にまねっこできてたねー」
「ほんと~♪ わぁい♪」
えへーっと笑うハルコとタイガ。数日前に、ハルコは我が家(兼ねる喫茶店)へ引っ越してきた。
俺とタイガ、そしてハルコの三人で住み始めた。
喫茶店の2階には、空きスペースがいくつもある。俺とタイガは同じ部屋。そしてそのとなりの部屋を、ハルコが使っている。
S級モンスターとの共同生活、どうなることかと思っていたが、意外と上手くいっていた。ハルコが子供の面倒のみかたや接し方を、よく心得ているのが大きい。
もしハルコがいなかったら、今頃、タイガにおトイレのさせ方を教えられず、右往左往していたことだろう。
「な、なんですかジュードさん。わ、わたしのこと見つめて?」
「ん。いやぁ、ハルちゃんは頼りになるなぁって思ってさ」
「え、えへへ~♪ ジュードさんに褒められだに~♪ おらうれしいだに~♪」
「だにー♪」
えへーっと笑うハルコとタイガ。仲の良いことは良いことだ。
さて。
タイガはカウンターの前のイスに座らせる。かんしゃくを起こさないよう、目の届く位置にいてもらっている。
ハルコはテーブルを回りながら、注文を聞いたり、コーヒーのおかわりを聞いたりしている。
俺はランチタイムに備えて、スープを煮込んでいた。
「ジュードさん、おかわりいらないって言われました」
苦笑しながら、ハルコがカウンターへと戻ってくる。
コーヒーのおかわりを聞いて回って、帰ってきたハルコ。
まあ、客の数は少ないし、みんなおしゃべりに夢中だ。そうそうおかわりなんてしない。なのですぐに手持ち無沙汰になったみたいだ。
ハルコはタイガの隣に座る。タイガはハルコが帰ってくると、「はーるちゃん♪」うれしそうに、お膝の上に移動。「よしよし」「えへー♪」
仲睦まじいふたり。するとハルコが、ふと思い出したように言う。
「そういえばジュードさん。さっきギルドへ行ってきたんですけど、すごくざわついていました」
「ざわついてた? なんで?」
「なんでもすごい冒険者が、ノォーエツ冒険者ギルドにやってきたみたいなんです。とってもつよくて、確かランクはS級って言ってました」
「ほぅ、まあまあ強いな」
最近知り合った冒険者ギルドのギルドマスターから、彼らの制度や討伐対象であるモンスターについて、あれこれ聞いた(たまにコーヒーを飲みに来るのだ)。
それによると冒険者のランクは、討伐できるモンスターのランクで決まるという。
S級のモンスターを倒せるなら、S級冒険者。F級しか倒せないならF級冒険者。
「ま、まあまあって……S級モンスターって自然災害と同じなんでしょう? 強いですよ」
「! はるちゃん、あたち、つよいのっ?」
はっ……! とタイガが、会話に割って入ってくる。ハルコはニコニコと笑いながら、
「うん、タイガちゃんはとっても強いの。すごいね♪」
「えへー♪ あたちしゅごいの~♪」
ほわんと笑うハルコとタイガ。
「しかし……ふぅむ。確かS級冒険者って、数がいないんじゃなかったのか?」
とギルドマスターが言っていたような気がする。だからこそ、雷獣騒動をすぐに納めることができなかったのだと。
3日も放置って結構だよな。それだけS級を倒せるほどの腕を持った冒険者が、数少ないということ。
「その数すくない冒険者が、なんでノォーエツに? 雷獣騒動はもう収まっただろ」
最近ギルマスから、俺あての直接の依頼は来てない。それだけ平和ということだ。
だのに、S級の冒険者がやってきた。何の被害もないのに、わざわざこんな田舎町へとやってきた。
「なにかあるような気がするなぁ」
「何かってなんでしょうか?」
「それを言われるとなー。わかんないけどさ。……ふぅむ」
うむむ、と悩んでいたそのときだ。
からんからん♪
「いらっしゃいませー」
ドアをくぐってきた人物に向かって、俺は笑顔で言う。すると……。
「いたぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
そいつは入ってくるなり、大声で叫ぶ。客やハルコ、そしてタイガも、なんだどうしたと目を丸くする。
そこにいたのは、森の緑のように美しい髪をした、エルフの少女だった。
緑の髪を腰のあたりまで伸ばしている。手入れしてないのか、ぼさっとしていた。
目は黄金色で、らんらんと輝いている。
特徴的なのは、エルフの長耳。そして何より、
「お、おっきい胸だにぃ~……」
「ハルちゃんよりでっかーい!」
女性陣が目を見張るほどの、大きすぎるおっぱいだ。なんだあれ。人間の頭くらいあるぞ。でかすぎるだろ。
「オリオン! あんたこんなとこに隠れてたのねっ!!! 探したわっ!」
俺を指さし、うれしそうに笑いながら、おっぱいエルフが言う。
うれしそう、というか、宿敵を見つけた。みたいな、挑むような笑みだった。
「そのアホほどでかいおっぱいと、俺をオリオンと呼ぶおまえは……」
「そうそう、アホみたいにおっきいおっぱいのアタシは……って、誰がアホよ! 失礼ね! 頭良いし! ちょー頭良いし! むきー!」
エルフ少女が両手をふるって怒る。ばるんばるん、とおっぱいがとんでもないことになっていた。
「オリオン! あ、アタシのこと、忘れたとは言わせないわよっ! お、覚えてるわよねっ?」
「ああ、もちろんだよ」
俺は少女の名前を呼ぶ。
「シャーリィ」
☆
エルフ少女・シャーリィ。
彼女は、俺が子供の頃、傭兵団に居たときからの、ふるい知り合いだ。
いわゆる幼なじみってやつだな。
その幼なじみのエルフ少女と俺は、なぜか街の外にいた。
街の外、森の中に、俺たちはいた。前にキキララに訓練を施したところと同じ森だ。
「さぁオリオン! ここであったが百年目! 今日こそあんたをぶっ倒すんだから!」
シャーリィはギラギラとした目を俺に向けながら、腰に佩いた剣を引き抜く。ちなみに【オリオン】とは俺の苗字な。【ジューダス・オリオン】
しゃりんっ……。
美しい音色とともに、両腰につけていた短剣を2本、手に取る。
「さぁ決闘よオリオン! 今日こそあんたを倒してやるんだから!」
「ん。いいぞ。いつでもかかってこい。ちょっとは強くなったか?」
俺も魔剣フランベルジュ(砂漠エルフの女王にもらったやつ)を抜いて構える。
「馬鹿にしないで! アタシめっちゃ頑張って、S級になったんだから!」
「ほぉー……。お、ということは、こいつか。ノォーエツにきたS級冒険者って」
「ごちゃごちゃ言ってるんじゃないわよ。さっ、勝負!」
「ああ」
一触即発の雰囲気。そのときだ。
「ま、まってくださぁい!」
だだだ! と俺たちの方へ、ハルコが走ってきた。
ふぅふぅ、と息をつきながら、ハルコが俺の前に立ち塞がる。
「乱暴はやめてください! ジュードさんが何をしたって言うんですかっ?」
きっ、とにらみながら、ハルコが言う。
「はぁ? あんた何言ってるの? アタシは別にこいつに乱暴なんてするつもりはないし。単に決闘するだけだし」
「それが乱暴っていうんです! どうしてそんな決闘なんてするんですかっ?」
事情を知らないハルコが、シャーリィに尋ねる。エルフ少女は、「決まってるじゃない!」と言って、答える。
「オリオンのお嫁さんにしてもらうためだし!」
と。
「は…………? へ? お、お嫁さん……?」
ぽかん、とハルコ。
「そうよ! お嫁さん! オリオンをぶっ倒して、アタシはこいつと結婚するの!」
シャーリィが俺を指さす。
ばーん! と音が出そう。出てないけど実際。
「……じゅ、ジュードさぁん……どういうことー?」
俺はハルコに説明する。
「この子は特別な部族の出身なんだ。戦闘民族っていうのかな。とにかくすっごい強い部族の族長の娘だったんだよ」
「だった?」
俺はうなずく。
「この子を残して、みんな死んじゃったんだ。S級モンスターに、戦いを挑んでな」
部族全員が戦いに挑み、奇跡的にシャーリィだけが生き残った。そこを俺が保護した次第。
「で、その部族のしきたりで、結婚の際は、申し込む側が勝たない限り、相手との結婚は成立しないってなってるんだ」
「そう! だからアタシはオリオンに決闘を挑むの! オリオンをアタシの旦那様にするために! だから邪魔しないで! あんたはすっこんでなさいよ!」
かみつくように、 シャーリィが言う。
「まあそういうわけだから、ハルちゃん。ちょっと下がってて。ここにいると危ないよ」
「じゅ、ジュードさぁ……ん」
潤んだ目を、ハルコが向けてくる。
「この子と結婚したいんですかぁ?」
「え、いや? 別に」
「へ?」
ぽかーん、とハルコ。
「まあ、いろいろあるんだよ。シャーリィと俺には。それはまた今度説明するな」
俺はハルコを押して、後ろに下がらせる。
剣を構えて、シャーリィの前に立つ。
「待たせた」
「待ったわ!」
「んじゃやるか」
「今日こそ勝つ!」
シャーリィはそう言うと、おもむろに身につけていた靴を脱いで裸足になる。
「冷たい! なんで冷たいのよ!」
「そら冬だからに決まってるだろ」
「言われてみるとそうね!」
裸足になったシャーリィは、しゃがみこみ、足首に短剣をくくりつける。刃先を後ろに向けて、くるぶしの横につける。
ちょうど鎌みたいな感じ。足が棒で、ナイフが刃。
「準備完了!」
「ああ、そんじゃちゃっちゃとやるぞ。寒いからな」
俺たちは向き合う。
ぶわっ……!
シャーリィを中心に、膨大な魔力が吹き荒れる。なるほど、鍛えてるのは確かなようだ。
ふっ……。
と、シャーリィが視界から、音もなく消える。
「そこか」
俺は半身をひねって、体の前に剣を持って行く。
がきぃいいいいいいいいいいいいん!!
シャーリィは右手に持った短剣を、俺のうなじめがけて、躊躇なく振るっていた。それを俺が剣で受けたのだ。
「よく受けたじゃない! さすがアタシの旦那!」
「そりゃどうも。でもまだ旦那じゃねえけどな」
「すぐにアタシの旦那にしてあげるんだから!」
そう言って、またシャーリィが消える。彼女の職業は【妖精剣舞士】。
あまり聞かない職業だが、ようするに【暗殺者】と【魔法剣士】の両方の性質を持った、特別な職業である。
【暗殺者】が入ってるため、彼女の攻撃は、基本的に死角から始まる。
「よっ」
ガキンッ……!!
今度は俺の右足を狙った一撃だ。彼女の足にくくりつけられた短剣。
それを彼女は足払いの要領で、俺のアキレス腱を狙ってきたのである。
「まだまだっ……!」
シャーリィはそのまま追撃。両手・両足の短剣をフルに使った、連続攻撃。
ガキキキキキキキキキキキッ……!!!
刃物同士がぶつかる金属音。シャーリィの連続攻撃が、あまりに早すぎて、一つの音になって聞こえる。
彼女は両手を振るうだけじゃなく、足蹴りやかかと落としなど、両手足を使って絶え間なく俺に攻撃を浴びせてくる。
ガキキキキキキキキキキキッ……!!!
キンキンキンキンキンキン…………!!
「結構やるようになったなぁ」
「くっ……! どうしてアタシの剣舞が全く当たらないのよ!」
「そりゃ当たらないようにしてるからなぁ」
【動体視力強化】と【敏捷性向上】で、反応速度を極限まで上げている。
さらに【索敵】スキルを使って、彼女の死角からの不意打ちをすべて防いでいる。
ガガガガッ! ガキガキッ! キンキンキン! ドガガガガッ!
息もつかせぬ連続攻撃。それをすべて俺は剣で打ち払う。
やがて剣の舞踏が、ぴったりと止まる。
「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……」
シャーリィは額から大量の汗をかいていた。肩で息をしている。
「もう降参か?」
「そ、そんなわけないでしょっ。まだ今日の日のために開発した、アタシのウルトラスーパーな必殺技を披露してないんだから!」
「ほー。そりゃ楽しみ」
彼女は俺から距離を取る。
「はぁああ……!!!!」
シャーリィは気合いを入れると、大量の魔力が彼女から噴出した。
目に見えるほど、濃密な魔力。蒼い輝きが、シャーリィを包む。
「はぁっ……!」
シャーリィは持っていた2本の短剣を、魔力とともに、空に放り投げる。
魔力を帯びた短剣は、空中で向きを変えると……。
青い魔力の光が、無数の短剣となって、俺めがけて降り注いできた。
「これがアタシの超必殺!【秋雨蒼刃斬】」
頭上から何千何万という、魔力でできたナイフが、俺めがけてすごいスピードで降り注ぐ。
さながら流星のごとくだ。
ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッッッッ!!!!!!
速射砲よりも早く、そして威力のある短剣の落下。しかしそれは……。
がぁぎぃいいーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!
「な、なんで1本も当たってないのよぉ……!」
ナイフの雨が降り注いでも、俺は全くの無傷だった。
「いや悪い、【反射】スキル使わせてもらったわ」
騎士からコピらせてもらったスキル、【完全反射】。あらゆる物理・魔法攻撃を反射するスキル。
これを使って、俺は降り注ぐ魔力のナイフをはじいたのだ。
あ、ちなみにハルコは無事だ。はじかれたナイフがハルコのもとへ飛んでいかないよう、【見抜く目】を使用。
【はじかれた場合ハルコへ向かって飛んでいくナイフ】のみ、俺はすべて自分の剣で切り伏せた次第。
「ハルちゃん無事?」
「は、ひ…………」
後ろの方で、ハルコがぺたん……と座り込む。良かった無事みたい。
「くっそぉ! また負けたぁ!」
シャーリィはその場に、大の字になって倒れる。
肩で息をしている。体力も魔力も、さっきので使い切ったのだろう。
俺はシャーリィのそばへいき、【インベントリ】から水入りの革袋を取り出す。
「ナイスファイト」
「また負けちゃった……あーあ、いつになったらあんたのお嫁さんになれるのよう」
不満げにシャーリィがつぶやく。
「まあまあ。いつでも挑みにきていいぞ。前と違って、今の俺勇者パーティの仕事がないからな」
以前から何度も、この子には絡まれていた。だが俺には勇者一行の仕事があった。
シャーリィはその辺律儀というか、仕事が忙しいというと、無理に挑んでこないのだ。
しかしもう、俺は勇者パーティを追放された。俺には時間ができた。
「そっか……そうね。うん、決めた!」
シャーリィは笑顔でうなずくと、半身を起こす。
「オリオン、あんたあの店に住んでるんだって?」
「ん? ああ、あそこが職場兼家だ」
「なら!」
シャーリィは俺に、びしっ、と指を突き立てる。
「あんたの家に、住まわせなさい! そうすれば、何度もあんたのとこに行く手間が省けるわっ!」
……その後ハルコとシャーリィがもめたり、俺とも一悶着あった。
おもに説得だ。だが何を言っても、シャーリィは引こうとしなかった。
結局俺は折れることにした。シャーリィに何度も足を運んでもらうの、悪いしな。
かくして、俺の家に、幼なじみのエルフ少女が、居候することになったのだった。
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ではまた!




