11.英雄、休日に娘とバイト少女とデートする
シャーリィがうちにやってきた翌日。
この日は喫茶店の定休日だ。
朝。喫茶店・ストレイキャッツの店の前にて。
俺はタイガと一緒に、【彼女】が来るのを待っていた。
「おんやぁ、ジュードちゃん。タイガちゃん。なぁにやってるんだい?」
「ジェニファーばあちゃん、こんにちは」
「こんちわー!」
お向かいに住んでいるおばあちゃんだ。タイガが元気よく挨拶すると、おばあちゃんはニコニコ笑って、娘の頭をなでる。
「タイガちゃん、そんなおめかししてどうしたの?」
タイガは暖かそうなコートとマフラー、耳当てに、そして肩からポシェットをかけている。
「きょーはねっ、おとーしゃんとで……で……デート。そう、デートしゅるのっ」
にぱーっと笑うタイガ。
「せっかくだからタイガにこの町を案内しようと思ってさ」
「なるほどねぇい。お父ちゃんとデートできて、良かったねぇい」
「うんー! よかったねぇなの!」
えへーっと笑うタイガ。と、そのときだった。
からんからん♪
「ジュードさんっ、お、おまたせしましたー!」
店のドアが開き、やってきたのはバイト少女のハルコだ。
「いやぁ、別に待ってねえよ。な、タイガ」
「まってねぇよぉ、ね、おとーしゃん」
「「ねーっ」」
タイガはハルコに近づいて、ぴしっと指を指す。
「きょーのはるちゃん、とってもきれいなの~♪」
「そ、そうかなぁ~?」
確かに今日の彼女は、いつもと何か違っていた。メイクをしているし、それに心なしかおしゃれをしてるような気がする。
この寒いのにミニスカートだし。
「なんだいジュードちゃん、ハルコちゃんともデートするのかい?」
楽しそうにジェニファーばあちゃんが笑う。ハルコは顔を真っ赤にすると、
「ちちち、違います! お、おらはタイガちゃんの付き添いだに!」
「付き添い?」とばあちゃん。
「そ、そうだにっ。タイガちゃんがどーしても、どーしても付いてきて-! っていうから! おらもついて行くんだに! ね、タイガちゃんっ」
「そうだにー♪」
というわけである。
「ふーん、ふーん、ふぅうん」
「ん? なんだよばあちゃん」
ジェニファーばあちゃんが、ニヨニヨと含み笑いする。
「モテモテだねぇい、ジュードちゃんは」
「え、なんのこと?」
「なぁんでもないさね」
ばあちゃんはススス、とハルコのそばへ移動。
「……ハルちゃん、頑張ってね♪ ジュードちゃんをモノにするチャンスだよっ」
「え、ええ!? な、なんのことだにっ? お、おらは単に付き添いであってべつにチャンスとか思ってないだにっ」
ふたりが謎の会話を繰り広げていた。
「チャンス? なんのこと」
「なんでもないさね。ほらさっさといきな。タイガちゃんが早く早くってうずうずしてるさね」
ばあちゃんがほほえんで言う。
「そうだな。よしタイガ。待たせて悪いな」
「ううんっ! ぜんぜんまってない!」
タイガはハルコに近づく。
「はるちゃん!」
「うん♪ 抱っこだね。おいでー」
ハルコはよいしょ、とタイガを抱っこする。
「おいおいタイガ。どうしてお父さんの方に来てくれないんだ?」
「だっておとーしゃんのおむね、カチカチできもちよくないんだもん。はるちゃんのおむねのほーが、ふにふにで好きなんだもん♪」
「くぅ、ふられちまったぜ。ごめんねハルちゃん。疲れたらすぐ代わるから」
俺が言うと、ハルコはニコッと笑って首を振る。
「いいえっ。大丈夫ですっ! 今日のわたしは、普段よりも元気百倍ですからっ!」
ふんすっ、と鼻息をあらくして、ハルコが言う。
「そうか。でも無理しないでね」
「はいっ! 無理しませんっ!」
「あたちもっ! むりしましぇんっ!」
「あ、またまねっこだね♪」
「うんっ、はるちゃんのまねっこ好き~」
えへへ、と笑うふたり。
「そんじゃ行くか」
「「おー!」」
かくして娘とバイト少女とともに、街を見て回ることにしたのだった。
☆
ノォーエツの街は、王都から大分離れた田舎町だ。
といっても人が居ないわけではない。
なぜならノォーエツ近辺には、自然ダンジョン(魔素が濃く、魔物が住み着いている森など)。
さらに普通のダンジョンも近くに多くある。
ダンジョンが多いと言うことは、そこへやってくる冒険者も多いということ。
冒険者が多く集まると言うことは、彼らに食事を提供したり、アイテムを売ったりする商人たちも集まる。
そして彼らが寝泊まりする場を設ける宿やら娯楽施設などができる。
かようにノォーエツは田舎町ではあるものの、さびれた街というわけではない。
さておき。
俺はハルコと一緒に、ノォーエツの街を歩く。
「お! ジュードじゃあないか!」
「お、八百屋のおっちゃん」
八百屋の前に行くと、店主のおっちゃんが俺に話しかけてきた。
「今朝も雪かきありがとなー!」
「いや、別に気にしないでくれよ。あれ朝の運動みたいなもんだ。やらないと逆に体が鈍る」
俺は毎朝起きると、店が始まる前、街の雪かきをして回る。
今日は定休日で、早起きする必要はなかったのだが。まあ癖でついな。
「ったくおめーさんってやつはよぉ! たいした男だぜ。誰にも頼まれてないのに毎朝重労働をするなんてなっ!」
「いやぁ、照れるなぁ」
すると八百屋のおやじが、ハルコとタイガに気づく。
「その子がおめーさんが拾ったって言うタイガちゃんか!」
「あいっ! タイガちゃんれしゅっ!」
「おっ、元気の良い嬢ちゃんだ! よしよし、りんごくうかい?」
「食う!」
八百屋のおっちゃんが、店のリンゴを10個ばかし紙袋に入れて、俺に手渡してくる。
「お金払うよ」
「なーーにばかなこといってんだ! おめーさんから金もらうわけにはいかねえよ! いつもウチの店の前の雪かきしてもらってんだ。これはそのお礼だ!」
ニコニコしながら、八百屋のおやじがリンゴを渡してくる。こういうのは受け取るのが礼儀だよな。
「さんきゅー、おっちゃん。ほらタイガ、りんごもらったぞ。お礼言わないと、おっちゃんサンキューって」
「おっちゃん、さんきゅー!」
笑顔を浮かべながら、タイガが挨拶を返す。
「おっ、なんだ今日はハルちゃんも一緒かっ!」
「はいっ! こんにちはっ」
八百屋のおっちゃんの奥さんも、たまにうちにコーヒーを飲みに来るので、俺たちのことを知っているのだ。
「とゆーことは嬢ちゃん、ついにデートにこぎ着け」「わっ、わっ、わーー! おじさま今日は良い天気ですね~~~~!」
ハルコが顔を真っ赤にして、ぶんぶんぶん! と手を大げさに振るう。
「なるほど……がんばれよ! ハルちゃん!」
「ええと、その……はいっ!」
ハルコが元気いっぱいにうなずく。うんうん、この子はいつも元気元気だ。
ところで何を頑張るのだろうか。
八百屋のおっちゃんと分かれた後、俺たちは街を歩く。と、そのときだ。
「ジュード!」
「お、武器屋の。親父さん元気か?」
武器屋の前に行くと、店主の息子さんが、俺のもとへ駆けつけてきた。
「おう! てかジュード。いま暇? おれの打った剣、見てくれよっ!」
息子が笑顔で、俺にさやの入った剣を渡してくる。
「あー、ハルちゃん。タイガ。ちょっとだけいい?」
「はいっ」「はーい!」
俺は二人の了承を得ると、武器屋の息子が打った剣を手に取る。
俺は【見抜く目】を発動。
こいつは俺の職業【指導者】の持つスキルだ。
対象のあらゆる情報を見抜くチカラがある。
それは作った武器の状態や強さ、そして改善点でさえも、【見抜ける】のだ。
「そうだなぁ。前より良い剣にはなってる。けどまだちょっと刃の部分がゆがんでるな」
俺は剣の刀身を見つめながら言う。
「おまえハンマーで鉄を打つとき、ちょっと力入れすぎみたいだぞ。力一杯たたきつけるのは良くないな」
「でも気合いいれろって親父から教えてもらったけど?」
「そりゃ気合いは必要だ。けど気合いが空回りしてる。ただ気合い入れればいいってもんじゃあない。適切な力加減を覚えた方が良いぞ」
「えー、具体的には?」
そうだなぁ……。
「ハルちゃん、タイガ。悪いんだけど、ちょっとこいつの練習に、付き合っていっても良い?」
「もちろんです!」「もちろんれしゅっ♪」
俺は武器屋の中へと入る。
作業場へと移動。武器屋の息子が鉄を炉にくべて、それをハンマーでたたくのを見学する。
ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ!
「あー、違う。それがだめだ。もうちょい力抜け」
俺は【見抜く目】を持っているので、適切な力加減すらも見抜けるのだ。
何度か息子さんに指摘した後、
カーンッ! カーンッ! カーンッ! カーンッ! カーンッ!
と今度は澄んだ音に代わる。
「お、今の感じ今の感じ」
「これかっ! わかったぜー!」
汗びっしょりになりながら、武器屋の息子がにかっと笑う。
「さんきゅー! ジュード! さすが頼りになるぜ!」
「いやいや、お力になれて何よりだ」
俺は、息子さんに別れを告げて、武器屋を後にする。
「ごめんなふたりとも。時間取らせて」
「いえいえっ、こうしてジュードさんと一緒にいられるだけで、天にも昇るような心地です!」
晴れた日の空のように、ハルコが明るい笑みを浮かべる。
「はるちゃん! あたちはっ? あたちと一緒にいられると、てんにのぼる?」
「もちろん♪ タイガちゃんと一緒で私も楽しいよ~♪」
「きゃはー♪」
つんつん、とハルコがタイガのほっぺをつつく。タイガはうれしそうに笑う。
「そろそろお昼だな。飯食いに行く前に、ちょっと用事済ませて良いか?」
「かまいませんけど、どちらに?」
「ん。知り合いの孤児院へちょっとな」
☆
ノォーエツの町外れへとやってきた俺。
ここに来るまでも、あの後も店のおばちゃんやおっちゃんたちから声をかけられたため、だいぶ時間を食った。
「教会ですよね、ここ?」
「うん。ここのシスターさんが、俺の知り合いがここで先生やってるんだ」
こじんまりとした教会。
俺はそのドアをコンコン、とノックする。
「あら、ゆっくん。こんにちは♡」
出てきたのは教会のシスターだ。
彼女は20代後半だが、まだまだ若く見える。
青い瞳と金髪が特徴的である。
黒いシスター服を着ており、体のラインが隠れているが、実は隠れ巨乳なのを俺は知っている。
「こんちはレベッカさん」
「ど、どうもこんにちは!」「どもー!」
ぺこっと頭を下げるハルコとタイガ。
俺は二人を見て言う。
「この人はシスター・レベッカ。子供の頃おせわになっていた傭兵団の、サブリーダーだった人の、奥さんだ」
「レベッカよ♡ こんにちは、かわいいお嬢さんたち」
レベッカが挨拶する。
「……よ、良かった結婚してるひとっぽいだに。良かった。また恋のライバルができるかもって不安だっただに……」
「ん? どうしたハルちゃん?」
「な、なぁんでもっ! あははっ!」
ハルコがぶんぶんと顔を真っ赤にして、首を振るう。
まあいいか。
「レベッカさん。今日もパンとお菓子、持ってきたよ」
「え……。そ、そんな……いいのよ。だって今日は定休日なんでしょう?」
レベッカがあせあせと言う。
そのときだ。
「「「おにーーちゃーーーーん!!」」」
裏庭から、小さな子供たちが、だだだだーっ! とやってくる。
そのまま俺の体に、だきぃっとくっつく。
「おう、みんな。元気してたか?」
「してたにきまってら!」「ったりめえよぉ!」「おれたちのげんきなめんじゃねえぞ!」
最初にやってきた男の子たちの後ろから、別の子供たちがやってくる。
「おにーちゃん! パンッ! パンはっ?」
「こ、こら。だめよ。今日はゆっくんのお店休みなんだから……」
しかし子供たちは、そんな事情を知らず「ぱーん!」「おかーし!」「ぱーん!」と熱烈なコール。
「おっし、みんな。ちょっと待ってな」
俺は【インベントリ】から、パンの入った紙袋を数個だす。
「「「ぱんだーーーーーーー!」」」
「んでこっちはおかしな。今日はカヌレだ」
「「「おやつーーーーーー!!!!」」」
子供たちは目をキラキラとさせながら、俺の出した紙袋を手に取る。
「ありがとー!」「おにーちゃんいつもサンキュー!」「おにーちゃんが持ってくるパンもおかしもだぁいすきっ!」
笑いながら、パンとおかしを、他の子たちを分けていく。
「も、もうみんなってば……。ごめんねゆっくん」
「良いって。ユーゴさんには世話になったし。その恩返しだよ。気にするこたない」
俺が言うと、ぺこぺことシスターが頭を下げる。
ユーゴさんは、傭兵団のサブリーダーの名前だ。彼には、俺を拾ってくれたリーダーと同じくらい、恩義がある。
「ジュードさん、毎日お昼前になるとどこかへいってたのって、ここだったんですね」
「ああ。店のやつや、やいたお菓子とか、こうして持ってきてたんだよ」
俺が言うと、シスター・レベッカが申し訳なさそうに言う。
「ごめんねゆっくん。毎月の援助金だけじゃなくて、毎日こんなおいしいパンやお菓子まで持ってきてくれて……」
「気にすんな。俺が好きでやってることだからさ」
ノォーエツに来て数日くらいたったあと。俺は街でレベッカさんと偶然再会。
彼女はユーゴさんと、この町で孤児院をやっていたのだ。
ただユーゴさんは、数年前に死んでしまったらしい。その後、お金に困っている状態が長く続いたそうだ。
だから俺は、彼女たち孤児院に、援助金を毎月送っている。
俺は退職金(厳密には違うけど)が結構たんまりあるので、そこから援助として、シスターにお金を渡しているのだ。
「ほんと、ありがとうねゆっくん。あの人が生きてたら、きっと喜んでたと思うわ」
シスターがさみしそうに笑う。
「そう言ってもらえるとうれしいよ。俺もユーゴさんにまた会いたかったなぁ」
しみじみ、と俺たちは言う。
と、そのときである。
「おいおまえ! みねーかおだなっ!」
孤児の一人が、ハルコと、そしてタイガを指さす。
「だれだおまえっ?」
「あたちはタイガっ。おとーしゃんの娘っ!」
タイガが物怖じせず答える。
「おー! おにーちゃんの! なら一緒にサッカーしねーか?」
「うん! するー! ハルちゃん下ろしてっ」
タイガはハルコから降りると、孤児たちと一緒に、裏庭へとかけていった。
「ゆっくん、あの子が前言っていたタイガちゃん?」
孤児院へは何度も足を運んでいるので、シスターはタイガのことを知っている。
「ゆっくん結婚する前に子供できちゃったのね。大変だ」
「そんなことねえよ。毎日三人で楽しいよ」
「ふーん、ふぅん、三人ねぇ」
シスター・レベッカが俺と、そしてとなりのハルコを見る。
「な、なんでしょうかっ?」
「……ふふっ、ゆっくんモテモテだ」
にこーっとほほえむシスター。
「! しょ、初対面なのに……わかりますかっ?」
「もちろん♡ 恋する乙女を応援するわ。がんばって♡」
とシスターがハルコに笑いかける。
「は、はいっ!」
「え、ハルちゃん恋してるの?」
俺が言うと、ふたりが苦笑する。
「昔からこうなんですか?」
「そうね、昔からこんな感じよ」
「良かったら昔の話、きかせてもらえませんかっ?」
「良いわ♡ あ、そうだゆっくん。ちょうどお昼だし、うちで食べていかない?」
シスターがそう提案してくる。
「いいのか?」
「もちろん♡」
シスターがほほえむ。この人は料理の腕がプロ級なのだ。
「そんじゃありがたく、ご相伴に上がろうか、ハルちゃん」
「はいっ!」
☆
その後、孤児院で昼食を食べ、タイガが孤児たちと遊んでいるのを見ながらお茶をする。
すると夕方になっていた。
「ぐー……がー……」
眠るタイガを背中にしょって、俺たちは我が家へと向かって歩いていた。
「ごめんねハルちゃん。長々と付き合ってもらって」
「いえ、お気になさらず! おら……じゃない、わたしもとっても楽しかったので!」
ニコニコと笑うハルコ。良かった。
「けど街を見せて回るって言ったのに、結局全部見て回れなかったなぁ」
タイガが孤児院の子たちと仲良くなり、そこでサッカーなりドッジボールなりと遊びまくって、結局他へ行く時間がなくなってしまったのだ。
「……がんばれハルコ。ここだにぃ。ふぁいとだに!」
ぼしょぼしょ、とハルコが何かを言う。
「じゅ、ジュードさん。その、また次の定休日に、見て回れば良いんじゃないでしょうかっ!」
「おお、そうだなぁ」
「そ、そのときはわたしも、ぜ、ぜひご一緒させてくださいっ!」
ハルコが目をきゅーっと閉じて、俺に言う。
「え、いいの?」
「はいっ!」
「でもハルちゃんもせっかくの休日なんだから、別に俺に付き合わなくても」
「いいんです! わたしが……そうしたいんです! したくてそうしてるんです!」
顔を真っ赤にしたハルコが、
「だ、だめですか……?」
と不安げに俺を見上げる。
「いや、だめじゃないよ。それじゃ、また来週もまた付き合って、くれるかな?」
ハルコはパァアア……! と顔を輝かせると、こう答えた。
「是非ともー!」
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