8話 兎と亀
「っうぇ?」
「「「え?」」」
騒然としていたホールが凍ったように固まった。
「……マジで?」
「マジで」
至極真面目な態度でカナは言う。
一方ラビッツは未だに復活が見込めない。
「おそらく、同行していたニア様およびその護衛の方々も逮捕されたと思われます」
淡々と事実を口にするも、内心は多少の不安を隠せない。
「…う、うそだぁー!!シュナイダーが捕まってしまうなんてぇー!!」
暫くして漸く動き出したラビッツが叫んだ。
先ほどから、変なテンションなのは酔っているせいか。普段のテンションより酷い有り様だ。
「うぅ…よしっ!こーなったらもう全面戦争じゃいぃ!行くぞ野郎共ぉ!!」
「「「うぉぉぉ!!!」」」
裏社会トップクラスのマフィアが全総力を挙げて日本の国家の番犬を叩き潰そうとしている。この事実にカナは本格的に頭痛がしてきた。
「ボス、落ち着いてください。あなたのツテを辿れば警視庁の内部にも人脈があるでしょう!?」
ダメ元だった。追われる立場なのに追う立場の人間にツテがあるとは到底思えなかった。だが、カナも必死だった。これからテロを防ごうというのにまた変な敵を増やすのは得策ではない。彼らが目的を見失わないか不安だった。
「そんなこと言ったって警視庁にツテなんか……あ、あるわ」
「「「…………」」」
衝撃の告白と、一瞬の沈黙。
「「「うえぇぇぇぇぇぇ!!!!???」」」
一同が一体化した瞬間だった。
さすがにビビった、という風にラビッツ自身も驚いている。
「そーいや、あるわ。アイツ元気かな~」
「うぇぇ!?ちょちょちょ、ボス!?それは本当ですか!?」
「お、おぉ。多分な」
カナの剣幕にボスであるラビッツは押され気味。
この人本当にボスか?と【銀兎】一同は思った。
「なら!今直ぐ!あのバカを!連れ戻して来てください!!」
カナが怒鳴って出入り口を指差す。
ラビッツは顔面蒼白で、り、了解しましたぁー!!と半泣きでホテルを飛び出した。
それを見送って、ふぅーとため息を付くと、やや疲れて気味に、力なくホールを出ていった。
カナが出ていった後、ファミリー内では、ある協定が結ばれたという。
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警視庁にて、ラビッツは困惑した。
理由はわからない。
ただ受付で、警視総監に会いたい、と申し出ただけなのに、数人の刑事たちにホールドされている。
無論、ラビッツ自身も彼らに危害を加えるつもりは毛頭無いし、何かを懇願するつもりも無い。強いて言うなら、その手に持っている拳銃を降ろして貰いたいくらいだ。
「動くなッ!不審者め!」
「手をあげろ!」
「動いてないし、手ぇ挙げてるし」
「む、無駄口叩くな!」
と、この有り様である。
ラビッツからしてみればこのような自体は予想外ではあれど、対処の仕方はいくらでもあるのだ。
「だから俺は警視総監に会いに来ただけだ。それ以外にお前らに危害を加えるつもりもないし、もとい相手にしている場合じゃない」
ラビッツが悪びれずに言うが刑事たちは聞く耳を持たない。
どうしたものかと考え始めたときに転機が訪れた。
「何の騒ぎですか。拳銃まで持ち出して」
刑事たちで囲まれたラビッツはその後ろから聞こえた声に希望を見出だす。
「副総監!この怪しげな男が警視総監に会いたいと申し出まして」
「このような怪しげな男に会わせるなどあり得ません!ですので副総監は…」
口々に刑事たちが罵詈雑言を浴びせる。
先ほどカナにも罵詈雑言を浴びせられたばかりのラビッツは最早ノックアウト寸前。
「黙りなさい!会わせるも会わせないもあなた方が決めることではありません。そこを避けなさい」
刑事たちを退けてラビッツと対峙したのは大体、50代後半の女性だ。
「よぉ、元気かい?ちーちゃん」
「やはりあなたでしたか、ミスター・ラビッツ」
ラビッツにちーちゃんと呼ばれた女性は年齢相応の外見をしていて、少したれ目。警視庁副総監・玄田 千代。
懐かしの再開を果たしたラビッツは個人的にもう満足したので帰ろうと思ったが、目的が目的なためそうはいかない。
「ミスター・ラビッツ、アポは取っておりますか?」
「俺たちの仲だ。そんなものは必要ない」
「クスクス。そうですね。そういうことにしておきましょう」
玄田に連れられて、ラビッツは警視総監に会いに行った。
エレベーター内で二人は雑談していた。
「なんで俺がホールドされなきゃならないんだっ」
「それは、一回鏡を観ることを推奨しますよ。ラビッツ、あなたの顔は強面ですから。特にその鼻の傷は」
痛いとこつかれた、といった風に苦い顔をする。
玄田はそんな昔と変わらないラビッツを見て苦笑いした。
「…アイツは元気か?」
「はい。元気でいらっしゃいますよ」
「あんとき以来だな…」
「えぇ…本当に」
場の空気が沈む。
このままでは不味いと感じ取ったラビッツは強引な話題転換を謀る。
「イグゾーストの件、どうだ?」
「それは、警視総監を含めてじっくりと話しましょう」
そこで、エレベーターは止まる。
ドアが自動で開いて、玄田は進む。
ラビッツも置いて行かれまいと後に続く。
コンコン、と軽くドアをノックして、失礼します、と玄田は部屋に入る。
ドアにはプレートがかかっており、『警視総監のお部屋』と、ホップ体で書かれている。
(警視総監だよね?)
ラビッツが疑問を抱きながら、部屋に入る。
部屋に入るとまず目につくのが、よくドラマなどで見る、ふっかふかのソファ。
(やっべ~、ダイブしてぇ)
とラビッツは年甲斐もなく思ってしまう。
そのソファの奥にデスクと椅子があって、いかにも、な感じだった。
回転式の椅子を180゜回転させ、こちらに向き直って現れたのは、大体60代前後のラビッツと同じくらいの体格の男性。
「よく来たな、ラビッツ」
「おう。元気そうで何よりだ、和巳」
警視庁・警視総監、亀井 和巳。オールバックに纏めた髪が渋い雰囲気を醸し出していて、似合っている。
「いつ以来だ?お前と会うのは」
「イヴのあんとき以来だ」
「あぁ…、あのときか」
亀井はラビッツにソファに座るように促した。
そして目を瞑り、感傷に浸る。7人で過ごした始まりの日から終わりの日まで、昨日のように、脳裏にフラッシュバックする。
自然と拳に力が入る。
亀井は後悔していた。
(あのとき、俺が…)
みんなと別れたあの日が亀井を闇へと誘う。
「おい、和巳。話を始めよう」
不意にラビッツの言葉で現実に引き戻される。
「あ、あぁ。そうだな。それで?イグゾーストについては何かわかったか?」
「あぁ。一つはやつのバックに就いているファミリーだが…」
ラビッツはそこで一旦言葉を切る。
亀井は目を細める。
「そのファミリーは強いのか?」
ラビッツは膝に肘を当てて前屈みになるような形で、虚空を見る。
「…【イグザス】ファミリーだ」
「「!!!」」
亀井と玄田が絶句した。
その場の時間が止まってしまったかのように。
動き出したのは玄田が先だった。
「ラビッツ、それはまさか」
「そうだ。そのまさかだ」
玄田は信じられないといった風に口元を両手で覆う。
そして亀井が開口した。
「それは本当か?」
「あぁ、本当だ」
「情報源は?」
「先ほど、ここに運ばれたはずの外国人のうち、一人が動けない状態だったはずだ」
ラビッツが淡々と言うと亀井が待ったを掛けた。
「待て。何でこっちの情報を知っている?」
「ウチのハッカーをナメるなよ?」
ラビッツの決め顔に玄田は呆れた表情だ。
亀井は苦笑いしながら、本題に戻すと真剣な眼差しで見据える。
「ハハ。敵わないなぁ。…それで?」
「逮捕された外国人の内、動ける人間は全員ウチのだ。だが、逆に動けない外国人はウチのじゃない」
ここに来てやっと亀井はラビッツの言いたいことを理解した。
「つまり、お前んとこの人間じゃない奴の素性を洗うと奴らのとこに行き着いたわけだな?」
「あぁ。そういうことだ」
亀井は、はぁぁ、とため息を着いて、椅子の背凭れによしかかった。
「イグゾーストのバックに奴らが絡んでいたのか」
「あぁ。今度こそ奴らを叩き潰す。俺が…いや、俺たちが、己の戦いに終止符を討つんだ」
亀井は、そうか…、と遠い目をして言った。
暫く何かを考えるように遠くを見つめると、何かに気づいたようにラビッツに問いた。
「ん?この情報のためだけに来のか?」
「ん?いや、その捕まったウチの連中を…って、あぁ!!忘れてた!和巳!俺の顔に免じてアイツらを釈放してくれぇ~」
ラビッツが涙目で懇願する。
亀井は若干引きながら、お、おう。わ、わかった。と言ってラビッツと一緒に部屋から出ていった。
それを見送った玄田は
「クスクス。本当に昔のまんま。兎と亀ね~」
と言って、亀井のデスクに溜まった書類の整理を始めた。
昔の仲間との久々の再開は、玄田の心に微かな安らぎを与えた。