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武神の寵愛  作者: 揺木 ゆら
第一章 武神の寵愛
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第九話 昇格試験Ⅱ:嵐の前の静寂



 早速森の中を歩きながら、俺はリンへとふと頭に浮かんだ小さな疑問をぶつける。


「しかしまあ、なんでわざわざ魔物の巣が作られる可能性が高いってわかってるのに、さっさと潰さないんだ?聞いた限りじゃ別に村の人間も使ってなさそうだったぞ」

「この辺りで巣を作る魔物は基本、そんな強くないのがほとんどだから。わざわざ潰したらまた新たな場所に巣を作られるし、その度に広い森の中を捜し歩くのも面倒でしょ?」

「……それもそうか」

「ある程度は討伐方法も確立されてるし、一種の自然な罠って感じかしらね」


 加えて俺のような低級ランク冒険者の試験にもってこいの環境だから、というのもあるだろう。低ランクの試験ならば受ける人間も多いだろうし、その為に用意されているのか。そんなことを考えながら、俺たちは森の中を進んでいく。

 村から少し離れた程度であればある程度間引きもされており、それなりに日光が差し込んできていて視界が確保できていた。

 しかし、奥に踏み込むにつれて徐々に森は暗さを増していく。それと同時に人間以外の動物の痕跡が所々に見受けられるようになってくる。この近辺ではゴブリンといった魔物以外にも猪のような通常の動物が生息しているようで、それらが掘ったと思われる穴や、齧った木の実などが視界に入る。

 やがて村人がゴブリンを見かけたと話していた辺りになると、その周辺に彼らが狩った獲物の残骸が無造作に捨てられているようになってきた。動物の骨や内臓が風雨に晒されており、最近捨てられたであろうものが腐敗による悪臭を放っている。


「これは……控え目に言っても酷いな。連中は隠れる気がないのかね」

「知能が低いからでしょ。それか体を洗わないから、匂いに鈍感なんでしょ。きっと」


 リンは若干表情を歪ませながら、そう語った。

 そこから先はこの周辺の空気をあまり吸いたくないという事もあって、俺は傷口を縛るための布を口元に巻き付ける。リンもこの事は予想していたようで、自前のマスクらしきものをつけていた。そうして各自の対策を取りながら、俺たちは静かに臭いの強い方向へと進んでいった。

 すると、やがて森の中に急に傾斜の強くなった所を見つけた。その先には、一つの大きな洞穴がぽっかりとその口を開いていた。大人でも人間の子供と同じくらいの体格しかないゴブリンであれば、雨水を凌ぐのに十分な大きさだろう。

 確認しようと咄嗟にリンに視線を合わせるも、何も話そうとはしない。

 流石にここからは試験に関わるから自分で判断しろ、という事らしい。……さて。

 まず、入り口はそれなりに大きいと見えても、その内部がどうなっているかは分からない。少なくとも、剣を素直に振り回せるほどの横幅はなさそうだ。そう考えた俺は彼女を後方に控え、あの中を暫定的にゴブリンの巣穴だと判断したうえで、まずは穴の横に張り付いた後、試しに近くに落ちていた小石を中へ投げ込んだ。

 すると、少し待ったところで突然の石を不思議に思ったゴブリンの内の一匹が姿を現した。その手にはナイフを構えているが、これまでに何匹ものゴブリンを狩った経験がある以上、手古摺ったりはしない。

 住処の前方をきょろきょろと見まわし、小石を投げ込んだ者の正体を探していたところで――その背後から、刀を一閃。

 ころん、と転がったゴブリンの首と俺の視線が重なった。

 その首から討伐証明の耳を切り落としたところで、新鮮なその生首を俺は先ほどの小石のようにもう一度巣穴の中に放り込んだ。

 ただの小石であれば、偵察が様子を見てくる程度で済む。しかし、その次に投げ込まれたのがつい先ほどまで生きていた仲間の首であればどうだろうか。

 仲間が殺されたことに気づいた巣穴の中は、途端に騒がしくなる。

 そして武器を構えた連中が続々と巣穴から湧き出てくる。その数は計四体。


「へぇ、思ったよりも少ないが……それよりも、弓を使える個体もいるのか」


 その中に一体、弓と矢を持つ個体がいたことに驚いた。

 今まで遭遇した奴らは剣か棍棒しか持っていなかった為、遠距離攻撃の出来る個体が存在するとは知らなかった。それでも対処法に変わりはないけれども。

 ゴブリンたちは俺の足元に転がっている仲間の死体を目にし、俺を敵と定めて早速踊りかかってくる。

 近接武器を振りかざす個体から距離を取りつつ、まずは遠距離攻撃を持つゴブリンを潰すことを決める。一対多の戦闘なら何度か経験したが、それでも支援攻撃をおこなえる個体とは戦ったことがない。まずは普段通りの慣れた場に持ち込もう。

 丁度、目の前に居る個体は剣を構えて襲ってきているではないか。


「ちょっとそれ、借りさせてくれ」


 錆びた短剣を握った右手を手首から切り落とし、即座に掴んでアーチャーゴブリンへと向けて投擲する。刃は弓の弦を切り裂き、その勢いのまま所持者の右目も貫いた。

 続いて、自らの武器を唐突に失ったゴブリンから今度は首を頂く。そいつの残った体が勢い余ってこちらへ転がり込んでくるが、それを無視して俺は残った首へと足の照準を合わせる。血の滴る生首をサッカーボールに見立て、他の個体へ向けて蹴り飛ばした。

 血に塗れて宙を駆けるゴブリンの顔面は、それに驚いて回避する動作すら見せなかった仲間に見事なキスを命中させると同時に嫌な音を立てて破裂するのだった。

 これで計三体。残った一体は、飛んで行った同類の首にも目をくれず、未だ後衛の弓使いが役に立たなくなったことに気づかないまま、本能に任せてこちらへ剣を振りかざしてくる。しかし、こうなればもはや一対一だ。

 襲い掛かってきた右腕事、俺は最後のゴブリンの胴体を横一文字に切り裂いた。

 どちゃっ、と音を立ててその体が地に落ちる。

 さて、残りは殺したゴブリンの耳を回収し、巣穴の中に他のゴブリンがいないかどうかの確認を行わなければならない。

 他の肉食動物が持ち去らないように先に耳を回収したいが、その間に巣穴から残りのゴブリンが逃げて行ってしまったのでは問題だ。

 少しの間考えた後、俺はそういえばと持ってきていた道具の存在を思い出した。

 腰に下げた袋の中から取り出したのは、鼻の利く動物にもってこいの臭い玉。それに火をつけ、巣穴の中に改めて投げ込んだ。

 すると、すぐに巣穴の中に引っ込んでいた残りのゴブリンが姿を現した。

 おそらく雌だろうか、先ほど狩った個体より小さい個体を 胸に抱えながら、慌てて巣穴の中から飛び出してきた。今頃巣穴の中は悪臭のする煙で満たされている。鼻だけでなく、目も痛くなるため、到底中には籠っていられなかったろう。

 煙のしみた目から涙を流し、周りもよく見えないままのそのゴブリンたちの首を、俺は容赦なく切り落としていく。

 その内の一体だけがまだ何とか俺の姿を視認できたのか、素手のままこちらへ襲い掛かってくる。

 その胸を一突きして絶命させ、残った子供を抱えて走るゴブリンたちの首を一体ずつ背中から切り落としていく。

 子どもを守ろうとして逃げるゴブリンたち。その姿は人型という事もあってか、僅かに胸に来るものが――ない。そんなものは知ったことではないと、俺は逃げるゴブリンたちを追いかける。せめて一撃で綺麗にその命を刈り取ろうと、刀を振るい続ける。

 最後の親個体が倒れた後、その胸から転がり落ちた子供のゴブリンが地面に蹲りながら泣いている。

 ――胴と別れたその頭からは、もはや何も聞こえてくることはなかった。


「……さて、これで本当に終わりかな」


静かになった森の中。

 振り返ってみても、他に洞穴から出てきた個体は居なかった。

 おそらくこれで、全ての個体が討伐できたのだろう。

 俺は先に倒した個体の耳を集めながら、リンの下へと戻るのだった。


「はい、終わったぞ」


 耳を詰めた袋を改めて腰に下げながらそう話しかけると、リンはこちらを見た。ただ、その顔の容赦少しおかしい。まるでこちらを、疑うかのような視線だ。


「ねえ、リューヤ。あなたさっき、その……子を抱えた親を狩ったじゃない?」

「そうだな」

「なんで躊躇なく殺せたの?」

「何故、と問われてもな。なんで躊躇する必要があるんだ?」


 そう、相手は魔物で、こちらは人間だ。

 それだけで、倒すには十分な理由だろう。


「……もしかして、あれが子供だから、とでも言うつもりか?」

「ええ、そうね。魔物をただ狩るだけならともかく、その子供――私たちに近いような子供でさえ、どうしてそう素直に剣を振るえたの?」


 そう改めて問われると――なぜだろう、と俺自身首を傾げた。

 その親ならば、人間に危害を加えることもあるから、勝ったところで罪悪心なんてものはない。しかしその子供は、ただのか弱い子供だ。


「確かに魔物の子供だって、将来的には危険だけど。それでも躊躇なく殺せるなんて、これまで見てきたリューヤの態度からはまるで想像できなかったわ」

「……分からない。斬る直前までは、確かにまだ何もしない子供を殺すっていうのは嫌な感じだと思った。でもいざその瞬間となると、そうーーただ、それを斬るって事だけを考えていた」


 手を見ると、今まで何もなかったのに、戦いを終えて元の雰囲気に戻ってきたのか、手が震えている。それを見ていると、ゴブリンの子供を斬る直前、その泣き叫んでいた様子が思い浮かんできて……。


「……なんで、俺はあんな素直に斬れたんだ?」


 自分でもわからない。

 自分でも理解できない心に、まるで一瞬だけ変化したかのようだ。

 少しの間、俺とリンは一言も発することはなかった。

しかしリンはどこか鋭い目でこちらを見つめていて。その視線に返すことの出来る顔を、俺は持っていなかった。

魔物の子供を斬ることの嫌な感覚を、俺はどうしてあの時――むしろ、心地よく受け入れることが出来たのか。

 その答えが出ないまま、俺は頭の中で考えを巡らせていると――。


「いえ、ごめんリューヤ。何にせよ、今ここで聞くことじゃなかったわね。試験に関係ないことだもの。この件はまた後にしましょう」


 リンはそう話を区切ると、少しだけ逡巡した後に再び口を開いた。


「……そうね、ちょっと邪魔しちゃったことだし、一つだけ助言をあげるわ。討伐したゴブリンの数に、疑問はないかしら?」


 罪悪感の混じった声でそう告げられた内容に、俺は首を傾げる。

 俺が倒した数は最初の偵察が一匹とその後巣から出てきた四匹、そして最後に出てきた子供を含めた三匹だ。つまり、計八匹。

 出発前にギルドで確認した内容が正しければ、ゴブリンの一集団を構成する数は十五匹近くだったはずだ。

 とすると、この場に居ない個体の可能性……すなわち。


「狩りに出ていた集団があるってことか」


 だとすると面倒なことになる。

 この場にはいくつもの仲間の死体が並んでいることだし、周囲に充満する血の臭いに気づけば俺たちに気づく前に逃げられるかもしれない。

 その辺りを確認してから、纏めて討伐できるようにすればよかった。

 が、今更そんなことを言っても後の祭りだ。

 とりあえずは目立たないように散らばった死体を集めてから、巣の周囲にいくつか罠を仕掛けて各個撃破の形で行こう。音のなるタイプを使えば、どこから帰ってきたか分かる。そうなればゴブリンたちが逃げる前に歩幅の早いこちらが追いかけられる。

 そのように俺が頭を悩ませていると、突然視界の隅でリンがぴくっと顔を変化させた。


「どうかしたか?」


 試験の間は大体静かにこちらを見守るだけだったのに、突然態度を変化させたリンに、つい俺はそんな声を投げかけてしまった。

 どうせ返答はないだろう、そう思っていたが……。

 リンは予想外の形で、こちらに返事を送ってきた。

 彼女が左右の腰に下げていた二振りの剣が、大気を斬って抜かれる形で。


「おい、本当にどうしたんだ?」


 その問いに声を返さないまま、彼女は森の一方向を強く見据えている。

 俺には理解の出来ない何かに対して、強く警戒を見せている。

 果たして彼女の視線の先に、一体何の存在を感じているというのか。

 ――森が、ざわめく。

 先ほどまで静寂に満ちていた木々が、小さく揺れると共に枝を鳴らす。

 その音は少しずつ大きくなっていき、その発生源がやがてこちらへと近づいてくる――リンが警戒を見せていた方向から。

 そして、ようやく俺にも彼女の感じていたものの正体が分かった。

 木々の隙間から聞こえる、ゴブリンたちの慌てたような鳴き声。

 その奥から聞こえる、巨体が強く地面を踏み鳴らす音。大地を突き動かす何者かが、仮に出ていた残りのゴブリンたちをこちらへ追い立てている。

 やがて声を上げていたゴブリンたちが、俺たちの目の前に姿を現した。

 その顔はこちらにも気づかないまま、時折怯えたように後方を確認している。

 そうして向かってきた計五匹のゴブリンを、リンは前座と言わんばかりにその双剣で軽々と切り捨てた。こちらの目では追う事すら叶わない、まさに神速とも言うべき速度で。

 刀身に付着した血を振り払い、彼女はこちらへと迫りくる何かへと向き直る。

――そして、この不自然な揺れの正体が、森の奥からゆっくりと歩いてきた。

緑色の肌を持つ筋骨隆々の体は、俺たちの身長をはるかに超えていた。血管の浮いた二の腕に纏う筋肉は、まるでこちらの胴体を二つ束ねたかのような分厚さを誇っている。更にその全身からは、黒い靄が蒸気のようにゆらゆらと立ち上っている。

だがそれらの特徴よりも印象的だったのは、その顔にたった一つだけ存在する巨大な赤眼。

その中に映し出された鬼のような瞳が、俺たちを捉えた。


「そんな、なんでここにコイツが……?」


 その手に握る剣の切っ先をかたかたと震わせながら、リンが信じられないように呟いた。


「紺級の魔物、サイクロプスーーっ!!」


 周囲に散らばるゴブリンたちの死体には目もくれず、新たに目の前に並ぶ二人の獲物を前にして。

 高らかにその絶大なる強者は、歓喜の咆哮を轟かせた。



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