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居候の剣士と高校生のわたし  作者: 芳賀さこ
剣士、現る!?
9/70

その3

 その日は、傘も役に立たないほどひどい雨だった。

 そんな雨の音に交じって自分の名を呼ぶ声に振り向くと、一人の男性が立っている。

「お前を愛している」

 突然の告白だった。

 降りしきる雨を全身に受けて、ずっと彼女を見つめている。

「でも、あなたは異世界から来た人よ」

「関係ない!!」

 彼が一歩また一歩と近付いてくると、その真剣な熱い眼差しに心が揺らぐ。

「出逢った時からずっと愛していた。そして、これからも愛し続ける」

 いつかは元いた世界に戻るかも知れない。だから、自分の気持ちに蓋をして気付かないふりをしていたのに、彼の一言でその蓋はこじ開けられた。

「私は……」

 決心がつかない彼女を強引に抱き寄せると、赤い傘が地面にふわりと落ちた。

「もう離さない」

「私もあなたについていく」

 暫く見つめ合い、二人の唇がゆっくり近付き……



「いやあー!!」

 物凄い勢いで背後から悲鳴と共に空が駆けこんできた。同時にテレビがブラックアウトしたのだが、その速さは剣士のトレスさえ反応出来なかった。

「おい!!」

 突然テレビを消されてトレスが怒鳴ったが、そんなことは構っていられないほど紅潮して息を切らせた空がリモコンを握りしめて立っている。

「なに見てんのよ!!」

「なにってドラマじゃないのか?」

 トレスが観ていたのは『ラスト・ラブ』という中高生の女子がハマっている人気ドラマで、現代社会に飛ばされた異世界の男性と知り合った女性との恋愛を描いたものである。

 勿論、空も毎週欠かさず観ているので今日も急いで帰ってきたら、丁度トレスが観ている光景に出くわした。

 走って来たせいか、それともあんなシーンを観たせいか空の動悸は鎮まる気配がない。

「トレスが好きそうな番組じゃないし」

「勝手に点いたんだ」

 忘れないように予約設定をしていたので定刻に自動的に点いて、そのままトレスが観ていたらしい。

「この話、俺達みたいだな」

 そう。だから、空もトレスが現れた時はこのドラマの撮影で俳優が迷い込んだのだと勘違いしたものだ。

「でしょ? 私もトレスを初めて会った時はびっくりしちゃって」


 ーなるほど。このドラマのお陰ですんなり受け入れられた訳か。


「主役の人がイケメンでね」

「イケメン? ラーメンの種類か?」

「そのイケメンって、格好いい男の人なんだけど」

 以前の空なら吹き出していたが、今は慣れっこだ。

「トレスの方がイケメンだよ」

 嫌な顔をするかと思いきや、無表情なので真意を探る。

「あれ? 嬉しくないの?」

「どう受け取っていいのか分からんし、考えたこともない」

「向こうの世界でモテたでしょ? 女の子がわらわら寄って来て」

「それはなかったな。だいたい、そんな余裕がない」 

 オバジーンの男性のレベルが高いのか、はたまた女性の理想が高いのか異世界の美意識は計り兼ねる。

「お前はどうなんだ」

 不意にきた質問に、空は二、三回瞬きをした。

「モテるのか?」

「全然モテないよ!」

 その美貌とスタイルで言い寄る男性は多いのだが、自分の容姿を全く自覚していない上に鈍感なので彼等の想いに気付かず十七年間過ごしてきた。

「そうか。勿体ないな」


 ー勿体ない? それってどういう意味? この歳で彼氏がいないから?


 だが、彼の表情や口調からそんなニュアンスは感じられないので訊いてみた。

「どういう意味?」

「結構、可愛いと思うけどな」

「えっ?」

 すると、真剣な表情のトレスがこちらを見た。

「空……」

 いつもより低い声に鎮まり掛けていた鼓動が速くなり、空の頭には先程のドラマのシーンが甦る。

 藍色の瞳から視線が外せず固まった。


 ーええ!? これってもしかしての展開!? ちょっと待って! 心の準備が!!


 彼の大きな手が空の頬に触れたので、ぎゅっと目を瞑って次の段階に備えていると……。

「取れたぞ」

「へっ?」

 目を開けると、いつもの仏頂面のトレスがいた。

「また買い食いしただろう。 チョコ、付けたままだ」


 ーそう言えば、学校の帰りに玲奈と智美でクレープ食べたんだった。


「恥ずかしいやつだな」

 この一言で、珍しく空がぶちギレた。キスするのかと勘違いした自分に、そして無神経なトレスに。

「トレスのバカ!!」

 大声で叫ぶと取るの物も取らず部屋を出て行った空に、怒鳴られる理由に心当たりがない彼は茫然としていた。


 ー俺が悪いのか!? 何かしたか、俺。


 感謝されることはあっても、『バカ』呼ばわれされるとは思っていなかったので気が動転する。


 ー確か、以前も同じこと言われたな。


 それはオバジーンにいた頃、妹みたいに接していた町娘がいた。

「トレス様、どう?」

 いつも質素な彼女が祭りのため着飾っていた。そして、少女はその自分を「綺麗だ」と褒めてほしかったのだ。

「綺麗だ」

「ほんと!?」

「花が」

「えっ?」

 彼が褒めたのは娘が持っていた花束だった。娘は、顔を真っ赤にして恥ずかしさと悔しさで体を小刻みに震わせる。

「どうした? 具合でも悪いのか」

「トレス様のバカ!!」


 ー待てよ。あの時も……。


 城で舞踏会が開かれた時、剣士達も参加したのだが幼馴染の女剣士が珍しく紫のロングドレスを着て現れた。

「ど、どうかな?」

 普段は男勝りの彼女がはにかんで、トレスに感想を求めてきた。

「なかなか似合っているじゃないか。素敵だ」

 と、言える彼ではなく

「動きづらくないか? 裾、踏んで転ぶなよ」

 またもや、体がふるふると震えた女剣士が叫んだ。

「トレスのバカ野郎!!」

 そして、その場から走り去ろうとした彼女はトレスの心配が的中して慣れないドレスの裾を踏んで派手に転んだ。


 ー人のことをバカバカ言いやがって、何様のつもりだ!!


 全ての原因が、微妙な女心を理解してやれない自分にあるというのにとんだ朴念仁である。



 その場の勢いで飛び出した空だが、行く当てもないのでバイト先のディスカウントショップへ向かった。

「やあ、空ちゃん。買い物?」

 声を掛けたのはバイトの先輩の柳井だ。ずっとあの仏頂面を見ていたせいか穏やかな笑顔がほっとする。

「今日、柳井さんのシフトでしたね」

「うん。あれ? 元気ないね。彼氏と喧嘩した?」

 頭にあの朴念仁が浮かんだ。

「違います。それに彼氏いません」

「そうなんだ。可愛いのに勿体ないな」

 トレスと同じ台詞に、柳井ならちゃんと教えてくれる気がしたので訊いてみた。

「勿体ないってどういう意味ですか?」

「ん? ああ、気を悪くしたならごめん」

「いえ、そうじゃなくて他の人にも言われたから」

「彼氏の一人や二人いてもおかしくないほどいい子なのにって意味だよ」

 柳井は、トレスと違う意味で空を舞い上がらせる。

「そんなこと全然!!」

「自分のことは案外分からないもんだよ。僕が保証するから」

「……有り難うございます」

 小声で礼を言うと、柳井がぽんと空の頭に手を置いてレジの応援に行った。


 ー柳井さんって素敵だなあ。


 初めてバイトに入った時から、空の教育係として面倒を看てくれている。温和な性格で、仕事のミスもさりげなくフォローしてくれるので人望も厚い。おまけにイケメンだ。

 レジの柳井と目が合うと、手招きされたので傍に駆け寄った。

「もうすぐバイト終わるから、ご飯食べに行かない?」

「でも、財布持ってきていないんです」

「ここは先輩に任せてほしいな」

 いつもなら断るのだが、気が滅入っていたせいだろうか。空が口を開いた。

「バイト、終わるの待ってます」


 

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