想いは巡り、そしてあなたの元へ
「俺が最高位の剣士になった祝いに、ある人からもらったんだ」
「ある人?」
「そこは、大人の事情ってやつだから詮索するな」
モンソウは笑って、トレスの頭を撫でた。
「トレス、強くなれ。愛する者を護るため、に誰よりも強く気高い剣士になるんだ」
モンソウの優しい眼差しが今でも忘れられない。
-空も助けられず、おじさんの仇も討てずに俺は……。
自責の念が、トレスの体を駆け巡り小刻みに震えた。
夕陽がオバジーンを茜色に染めていく光景を、各々部屋の窓から見つめていた。
約束の期限まであと数時間に迫り、空救出の準備が着々と進んでいたがトレスの心は晴れない。
軟禁されて思い出すのは、空と過ごした時間だった。初めて出逢ったときから現在まで、彼女の笑顔にどれだけ癒されたことか、彼女の言葉にどれだけ背中を押されたことか。
もし、空と出逢わなかったら……などど、もはや考えられないほど大きな存在になっていた。
-俺は、空を愛している……。
行き着く結論はここにある。だから、マリーナの告白に応えられなかった。ティエラ家の宿命というのは言いわけで、空のまっすぐな気持ちに応える自信がなかった自分が忌々しい。
空の告白をちゃんと受け止めておけば、このような最悪な状況に陥らなくてもすんだと後悔の念で胸が押し潰される。
-空は俺が護る!!
モンソウの根付けを剣の柄にくくると、トレスは立ち上がり鞘で窓を叩き割った。
その音に驚いた剣士が扉を開けるのを見計らって、トレスが部屋の外へと飛び出す。
彼を捕らえようとする剣士達の懐へ潜り、みぞうちへ当て身をした。相手は、同じ近衛隊で傷つけるわけにはいかないのである。
騒ぎを聞きつけた他の剣士達も集まり始めたので、急いで城下へと走っていった。
城門の前には、精鋭部隊がメイル討伐の最終確認をしていた。マリーナも見届けに来ていたが、側近の報告に驚愕する。
「トレスが命令違反を!?」
「はい。こちらへ向かっているようです」
-来ないで!! お願い!!
だが、マリーナの願いも虚しく、大勢の剣士に囲まれて息を切らせたトレスがとうとう姿を現した。
「トレス!!」
今回の出撃に参加するノーサが叫ぶと、一瞥したがまた視線を戻す。
「何をしている!! お前のやっている行為は重罪だぞ!!」
ケルカスがゆっくりと歩いてくると、自然と輪が崩れて道ができた。
「俺が行かないと意味がないんです!! そこをどいて下さい!!」
ここまで来るのに、トレスは剣を一度も抜いていない。行く手を阻む者が仲間ならば傷つけない理念に、ケルカスは心中で感服するが、近衛隊長としての立場を全うする。
「お前が一体、誰を護る為に近衛隊になった!?」
鋭い怒号が、トレスの胸に突き刺さる。ケルカスの向こう側には、すがる瞳で見つめているマリーナがいたのだ。
近衛隊は、主君であるマリーナの為に命を捧げる。その思いは今も変わらない。
「俺は……」
拳を堅く握り、意を決して言い放つ。
「俺は空を、愛する者を護る!! それが最高位の剣士の証だ!!」
愕然とするマリーナが目の端に映ったが、唇を噛んで見ぬふりをした。
「言っても分からないなら、剣で教えるしかないな」
神妙な面持ちで剣を抜くケルカスに、トレスは鞘を目の高さに掲げて構えたその時だった。
彼の前に、すっと銀髪が舞い降りる。
「ノーサ!?」
「行け!! ここは俺に任せろ!!」
「ラヌギ・ノーサ!! 貴様まで!!」
トレスと背中合わせになり身構えるノーサを、ケルカスが忌々しく咎めた。
「戦いは常に同等である。これは隊長殿の教えでは?」
「やめろ。お前まで巻き込みたくない」
ノーサに懇願したが、彼は聞き入れない。
「上手くいったら酒はお前の奢りだぞ」
緊迫した場に似合わない穏やかな笑顔に、トレスの頬が緩んだ。友なら命を懸けられると、かつて空に話したが、ノーサもまた同じ想いだったことに胸が熱くなる。
「分かった。好きなだけ奢ってやる」
「商談成立だ」
互いに笑い合い、再び剣士の輪の中へ飛び込んだ。
劣勢にも関わらずトレス達は、以前として剣を抜かずに戦っていた。最高位の剣士二人と近衛隊数十人では包囲網が次第に縮まってくる。
「観念しろ。トレス、ノーサ」
降伏を促すケルカスにその場が沈黙したが、突如乱入してきた一頭の馬により足並みが崩された。
「トレス、乗れ!!」
名前を呼ばれて見上げると、頭に包帯を巻いたフローラが馬上で手を差し伸べていた。
「フローラ!!」
「早く!! この機会を逃したら、もうソラは助けられないぞ!!」
「しかし!!」
自分の為に掟に背いて戦ってくれる親友を見やると、ノーサが叫ぶ。
「俺にかまわず行くんだ!!」
「ノーサの気持ちを無駄にするな、ティエラ・トレス!!」
断腸の思いでフローラの手を掴み、彼女の後ろへと跨った。鐙を蹴ると、二人を乗せた馬が剣士達を蹴散らして城門を突破した。
鬱蒼とした森を駆け抜けていたが、フローラは手綱を引いて馬の足を止めた。
メイルとの傷も癒えぬまま、馬に揺られ続けた彼女の苦痛は耐え難いものとなっていた。
「二人ではすぐ追いつかれる。ここから先は、トレス一人で行くんだ」
「何を言っている。お前も一緒に……」
「私はこれ以上は無理だ。足手まといになる」
転がるように馬から降りたフローラの気遣い、降りようとしたトレスに彼女は意外な行動を取った。
「フローラ?」
剣先を自分に向けて、下から睨んでいるフローラにトレスは目を見張る。
「降りないで!! ソラを助けたいならこのまま行って!!」
「……久し振りに女らしい言葉を聞いたよ」
子どもの頃はフローラも女の子らしかったが、いつの間にか男言葉になっていたのはトレスが原因と、本人はそこまで気付いていないらしい。
「私だって女だぞ。容姿も結構いいと思うが」
「結構じゃない。かなりいいと俺は思う」
滅多に見れない優しく笑うトレスに、フローラの目から大粒の涙が溢れだした。
「卑怯だぞ。こんなときに褒めるなんて」
「無事でいろ。そしたら、もっと褒めてやる」
約束だ、と二人は小指を絡める。一瞬幼い頃に戻った錯覚がした。
走り去るトレスを、いつまでもフローラは見送っていた。
-人の気も知らないで……。
何故、フローラが男言葉を使うようになったのか。
それは、トレスが剣士になったと聞かされた頃だった。
「私も剣士になる!!」
「男でも大変なんだぞ。お前には無理だ」
「どうして!?」
「すぐ泣くし、口うるさいし」
「トレスだって笑わないし、口悪いし」
いつも二人はこの調子だった。顔を合わせれば喧嘩ばかりしていたが、フローラにとってはトレスが初恋だったのだ。
散々言い合ってお互い悪口も尽きたところで、トレスが根を上げる。
「分かった。お前が剣士になったら、付き合ってやる」
「付き合うって、恋人になってくれるの?」
目を輝かせる彼女に、呆れたトレスが付け加えた。
「一戦付き合うって意味だ」
「なんだ……」
と、がっかりしている赤毛の頭に、手を置いたトレスが微笑んだ。
「待っているぞ」
もし、トレスと同等になったら今度こそ好きと告白しよう。心に決めたあの日から、女らしさを封印して剣の道に励んだ。
結果はトレスは最年少で最高位の剣士となり、上級位止まりの自分とは差が開く一方だ。
-追いついたら、昔の私に戻るつもりだったのに……。
長年の誓いを破らせたトレスはやはり卑怯だと、切なくフローラが呟いた。




