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悪魔との取引

 理由はないが、親善試合は出たくない。

 ただの我儘にしか聞こえないこのトレスの言い分に、ケルカスは唸り、ノーサは溜息をつく。

 この二人に、『奇跡の石』や今まで身に起こった出来事を話せたらどんなに気が楽だろうか。今のトレスは、歯痒い思いに耐えるしかないのだ。

「トータム・メイルに関係あるのか?」

 質問が的を得たのか、トレスの肩がぴくりと動いたのをケルカスは見逃さなかった。

「よかろう。お前の代わりに私が出場する」

「申し訳ございません」

 深々と頭を下げると、踵を返して唖然としているノーサを残してその場を去ってしまった。

「よろしいのですか!!」

 勇猛果敢な彼らしからぬ態度を許したケルカスに、納得いかないノーサは抗議する。

「戦いに於いて最後に勝つのは己の心だ。気乗りしない奴を出して、怪我でもされたらたまらんだろう?」

「そうですが……」

 消息不明から戻ってきたトレスの様子がおかしいと前々から感じていたが、今回のは極め付けだ。明らかな変化に、敢えて理由を問わないケルカスに疑問を抱く。

「隊長は何故、理由をお聞きにならないのですか」

「やつが言えないのはそれなりの事情がある。違うか?」

 口調は穏やかだがケルカスの鋭い視線に、ノーサは言葉に詰まり黙ってしまった。


 親友のお前が信じてやらないでどうする!?


 そう言われている気がした。


 -そうだ。あいつは今まで隠し事をしたことがなかった筈だ。しかも、自分に課せられた戦いは全て全うしてきたではないか。


「承知しました」

 短い沈黙の後にノーサが静かに言うと、ケルカスは部下の肩に大きく堅い手を置いた。



 客間の大きな窓にただずんでいるメイルの表情は険しく、手には一枚の紙が握り潰されていた。

 先程届いた親善試合の剣士の名簿に、トレスの名がなかったのだ。

「どういうことだ!!」

 近くに控えていた側近の顔に、その紙を叩きつけた。

「ティエラ・トレスは辞退致しました。代わりに近衛隊長ケルカス・イレックス……」

「そんなことは聞いていない!!」

 穏やかな印象だったメイルが豹変していく様を、側近達は平然と受け止めているところをみるとこれが本当のトータム・メイルの本性らしい。

「やつが出場しなければこの試合の意味がないのだ!! ティエラ・トレスをここへ呼べ!!」


 グランブルー側からメイルが滞在している客間に呼び出されて、トレスの気は重かった。恐らく親善試合を辞退したのと関係があると、大方の予想が付いていたからだ。

 断ろうとしたが、側近が半ば強引に促したので仕方なく従う。

「ティエラ・トレス様がお見えです」

 側近の言葉に、背を向けていたメイルがゆっくりと振り向いた。

「初めましてと言うべきかね? 二人きりで話すのは」

 薄笑いを浮かべて、トレスを頭からつま先まで舐めるように凝視しているメイルに謁見の間で感じた底知れぬ不気味さに、鼓動が速くなる。

「ご用件は?」

「そう急かさずとも、少し話そうじゃないか」

 容姿から無口な印象があったが、意外にも口数は多い方だ。

 勧められたソファに腰掛けて、ただし万が一の場合を想定していつでも動けるように浅く座っておく。

「親善試合には当然出場してもらえると思っていたが?」

「一抹の不安も許されないのが戦いです」

 この男に小細工は無用とばかりにトレスが言い放った。心を見透かすダークグリーンの瞳を細めて大声で笑った。

「正直な男だ。だがな、これはお前が出なければ意味がない。」

 ゆっくりとトレスの前に立ちはだかり見下ろす。

「お前が大切にしている者を守りたければな」

「おっしゃっている意味が分かりません」

「理由は、自分自身が一番知っているだろう? 『番人』くん」

 中腰のトレスは一瞬にして剣を抜き、メイルの心臓がある位置に突き立てた。

「貴様、何者だ!?」

「貴様こそ何様だ。剣士風情が一国の宰相に剣を突き立てるとは、無礼にも程がある」

 そこには、謁見の間で見たトータム・メイルはいない。

 顔に青筋が浮かび上がり、細い目を吊り上げて口の端を上げる悪魔のような形相の男が、トレスの藍色の瞳を覗き込む。

「ここで人を呼べばお前は重罪人だ。だが、敢えてそうしない理由は分かるだろう?」

 更に近寄るメイルの胸に、ついに剣先が刺さる。

 例え非があっても、丸腰の相手は斬れない剣士の掟を知っているメイルはにやりと笑う。

 

 あの方は非情だ。貴様がここへ留まる限り刺客を送り続け、オバジーンにおいては貴様に関わる者達も殺していくだろう。

 

 向こうの世界まで追って来たリバルバの言葉が甦り、背中に大量の汗が流れるのを感じながら、トレスはこみ上げる恐怖を必死に抑えた。

「はっきり言おう。俺は『奇跡の石』の存在を知っている。無論、ティエラ家の宿命もな」

 互いの息が掛かるほどに近くなったメイルから目も背けられず、のけ反った背中がソファの背もたれに当たる。

「さて、本題に戻ろうか。この試合を辞退すれば、お前に関係する者達がどうなるか話の流れで分かるだろう。そして、脅しではないことも」

『奇跡の石』なしで普通の人間を異世界は送り込めるほどの力を持っている彼にとっては、命を奪うなど容易いのに何故、今までそうしなかったのか。

 理由は簡単だ。この男は、人の苦しむ姿に快感を覚えるのだ。

 ノーサ、フローラなど関わってきた人達、そして空まで自分に委ねられている状況に、底知れぬ恐怖がトレスを襲い剣を持つ手が震え始めた。

「確かに、一人で決断するには荷が重いか。だが、他言は無用だ」

 すっとメイルが体を離すと、剣先が大きく揺れてその先には蒼白な顔のトレスが俯いていた。


 

 空は試作で作ったドーナツが好評だったので、更に改良を加えて会心の作となったそれをバスケットに詰めて小走りに自分の部屋へ向かう。

 今すぐトレスに渡したいのだが、彼にも任務があるだろうと二の足を踏んでいると、部屋の前の人影に声を上げた。

「トレス!! どうしたの?」

「時間が空いたから来たんだ。迷惑か?」

「迷惑だなんて。丁度届けようと思っていたからよかった」

 天真爛漫な空の笑顔に、凍りついた心が癒されていく。

「じゃーん!!」

 と、バスケットをトレスの前に差し出すと、覚えのある匂いに中を覗いた。

「ドーナツ?」

「こっちの材料で作ってみたの。一緒に食べよ」

 ドアの鍵を開けて彼を招き入れると、空は早速飲み物を準備した。

 トレスは勧められた椅子に座ると、部屋を興味深く見回している。古く狭いが小ざっぱりしていて感じがいい。向こうの世界では色々と小物を置いていたが、ここでは買い物に行く時間が少ないのか、あまりそういった物が見当たらない。

「やだ、あんまり見ないでよ」

 頬を赤くした空が口を尖らした。

「初めて入ったから、つい」

「そっか。初めてだったね」

 実は、ノーサに助けられた夜も部屋の前まで来たのだが言えない。

「トレスの部屋ってどんな感じ? やっぱり豪華なの?」

「似たようなものだ」

「ふうん。そういえば、剣士の給料も意外と安かったしね」

 以前金銭管理について議論した時に、判明した事実を思い出して空は笑った。

 こうして二人で話していると、メイルという悪魔とのやり取りも忘れてしまうほど心が落ち着く。

「何かあった?」

 いつもと様子が違うトレスに訊くと、溜息一つついて首を振った。

「大したことじゃない」

 そう、大したことではない。あの男の望み通り試合に出れば、愛する者が守れるのだから。

 




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