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居候の剣士と高校生のわたし  作者: 芳賀さこ
第二章 オバジーン編
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幸せのブーケ

 最近のトレスは近寄りがたい雰囲気を醸し出している。

 いつもより深い眉間のしわ、堅く結んだ口、そして時折見せる険しい顔。

 そんな彼に上級位の若い剣士達は慄いていたが赤毛のフローラは躊躇なく話し掛けた。

「悩み事でもあるのか?」

「どうして?」

「私達の間では恐れられているくらいだ」

 そこまでとは……と肩をがっくりと落としたトレスは、深く溜息をついて腰を下ろす。

「で、なんの悩みだ? 私でよければ相談に乗るぞ」

 これはチャンスとばかりに、ブラウンの瞳を輝かせてフローラが身を乗り出した。

「そういえば、お前も女だったな」

「へっ?」


 -なんだ、その含みのある台詞は!? お前も女だったなって今まで何だと思っていたんだ!?


「まあな」

「フローラは俺に見せたくない姿があるか?」

 そうだな、と両腕を組んで短い間が空く。

「私達は幼馴染だからダメな所も知っているだろうし今更だな」

「そうか」

「しかしだな、私もその……す、好きな人の前だといい格好をしたいものなんだ」

 フローラはトレスを上目使いで窺いながら口ごもった。


 -そう。トレス、お前の前ではいい女でいたいんだ。


「好きな奴がいるのか?」

 真剣な彼の眼差しに鼓動が早打ちして、フローラの意識は完全に吹っ飛び、思いとは裏腹に口は真逆な台詞を口走る。

「い、いるわけないだろう!! 例えばの話だ」


 -あー!! 何言ってるんだ!? 今こそ告白するチャンスだったのに!!


 またもや間の悪さに自滅して茫然としていると、ヒントを得られたのかトレスが立ち上がった。

「話したら気が楽になったよ。ありがとな」

「あ、ああ。役に立てて良かったよ」

 城下町の警らへ行くトレスの広い背中をいつまでもフローラは見送った。



 城下町まで使いに来た空は、ある一角の人だかりに足を向けた。

 若者、特に女性が長い棒を持ってある方向を凝視しているその異様な光景は、まるで戦が始まるかのような熱気である。

 その人だかりに知っている顔を見つけて声を掛けた。

「ねえ、プレタ。これはなんの騒ぎ?」

「あら、ソラ。いい所に来たわね」

 プレタも長い棒を持って、意気盛んに説明し始める。

「今から花嫁さんがブーケを投げるから、この棒で刺すのよ」

「……ブーケを棒で刺す?」

「そう!! そしたら、その人は幸せになれるの」

 空の世界でいうブーケトスだが、こちらの世界では少々物騒だ。大抵は木の棒や物干し竿だが、なかには娘や孫の為にと槍を持参している者もいる。

「なんか怖いね」

「なんでも昔、ここの王女様が策略結婚のため好きだった人と別れさせれたの。その結婚式に投げたブーケを元恋人が槍で刺して、『好きだー!!』と叫んだらしいわ」

「へえ」

 心惹かれる話に空も耳を傾けた。

「それを見た王女様が式の最中に抜け出して、二人はめでたく結ばれたのが由来よ」

 恐らくプレタの個人的な見解も多少交じっているとは思うが、愛を貫くいい話である。そして、何故か想像するのはウェデングドレスの自分と紫紺のロングコート姿のトレスだ。

「頑張ってね」

「あら、ソラはやらないの? もうすぐ始まるわよ」

「うん。私、お使いの途中だから」

 本当は参加したかった。過去にブーケトスに成功した試しもないし機会もない。

 だが、庭園での出来事が空の気を重くさせている。

 人だかりを押しのけてやっと人通りの少ない道へ出ると、切ない顔で城へと戻っていった。


「トレス様、今からブーケトスです」

 警らのバディである上級位の剣士がある方向を指差したので、馬上のトレスも視線を送る。

「そのようですね」

 トレスもこの由来は知っているが興味がなかったので素通りしてきたが、今回は違っていた。


 -そういえば空も欲しがっていたな。


 向こうの世界でテレビの番組で放映されていたシーンに、うっとりして見入っている空を思い出した。

「いいよねえ。私も一度受け止めてみたいなあ」

「ただの花束だぞ」

「違うよ!! 幸せがいっぱい詰まったブーケなの」

 興味はなかったがあまりにも空が嬉しそうに話すので、頬杖を外して向き直る。

「ここでは手で取るのか。平和的だな」

「オバジーンはどんなの?」

「長い棒で突き刺す」

「えっ……?」

 空は大きな目を二、三回瞬きをした。

「……突き刺しちゃうの?」

 頷くトレスに空も「そうなんだ」とぼそっと呟いて、またテレビに視線を戻した。

 

「トレス様は参加しなくてよろしいのですか?」

「はっ?」

「私は既婚者なので構いませんが、トレス様はこれからじゃないですか」

 四十代の剣士は、穏やかな笑顔で参加するよう促した。

「任務中です」

「承知しています」

 もう少し肩の力を抜いたらいかがですか。

 そう言われている気がした。空とのすれ違いで心に余裕がない自分を、この温和な剣士に見透かされていたのかも知れない。

「そうですね」

 改めて花嫁と自分の距離を目算して届かないと分かっているが、気持ちだけでも参加してみようか。

 ふっと空の笑顔が脳裏をよぎる。

 花嫁がブーケを投げる素振りに、一同は我先にと棒を高々と掲げた。勿論、プレタも届かないまでも必死で腕を伸ばす。

 女性の力では飛距離が伸びず手前に落ちるのが常だが、今回の花嫁は違っていた。

 その可憐な姿から想像出来ない程、ブーケは猛スピードで多くの棒の上を通り越して、一直線にトレスに向かってくるではないか。

 反射的に剣を抜いたところに、見事ブーケが突き刺さった。

「えっ!?」

 会場がわっと湧くなか、トレス本人もこの偶然に馬上でしばし茫然としている。

「おめでとうございます。幸運を射止めましたね」

「はあ……」

 にこやかな剣士に間が抜けた返事を返してしまったが、気も付かないほど夢心地である。

「見ろよ、トレス様だぞ」

「色男は何をやってもついているらしいな」

 誰かの一言に、どっと笑いが起きた。

 花嫁がこちらへ向かって大きく手を振っているので、剣士が代わりに片手を上げて応える。

 この時のトレスは、目を丸くして少年のような表情だった。



 厨房での仕事が終わり、部屋へ帰ろうとする空をマーサが引き止めて瓶に活けているブーケを手渡した。

「これは?」

「トレス坊ちゃんからだよ」

「トレスから?」

 彼からブーケを貰うとは、夢にも思っていなかった空は目を見張った。

 良く見ると花束を包んでいる包装が破けているが、マーサはこれに意味があると頷いた。

「これは恐らく花嫁のブーケだよ。投げたそれを突き刺すのは、ソラも知っているだろう?」

「はい。お使いに行った時に……。あっ!!」


 -あの時のブーケ!? あの場所にトレスもいたの!?


 トレスの性格からして、これを射止めた際にきっと物凄く恥ずかしかったに違いない。

「さっき持って来たんだよ。相変わらずの仏頂面だったけどね」

 手元のブーケに見入っていると、マーサが其々の花言葉を教えてくれた。

「この黄色いのがスワートで『健康』、それでこの淡い青がブルッケ『あなたに尽くします』……」

 マーサの説明を聞きながら、空の頬が綻び上気する。

 あんな態度を取ったのにも関わらず、自分を大切に想ってくれるトレスが一層好きになる。

「このピンクの花が『あなたの心にいます』という意味だよ」


  あなたの心にいます

 

 トレスが花言葉に詳しいとは考えにくいし、単なる偶然かも知れない。

 しかし、その偶然が重なりトレスと空は出逢ってここにいる。

 そっとブーケに顔を寄せて香りを辿る。トレスの想いを辿るように……。


 

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